第36話「次元の亀裂と、業務用コーキング材」
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**◆ ネット掲示板 視点 ◆**
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【速報】例の作業着の男、世界会議に召喚される
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**1 名無しの探索者**
マジか
**2 名無しの探索者**
ついに神が動くのか……
**3 名無しの探索者**
いや待って
本人絶対わかってないだろ
**4 名無しの探索者**
100%また掃除だと思ってる
**5 名無しの探索者**
招待状どう解釈したんだろ
**6 名無しの探索者**
「町内会の春の大掃除の案内」とかじゃね
**7 名無しの探索者**
草
**8 名無しの探索者**
でも否定できないのが怖い
**9 名無しの探索者**
しずくさんの配信でリアルタイム中継あるらしいぞ
**10 名無しの探索者**
同接記録更新しそう
**11 名無しの探索者**
議題が「魔王封印の亀裂」らしいけど
**12 名無しの探索者**
あの人が行ったら十中八九「隙間の補修案件」に変換されるだろ
**13 名無しの探索者**
絶対そうなる
**14 名無しの探索者**
というか今まで全部そうなってきたじゃないか
**15 名無しの探索者**
神様仕事しすぎ問題
**16 名無しの探索者**
でも本人は仕事してるつもりなんだよな
**17 名無しの探索者**
それが一番怖い
**18 名無しの探索者**
会議の結果が楽しみすぎる
**19 名無しの探索者**
世界の存亡がかかってるのに楽しみとか言うな
**20 名無しの探索者**
でも楽しみだよな?
**21 名無しの探索者**
楽しみ
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**◆ 影山湊 視点 ◆**
朝、郵便受けを開けたら、豪華な封筒が入っていた。
持った瞬間、重かった。
開けたら、金の縁取りがしてある紙が出てきた。
『世界評議会・緊急全体会議 ご出席のお願い』
読んだ。
「……」
もう一度読んだ。
「最近の町内会、気合入れすぎだろ」
俺は呆れた。
純金の縁取りって、どれだけ予算をかけているんだ。
紙にそんなお金をかけるなら、地域のゴミ置き場の改修費に回してほしい。
場所は「世界評議会本部」と書いてあった。
「国連ビルか。遠いな」
でも、地域の清掃会議に招待されたなら行かないわけにはいかない。
掃除当番は真剣に取り組む。
「キュウちゃん、今日は外出るぞ」
「きゅう」
キュウちゃんがエプロンを加えてきた。
「わかってるな。でも今日は会議だから、道具は最小限で行こう」
モップと基本的な清掃道具をまとめた。
「いつ大掃除が始まるかわからないしな。一応持っていくか」
俺はキュウちゃんを肩に乗せて、電車に乗った。
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国連ビルの前に着いた。
「でかいな」
立派な建物だった。
確かに町内会の公民館より格段に大きい。
入り口に、黒スーツの人がたくさんいた。
警備員だろうか。
「あの、掃除当番の件で来たんですが」
俺は声をかけた。
警備員が、俺を見た。
俺の作業着を見た。
キュウちゃんを見た。
モップを見た。
警備員が急に直立した。
「お待ちしておりました!!」
「あ、どうも」
「ご案内します!!」
「ありがとうございます。でも会議室の場所だけ教えてくれれば自分で——」
「いいえ!! 必ずご案内いたします!!」
そんなに張り切らなくても、と思いながらついていった。
廊下を歩いた。
豪華だった。
「この建物、管理にお金かかりそうだな」
床が大理石だ。
「これ、ワックスがけ業者はどこが入ってるんだろう。見積もり聞いてみようかな」
会議室の扉の前に着いた。
「どうぞ」
扉が開いた。
俺は中に入った。
「お疲れ様です。掃除当番の件で来ました」
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**◆ 世界会議の会場 視点 ◆**
シンと、静まり返った。
百人以上が座っていた。
各国の大統領、首相、国王。
Sランク勇者たちの代表。
ギルドマスターの連合。
全員が、扉の方を向いていた。
全員が、固まっていた。
作業着の男が立っていた。
肩に小さな銀色の竜が乗っていた。
モップを持っていた。
「……」
「……」
「……」
最初に動いたのは、グレイシア帝国の皇帝だった。
椅子から立ち上がった。
「太陽神が……ついに……」
膝をついた。
連鎖した。
百人以上が、一斉に立ち上がった。
百人以上が、一斉に膝をついた。
「伝説の聖職者が到着された……!!」
「この日を待っていた……!!」
「人類の希望が……!!」
影山湊が、部屋を見渡した。
「え、なんで全員座るんですか」
「いや、会議の途中でしたよね」
「座っていてください」
全員が、立ち上がった。
全員が、また着席した。
影山湊が、空いている席に座った。
正面のスクリーンに、映像が映し出されていた。
暗い空間に、亀裂が走っていた。
黒いひびだった。
端から端まで、大きな裂け目が延びていた。
亀裂の向こうから、黒い何かがじわじわと滲み出していた。
「これが議題の『次元の亀裂』です」
司会者が、震える声で言った。
「魔王を封じた封印が、ここ数百年で劣化し……亀裂から魔力が漏れ出しています。このままでは——」
「あー」
影山湊が、声を上げた。
司会者が止まった。
全員が影山湊を見た。
影山湊が、スクリーンを指さした。
「これ、コーキング材が劣化してますね」
「……こ、コーキング……」
「隙間埋め材ですよ。ここ、見てください」
影山湊が立ち上がって、スクリーンに近づいた。
亀裂の端を指でなぞるような仕草をした。
「ここの接合部分が完全に浮いてる。劣化したコーキングが縮んで、隙間ができてる状態です」
「それが……封印の亀裂で……」
「これじゃあ隙間風も入るし、魔物も漏れ出しますよ」
影山湊が、腕を組んだ。
「放置してたら、どんどん広がりますね。いつからこの状態ですか」
「数百年……」
「数百年」
影山湊の顔が、険しくなった。
「それはいけない。コーキングの耐用年数は、素材にもよりますが長くて二十年です」
「二十年……」
「数百年放置は、さすがに管理が杜撰すぎます」
会議室が、しん、と静まり返った。
影山湊がカバンを探った。
何かを取り出した。
チューブだった。
「百均のパテでもいいんですけど」
影山湊が言った。
「ここは規模が大きいし、業務用で埋めときましょうか」
世界の首脳たちが、固まった。
「魔王の封印を……」
アメリカ大統領が、掠れた声で言った。
「コーキング材で……」
「百均のパテ……と比較している……」
グレイシア皇帝が、椅子から崩れ落ちた。
「太陽神よ……なんと……なんと合理的な……」
「見積もりが必要ですよね」
影山湊が、会議室を見渡した。
「規模を測ってから正確な量を出します。あと、既存のコーキングを剥がすヘラも必要なので、道具を取りに一度戻っていいですか」
「も、もちろんです!!」
司会者が叫んだ。
「世界中のあらゆるものを提供します!!」
「ヘラとコーキングガンがあれば十分です」
影山湊が、メモを取り出した。
「所要時間は……亀裂の長さによりますけど、半日あれば終わりますよ」
「半日で……魔王の封印が……」
Sランク勇者代表のカインが、呟いた。
「数百年、人類が解決できなかった問題が……」
「隙間埋めで……」
「業務用のコーキング材で……」
会議室の窓の外では、しずくがドローンカメラを飛ばして配信していた。
コメント欄が、流れていた。
『言った。言いやがった。コーキング材』
『笑うな笑えない世界の存亡なのに』
『でも解決しそうなのが一番怖い』
『同接記録更新しました運営より』
影山湊が、チューブをカバンに戻しながら言った。
「あと、定期的な点検も入れてください。数百年ノーメンテは本当によくないです」
「は、はい……」
「管理者は誰ですか。後で改善提案書を書きますので」
「……世界全体が、管理者に……」
「では全員にお渡しします。部数は?」
「ひゃ、百二十部……」
「わかりました」
影山湊が、ノートを取り出してペンを走らせた。
世界の指導者たちが、全員その姿を見ていた。
誰も、何も言えなかった。
スクリーンの亀裂が、まだじわじわと広がっていた。
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