第35話「500年の呪いと、ピカールの底力」
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**◆ 王国の重鎮・鑑定士 視点 ◆**
「もはや、これまでか……」
王国宝物庫の前で、宮廷魔法師長のオルドが呟いた。
分厚い扉の向こうから、黒い霧が漏れ出していた。
500年前。
悪しき呪術師が死に際に放った呪い。
宝物庫に収められた伝説の武具すべてを、呪いの具へと変えた。
以来、扉を開けた者は次々と倒れた。
最後に挑んだ鑑定士は、扉を三センチ開けただけで昏倒した。
「王国の至宝が……永遠に失われるとは」
重鎮たちが、沈痛な面持ちで頭を垂れた。
そのとき。
廊下の奥から、足音が聞こえた。
「師匠! こっちです!!」
アーサーだった。
走っていた。
その後ろに。
作業着の男が、モップを担いでいた。
肩に小さな竜が乗っていた。
「あの……この廊下、歩くだけでカビの匂いがしますね」
男が、鼻をひくひくさせながら言った。
「建物全体の換気、ちゃんとできていますか?」
重鎮たちが、顔を見合わせた。
「こ、この方が……清掃の……?」
アーサーが直立した。
「最強の清掃員、影山湊師匠です!!」
「し、師匠……」
「師匠と呼ぶな、恥ずかしい」
影山が、アーサーの頭をはたいた。
重鎮たちが、また顔を見合わせた。
「……本当に、この方で大丈夫なのか」
「大丈夫です」
アーサーが、迷いなく言った。
「聖剣より強いラバーカップを使いこなす方です」
「意味がわからん」
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**◆ 影山湊 視点 ◆**
宝物庫の扉の前に立った。
扉の隙間から、何かが漏れ出していた。
黒いもやのようなものだ。
においをかいだ。
「うわっ」
思わず顔をしかめた。
「カビ臭い!!」
「呪いの瘴気……」とアート君が震えた声で言った。
「カビだよ、これ」
「え?」
「換気が最悪だ。密閉空間に500年でしょ? カビが繁殖し放題じゃないですか」
俺は重鎮たちを振り返った。
「この部屋、窓はありますか」
「500年間、一度も開けて……」
「それが原因の半分です」
俺はガスマスクを三重にした。
キュウちゃんにも小さなマスクをつけた。
「アート君、向こうの壁に窓を作れ。物理的に」
「物理的に……壁を?」
「換気のためだ。聖剣でぶち抜いてくれ」
「えっ、いいんですか」
「ダメか?」
「……いいと思います」
アート君が聖剣を抜いた。
「ホーリーブレイク!!」
壁に、大穴が空いた。
新鮮な空気が、どっと流れ込んだ。
黒いもやが、勢いよく外に流れ出した。
「きゅう!!」
キュウちゃんが追い風を吹いた。
「よし、換気完了」
俺は扉を開けた。
宝物庫に踏み込んだ。
「……ひどい」
また絶句した。
広い部屋だった。
棚に、大量の武具が積み上げられていた。
剣、槍、盾、鎧。
どれも素材は一流だとわかった。
でも。
全部、さびだらけだった。
手垢も凄かった。
黒ずんだ汚れが、層になって積み重なっていた。
「500年、一度もメンテナンスされてないのか」
俺は声が低くなった。
「せっかくの高級品が」
一本の剣を手に取った。
刃の部分が、完全にさびで覆われていた。
本来どんな輝きを持っていたのか、想像もできない。
「台無しだ」
俺の中で、何かに火がついた。
「こんな状態で500年放置するとか、管理が杜撰すぎる」
カバンを開けた。
金属研磨剤を取り出した。
マイクロファイバークロスも出した。
「磨くぞ」
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剣を布の上に置いた。
研磨剤を少量つけた。
ゆっくりと、円を描くように磨いた。
「うぐぐぐ……」
何か声がした。
剣から出ていた。
「いやぁぁ……やめろぉ……」
「うるさいな」
俺は磨き続けた。
「貴様ぁぁ……この呪いの魔剣に手を触れた者は……」
「金属が擦れる音、うるさい。もう少し静かにしてください」
「何も聞こえないのか……この恐怖が……」
「恐怖より研磨の方が大事です」
俺は研磨剤を足した。
「ぎぃぃぃ……ぎぃぃぃ……」
「だから静かに」
布の向きを変えた。
丁寧に、一センチずつ磨いていく。
錆が落ちた。
黒ずみが消えた。
下から、銀色の輝きが現れた。
「あ、いい素材だ」
手が動いた。
「これはミスリル混合か。丁寧に磨けばかなり光るぞ」
俺は本腰を入れた。
キュウちゃんが隣で小さな布を持って、別の剣を磨き始めた。
「きゅう、きゅう」
「そうそう、力を入れすぎるな。優しく円を描くんだ」
「きゅう」
二人で、黙々と磨いた。
怨念の叫びが続いていたが、だんだん小さくなっていった。
「……きもちいい……」
最初の剣から、別の声がした。
「500年ぶりに……磨かれた……」
「そりゃあ気持ちいいだろ。垢が落ちたんだから」
「お、おのれ……感謝なんてしてないからな……」
「別にしてくれなくていい。ピカピカになればそれでいい」
俺は仕上げのクロスに持ち替えた。
鏡面仕上げだ。
自分の顔が映るくらい磨く。
「よし、一本目完成」
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**◆ 周囲の視点 ◆**
三時間後。
宝物庫の扉が、開いた。
影山が出てきた。
「終わりました」
重鎮たちが、中を見た。
「……」
「……」
「……」
宝物庫が、輝いていた。
棚に並んだ武具が、すべて鏡のように光を反射していた。
黒ずみも、錆も、汚れも、何もなかった。
空気が、きれいだった。
壁の穴から、外の風が気持ちよく吹き込んでいた。
「呪いが……」
鑑定士が、震える声で言った。
「消えている……」
「換気が良くなったからじゃないですか」
影山が首をかしげた。
「カビが原因の呪いは多いですよ、きっと」
「そういう話では……」
影山が、一本の剣を持ってきた。
元・呪いの魔剣だった。
今は、神々しい銀色の輝きを放っていた。
「これ、一番いい素材でしたよ。中古ショップに持っていったら結構いい値段つくと思います」
影山が、国王に手渡した。
国王が、呆然と剣を受け取った。
「500年の呪いが……」
伝説の鑑定士ガルドが、剣を見た。
「完全に消滅している……」
「呪いに封じられた怨念が……すべて……」
「研磨剤で……」
「研磨剤と」
影山が付け加えた。
「マイクロファイバークロスです。仕上げが大事なので」
ガルドの目が、白くなった。
「500年の呪いが……ただの研磨剤で……」
そのまま、後ろに倒れた。
「あっ」
周囲が慌てた。
「気絶しちゃった。大丈夫ですか」
影山が屈み込んだ。
「キュウちゃん、水持ってきて」
「きゅう」
アーサーは、宝物庫を見ていた。
輝く武具が、整然と並んでいた。
「さすが……師匠……」
「だから師匠と呼ぶな」
影山の声がした。
「呼ばせてください」
アーサーは、その場に膝をついた。
「私は今日、本物を見ました」
「大げさな」
「聖剣でも敵わなかった呪いが、研磨剤で消えた」
「それは呪いが弱かったんじゃないか」
「弱くない!!」
アーサーが叫んだ。
「500年間、誰も近づけなかった呪いです!!」
「そうか」
影山が研磨クロスを畳みながら答えた。
「じゃあ、定期的にメンテナンスしてなかっただけだな」
「……は?」
「500年ぶりに磨いたから、汚れが溜まりすぎていた。毎年磨いていれば、こんなことにはならなかったんだ」
「で、でも呪いが……」
「汚れが原因なら、掃除が解決策だ。難しい話じゃない」
影山が立ち上がった。
「次の現場行きますね。請求書は後で」
アーサーは、その背中を見た。
床には、使い終わったマイクロファイバークロスが、きれいに畳んで置いてあった。
「師匠……」
アーサーは、また呟いた。
今度は、影山が聞こえなかったようだった。
宝物庫が、きれいに輝き続けていた。
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