表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/56

第30話「ワックスがけの床を汚した代償」

---


**◆ 闇ギルドの暗殺者 視点 ◆**


「今夜、決行する」


闇ギルド『シャドウブレイド』のアジトに、低い声が響いた。


リーダーの男、コードネーム『死神の右手』ことレイスが、仲間を見渡した。


全員、Aランク以上の暗殺者だ。


「影山湊の活躍で、我々の仕事が激減した。魔王が消え、海神が消え、各地の魔物が消えた」


「商売あがったりですね」


「このままでは組織が瓦解する」


レイスは続けた。


「目標は二つ。影山湊の排除。そして古代海神の奪取だ」


「あの子竜、ペットとして高く売れますからね」


「侵入は夜明け前。非戦闘員が最も少ない時間を狙え」


「了解」


「毒煙玉で視界を奪い、暗器で仕留める。確実にやれ」


「「「御意」」」


レイスは口角を上げた。


いかに規格外と言われる男でも、眠っている隙を突けば——


翌朝、ギルド本部のロビーに侵入した暗殺者たちは。


開口一番、こう言われた。


「今ワックス塗ったばっかりだぞ!!」


---


**◆ 影山湊 視点 ◆**


慰安旅行から帰ってきた翌日。


俺はギルドのロビーを、ワックスがけしていた。


旅行中に人が少なくて床が汚れていたので、朝から全面ワックスがけをしたのだ。


キュウちゃんも手伝ってくれた。


「きゅう」


「そう、そこの角もちゃんと塗るんだよ」


「きゅう!」


キュウちゃんはお掃除ロボットとして優秀だった。


小さい体で隅々まで動き回って、霧吹き代わりに水を吹きかけてくれる。


「よし、完成だ」


俺は立ち上がった。


ロビーの床が、朝の光を反射して輝いていた。


「うん、いい出来だ」


満足感。


清掃の仕事で一番気持ちいい瞬間だ。


そのとき。


ロビーの窓が割れた。


黒い影が複数、飛び込んできた。


着地した靴が、床についた。


泥だらけの靴が。


今ワックスを塗りたての床に。


「おい」


俺の口から、声が出た。


「おい待て」


暗殺者たちが何か叫んでいた。


「影山湊を殺せ!」とか言っていた気がする。


でも俺の目は、床しか見ていなかった。


新しいワックスの上に、泥の足跡がついている。


くっきりと。


何足分も。


「……おい」


俺の声のトーンが、変わった。


「今、ワックス塗ったばっかりだぞ」


暗殺者が毒煙玉を取り出した。


投げた。


ガスが広がった。


そして、なぜかぽいっと床に転がった空の容器が。


ワックスの床に、傷をつけた。


「しかも」


俺の目が、細くなった。


「泥靴で入ってきて、ゴミまでポイ捨てか」


「し、死ね——!!」


暗殺者の一人が突っ込んできた。


「どこの悪徳業者だ!!」


---


暗殺者が刃を向けてきた。


俺はモップを横に出した。


足に当たった。


「危ないから走るな!! 転ぶぞ!!」


暗殺者が転んだ。


別の方向から、暗器が飛んできた。


俺は純金のちりとりを差し出した。


暗器が、ちりとりの内側にすっと収まった。


「ゴミはゴミ箱に捨てろ!!」


「な……なんで……」


「きゅう!!」


キュウちゃんが飛び出した。


口から、水流を吐いた。


聖なる浄化の水流が、毒煙に当たった。


煙が、消えた。


「おっ」


俺は振り返った。


「キュウちゃん偉いぞ、良い霧吹きだ」


「きゅう!」


キュウちゃんが嬉しそうに鳴いた。


「じゃあ俺はこっちを片付けるか」


俺はモップを持ち直した。


毒煙が薄れたロビーで、暗殺者たちがまだ動いていた。


「今度こそ——!!」


全員が一斉に動いた。


俺はモップを横に薙いだ。


一振り。


全員が、床に転がった。


「床が汚れる」


俺は転がった暗殺者たちを見た。


全部で、八人。


全員、ぴくぴくしている。


「やれやれ」


俺はため息をついた。


「キュウちゃん、こいつら拭いといて」


「きゅう」


キュウちゃんが一人ずつ、水を吹きかけて回った。


暗殺者たちの意識が、だんだん戻ってきた。


俺はその間に、汚れた床を拭いた。


泥の足跡を、丁寧に取り除いた。


暗器の傷を、ワックスで補修した。


「……な、何者だ、お前は」


レイスが震える声で言った。


「清掃員」


俺は答えた。


「そして」


俺は振り返った。


「ここは俺がワックスがけした床だ」


---


**◆ 暗殺者・弟子 視点 ◆**


手も足も出なかった。


Aランクの暗殺者が八人。


全員、清掃員一人とマスコットの子竜にやられた。


「お前たちに言いたいことがある」


影山が、八人の前に立った。


「他人の職場を汚す人間は、清掃の基本からやり直せ」


何かを、渡された。


トイレブラシだった。


「え」


「ギルドのトイレが全部で十二個ある」


影山が言った。


「全部ピカピカにしてから帰れ」


「……は?」


「汚したら、掃除する。社会の基本だ」


「俺たちは暗殺者で——」


「今は清掃研修生だ」


影山が、特製のトイレ用洗剤も渡してきた。


「落ちにくい汚れには、これを使え。三十秒置いてからブラシでこするんだ」


「……」


「わかったか」


「……はい」


声が出ていた。


なぜか反射的に返事をしていた。


レイスは自分の口を押さえた。


「はい、って言った」


仲間の一人が呟いた。


「俺たちが、掃除のやり方を教わって……はい、って言った」


「……状況が理解できない」


「とりあえずトイレに行こう」


「そうしよう」


八人が、トイレブラシを持って立ち上がった。


---


そのとき、ギルドの入り口が開いた。


蓮たちが出社してきた。


「師匠、おはようございます! 今日も……」


ロビーを見た。


ワックスがけされて輝く床。


その上を、黒尽くめの男たちがトイレブラシを持って歩いていた。


何人かは、すでに泣いていた。


「……え」


桐生が固まった。


「あの人たち……シャドウブレイドの人たちでは……?」


「裏社会のトップランカーたち……ですよね」


成瀬が掠れた声で言った。


「なんで、トイレブラシを……」


蓮は影山を見た。


影山は床の補修ワックスを塗りながら、キュウちゃんの頭を撫でていた。


「キュウちゃん、今日もよく働いてくれたな」


「きゅう」


「うまく霧吹きできたじゃないか。成長したな」


「きゅうきゅう」


ザルディウスが、蓮の隣に立った。


「……また、やっている」


「そうですね」


「先輩は」


ザルディウスが静かに言った。


「戦わずして人を動かす」


「……そうですね」


蓮は、トイレに向かっていく暗殺者たちの背中を見た。


一番後ろの男が、泣きながら洗剤を持っていた。


「師匠は……やはり次元が違う」


誰かが、呟いた。


ロビーの床が、朝の光を受けて輝いていた。


泥の痕は、どこにもなかった。

感想を頂けますと大変喜びます。(豆腐メンタルの為お厳しい意見はご遠慮ください)


ブクマなどもしていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ