第28話「神のボロアパートが、難攻不落の要塞になった」
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**◆ 弟子・元魔王 視点 ◆**
「ここだ」
ザルディウスが、スマホの地図と目の前の建物を見比べた。
築四十年。
外壁のペンキが剥げている。
郵便受けが錆びている。
階段の手すりがぐらついている。
窓枠の隙間から、風が入る音がしていた。
「……」
蓮が、固まっていた。
桐生と成瀬も、固まっていた。
ザルディウスたち元魔王軍も、固まっていた。
全員が、同じものを見ていた。
『第三和荘 203号室 影山』
表札。
手書きの。
「なんと……」
グレインが、震える声で言った。
「地上の富に……執着せず」
「あえて、このような……」
ヴォルガが目を潤ませた。
「質素な場所に……!」
「清貧の精神……!」
セイラスが両手を合わせた。
「さすが先輩……! 我々とは器が違う……!!」
ザルディウスが、袖で目を拭った。
「三百年間、魔王城に住んでいた私が恥ずかしい……」
蓮は壁に手をついた。
「師匠……こんなところに……」
「隙間風の音が聞こえます」
成瀬が、壁に耳を当てた。
「冬、絶対寒い」
「許せない」
ザルディウスが、静かな声で言った。
全員が振り返った。
「神の御殿に、隙間風などあってはならない」
「同意です」
グレインが頷いた。
「防犯も手薄すぎる」
「ドアが一枚しかない」
「鍵が普通の鍵だ」
「問題だらけです」
ザルディウスが、両手を合わせた。
「では、我々でなんとかするしかあるまい」
「「「御意!!」」」
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作業は、二時間かかった。
まずザルディウスが、かつて魔王城に張り巡らせていた『七重絶対防壁』の術式を壁と窓に付与した。
あらゆる攻撃を弾く、神話クラスの防御魔法だ。
グレインが『自動修復魔法』を外壁全体に施した。
傷がついても、一瞬で元に戻る。
ヴォルガが『恒温維持の氷結界』を壁の中に織り込んだ。
夏は涼しく、冬は暖かい。
セイラスが『雷撃警報システム』を屋根に設置した。
不審者が近づくと自動で感知する。
ナクシアが『次元封鎖の闇結界』を床下に敷いた。
地下からの侵入を完全に遮断する。
エルフの浄化結界は、蓮が女王リーナに連絡して緊急手配した。
「光の浄化結界は、女王陛下が快く提供してくださいました」
「では空気まで浄化される」
「さらに桐生が湿度調整の魔道具を」
「成瀬が防音結界を」
全ての作業が終わった。
見た目は、何も変わっていなかった。
剥げたペンキ。錆びた郵便受け。ぐらつく手すり。
でも中身は。
神話級の要塞になっていた。
「完璧です」
ザルディウスが満足げに頷いた。
「これで先輩の聖域は盤石だ」
「核爆発にも耐えられます」
「それは過剰では」
「神の御殿に過剰はない」
蓮は苦笑いしながら、アパートを見上げた。
外見はボロアパートのままだ。
(師匠が帰ってきたら、なんて言うだろう)
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**◆ 影山湊 視点 ◆**
目が覚めたのは、昼の十二時過ぎだった。
有給休暇。
なんて素晴らしい響きだ。
前のブラック企業では、有給申請すると上司に睨まれた。
今の会社は違う。
「ゆっくり寝られた」
俺はのびをした。
布団から出て、部屋を見渡した。
「ん?」
なんか、違う。
いつもなら隙間風で朝は寒いのに、今日は暖かい。
壁を触った。
微妙に、光っている気がする。
「……あれ」
天井を見た。
なんか空気が、きれいな気がする。
「もしかして」
俺はぴんときた。
「ついに大家さんが断熱材を入れてリフォームしてくれたのか」
そうに違いない。
前から隙間風がひどくて、大家さんに相談していたのだ。
「やった」
俺は素直に喜んだ。
築四十年のアパートでも、手入れをすれば快適になる。
大家さん、ありがとう。
「まずゴミ捨てに行こう」
燃えるゴミをまとめた。
玄関のドアを開けた。
「……」
廊下に、人がいた。
いっぱいいた。
黒いスーツを着た、体格の良い人たちが、廊下の壁に沿って一列に並んでいた。
全員、直立不動だった。
ザルディウスたちもいた。
蓮たちもいた。
全員が、俺を見た。
全員が、同時に頭を下げた。
「「「おはようございます!!」」」
声が揃っていた。
俺は廊下を見渡した。
ゴミ袋を持ったまま。
「……えっ」
俺は考えた。
今日は確か、有給だ。
でもなぜ全員がここにいるのか。
「もしかして」
俺は思い当たった。
「今日、会社の飲み会だっけ? 歓送迎会か何か」
誰も答えなかった。
「わざわざ迎えに来てくれたの?」
「「「……」」」
俺は少し申し訳なくなった。
「ごめんごめん、有給の日はゆっくり寝てたから全然知らなくて」
俺はゴミ袋を脇に置いた。
「すぐ着替えるからちょっと待ってて」
俺は笑いかけた。
ドアを閉めた。
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**◆ 周囲の視点 ◆**
廊下が、静まり返った。
ザルディウスが、壁に手をついた。
「……聖域の護衛任務中に」
声が震えていた。
「飲み会の迎えだと思われた」
「……そうですね」
グレインが、遠い目をした。
「しかも」
ヴォルガが続けた。
「ゴミ袋を持って出てきた」
「有給の日でも、ゴミ捨てを欠かさない」
セイラスが目を潤ませた。
「その勤勉さが……先輩たる所以……!」
蓮は廊下にもたれながら、天井を見た。
「師匠……」
ゴミ袋が、廊下の脇に置いてあった。
燃えるゴミと書かれたシールが貼ってある。
普通のゴミ袋だった。
神話級の要塞の廊下に、普通のゴミ袋が。
「……なんか、全部師匠らしい」
桐生が、苦笑いした。
「神様が、ゴミ袋持って出てくるかな普通」
「師匠だから」
「そうだな」
成瀬が静かに頷いた。
ドアが、再び開いた。
私服に着替えた湊が出てきた。
清潔感のあるシンプルな服装だった。
「お待たせ。どこのお店か決まってる?」
廊下の全員が、また頭を下げた。
「「「どこでも先輩にお任せします!!」」」
湊が、少し困った顔をした。
「じゃあ俺の行きつけの定食屋でいいか。安くてうまいとこ」
「「「はい!!」」」
湊が歩き出した。
二十人近い人間が、その後に続いた。
廊下に残ったのは、置き去りにされたゴミ袋だった。
ザルディウスが気づいて、そっと拾い上げた。
「私が捨てておきます」
「聖なるゴミ袋だ」
グレインが言った。
「どっちでもいいから早く行くぞ」
蓮が苦笑いした。
難攻不落の要塞は、今日も静かに、ボロアパートの顔をして建っていた。
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