第38話「世界を救った請求書と、高所作業手当の確認」
**◆ 世界政府(事務方) 視点 ◆**
会議室が、紛糾していた。
議題は一つだった。
「救世主・影山湊への報酬をいかに決定するか」
「小国を一つ、譲渡するのはどうか」
アメリカ代表が言った。
「世界銀行の全資産というのも検討に値する」
EU代表が続けた。
「新世界の神の地位を授与するべきだ」
グレイシア帝国の皇帝が主張した。
「太陽神にはそれが相応しい!!」
「神の地位を授与できる権限が我々にあるのか」
「ない」
「では検討外だ」
「では小国か」
「どこの小国を」
「ここの島が面積的に」
「勝手に譲るな」
議論が続いた。
誰も答えを出せなかった。
何せ、相手は世界を救った人物だ。
どんな報酬を提示しても、釣り合わない気がした。
そのとき、ドアが開いた。
影山湊が入ってきた。
道具箱を持っていた。
キュウちゃんが肩に乗っていた。
「あ、報酬の件ですよね」
「そうです!!」
全員が前のめりになった。
「実はこちらから申し上げたいことがありまして」
影山湊が、カバンを探った。
何かを取り出した。
紙だった。
手書きの、小さな紙だった。
「領収書、持ってきました」
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**◆ 影山湊 視点 ◆**
会議室の全員が、俺の手元を見ていた。
レシートを確認しながら、清書した紙を差し出した。
「内訳はこちらです」
担当の人が受け取った。
読んだ。
固まった。
隣の人も読んだ。
固まった。
連鎖して、全員が固まった。
「どうかしましたか」
俺は首をかしげた。
「あ、金額が小さすぎて読みにくいですか。読み上げましょうか」
「お、お願いします……」
「はい。業務用コーキング材、二千四百八十円。マスキングテープ、百十円。出張費、電車賃往復で千二百四十円。合計三千八百三十円です」
「……」
「あと、時給の件なんですが」
俺は手帳を開いた。
「今日の作業時間が現場で一時間半。移動含めると五時間弱なので、時給千二百円の五時間分で六千円です」
「六千円」
「はい。合計九千八百三十円になりますが、これ、経費で落ちますか?」
しん、と静まり返った。
「……世界を救った対価が」
どこかの大統領が、掠れた声で言った。
「九千八百三十円……」
「あと消費税を入れると一万円ちょうどくらいですね」
「いちまんえん……」
「キリがいいですね」
俺は少し嬉しかった。
「あの」
グレイシアの皇帝が立ち上がった。
「それだけでは、あまりにも申し訳ない。せめてこちらを……」
金色のものが、差し出された。
冠だった。
すごく豪華な冠だった。
「聖帝の冠です。我が帝国に代々伝わる——」
「あー」
俺は冠を見た。
「置き場所に困るんで」
「え?」
「うちのアパート、狭いので。これ粗大ゴミに出してもいいですか」
「だ、ダメです!!」
皇帝が叫んだ。
「帝国の至宝です!!」
「そうですか……」
「では帝国ごと——」
「要りません」
「でも何か——」
「本当に経費だけで大丈夫です。あ、領収書の宛名は『蒼穹の剣・影山湊』でお願いします。会社の経費精算に使うので」
会議室が、また静まり返った。
俺はレシートを丁寧に折って、財布の中に入れた。
コーキング材のレシートも、ちゃんと保管してある。
経費精算は、レシートが命だ。
前の会社はレシートをなくすと自腹になった。
今の会社はちゃんと精算してくれるから助かる。
「キュウちゃん、帰るぞ」
「きゅう」
「あ、一つだけ確認させてください」
俺は振り返った。
「次に似たような現場が出た場合なんですが、定期点検として年一回見に来てもいいですか。コーキングは定期的に確認した方がいいので」
「も、もちろんです!!」
「ではよろしくお願いします。お代は同じく経費分だけで大丈夫です」
俺は会議室を出た。
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**◆ エピローグ(新たな依頼者) 視点 ◆**
アパートに帰ったのは、夜だった。
キュウちゃんにご飯をあげて。
風呂に入って。
ソファに座ったとき、玄関のポストが鳴った。
「こんな時間に?」
立ち上がって確認した。
封筒が入っていた。
また豪華な封筒だった。
でも、今度は金の縁取りではなかった。
封筒が、光っていた。
星の光みたいな、銀色の光だった。
開けた。
差出人を見た。
『月面開発機構・天界清掃局 合同』
「月面……天界……」
読んだ。
要約すると。
宇宙空間に漂うゴミ(スペースデブリ)が限界に達していること。
さらに、天の川の流れが詰まっているらしいこと。
このままでは宇宙規模の問題になること。
「宇宙ゴミか……」
俺は手紙を読みながら、天井を見た。
(規模がでかいな)
(でも、ゴミはゴミだ)
(やることは変わらない)
俺はペンを取った。
返信を書いた。
『依頼を受ける前に確認させてください。高所作業手当はつきますか? また、宇宙服のレンタル費は経費として計上できますか?』
封筒に入れて、ポストに投函した。
「きゅう?」
「宇宙だとよ、キュウちゃん」
「きゅう!!」
キュウちゃんが、嬉しそうに羽をばたつかせた。
「酸素ボンベも必要だな。いくらするんだろう」
俺は手帳にメモを書いた。
経費の事前確認は、大事なことだ。
夜空の向こうで、星が光っていた。
天の川が、微かに滲んで見えた気がした。
(詰まってるのか、あれ)
(確かに、なんか濁って見えるな)
俺はカーテンを閉めた。
「明日、神代さんに相談しよう」
「きゅう」
「まず見積もりだな」
二人で、電気を消した。
宇宙の話は、明日でいい。
今日の経費精算が、まだ終わっていない。
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