第27話「新人バイトの魔王と、やりすぎ大掃除」
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**◆ ギルド本部・蓮 視点 ◆**
「今日も師匠の掃除を手伝うぞ!」
橘蓮は気合を入れながら、ギルド本部のロビーに降り立った。
桐生と成瀬が後ろに続く。
「師匠は夜勤明けで今日は遅い出社らしいですよ」と成瀬が言った。
「なら先に本部の掃除を始めておこう。師匠が来たときに『弟子は準備万端です』という姿を見せるんだ」
「さすが蓮さん」
「弟子の鑑だ」
三人がモップを手に取ろうとしたとき。
ロビーの入り口が、開いた。
「失礼いたします」
爽やかな声だった。
五人の青年が、入ってきた。
全員が長身で、顔が整っていた。
全員が、清潔感のある白いシャツを着ていた。
全員が、深々とお辞儀をした。
「影山先輩のご紹介で、本日からインターンとして参りました」
リーダーらしい銀髪の青年が言った。
「ザルディウスと申します。先輩のお役に立てるよう、精一杯頑張ります」
蓮は固まった。
(ザルディウス……)
聞いたことがある名前だ。
どこで。
「……あの」
蓮は声を絞り出した。
「もしかして、名前……魔王……」
銀髪の青年が、爽やかに微笑んだ。
「元魔王です。先日、影山先輩に浄化していただきまして」
「ッ——!!」
蓮の足が、がくりと折れた。
「蓮さん!?」と桐生が叫んだ。
「元、四天王のグレインです」
「同じく、ヴォルガです」
「セイラスです」
「ナクシアです」
四人が順番に名乗った。
全員、さわやかな笑顔だった。
蓮は床に膝をついたまま、五人を見上げた。
「……ほんとうに、魔王軍……?」
「元、ですが」
ザルディウスが頷いた。
「先輩に教えていただきました。邪悪な魔力は、詰まったススと同じだと」
「力を抜くと汚れはよく落ちる、とも」
グレインが続けた。
成瀬が、蓮の耳元で囁いた。
「……師匠、魔王まで弟子にしてる」
蓮は返す言葉が出なかった。
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**◆ 影山湊 視点 ◆**
夜勤明けで体が重かった。
シャワーを浴びて仮眠を取ったら、少し楽になった。
午後から出社すると、ロビーに見慣れない顔が五人いた。
爽やかな青年たちが、蓮たちと一緒に立っていた。
「あ」
俺は声を上げた。
「会社が新人バイトを入れてくれたのか」
「「「先輩——!!」」」
五人が、一斉にこちらを向いた。
目が輝いていた。
「お、そんなに張り切らなくても大丈夫だよ」
俺は苦笑した。
「名前は?」
「ザルディウスです!」
「グレインです!」
「ヴォルガです!」
「セイラスです!」
「ナクシアです!」
全員が、元気よく答えた。
良い返事だ。
前のブラック企業の新人研修を思い出した。
あそこは返事すらしない人間ばかりだったから、こういう元気な子は好印象だ。
「よし、人員不足だったから助かるよ」
俺はロビーを見渡した。
「今日はギルド本部の大掃除だ。五人いると助かる」
「何でもやります先輩!!」
ザルディウスが前に出た。
「いい心がけだ」
俺は指示を出した。
「じゃあザルディウスとグレインは窓拭き。ヴォルガとセイラスはゴミ出し。ナクシアは廊下のモップがけ」
「「「はっ——!!」」」
全員が、駆け出した。
やる気があるのは良いことだ。
俺はVIPルームに向かった。
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**◆ 蓮・魔王軍 視点 ◆**
「窓拭きだ! 神……先輩からの初めての指令だ!」
ザルディウスが窓に向かった。
ギルド本部の窓は、縦五メートル、横三メートルの大型窓が並んでいる。
確かに汚れていた。
砂埃と雨跡が、白く曇らせていた。
「グレイン!」
「はっ!」
「この窓の汚れを、チリ一つ残さず消滅させるぞ!」
「御意!」
グレインの手に、炎が集まり始めた。
蓮が飛び出した。
「待って待って待って——!!」
「橘殿?」
「魔法はダメだ!! 窓が溶ける!!」
「では、私が闇の魔法で汚れの分子を——」
「それもダメ!!」
ザルディウスが首をかしげた。
「では、どうすれば……」
「雑巾! 雑巾で拭くの!!」
「……雑巾」
ザルディウスが、雑巾を受け取った。
真剣な顔で、窓に当てた。
キュッ、という音がした。
「おお」
ザルディウスの目が輝いた。
「汚れが落ちる!!」
「先輩が仰っていた感覚だ!!」
「力を抜くと、汚れはよく落ちる——!!」
ザルディウスが窓を拭き始めた。
力加減が、おかしかった。
徐々に、魔力が漏れ始めた。
「待——」
蓮が叫ぶより早かった。
ザルディウスの雑巾が、窓に強く当たった。
窓枠が、軋んだ。
ガラスに、ひびが——
「こっちも大変です!!」
廊下から成瀬の声が響いた。
蓮は廊下に飛び出した。
ヴォルガが、廊下のゴミ袋を持っていた。
でも「ゴミ出し」の解釈が違っていた。
「ゴミを外に出す、ということは」
ヴォルガが、廊下の窓を開けた。
開けるんじゃなかった。
吹き飛ばした。
「風の魔法で全部吹き飛ばせば早い!」
竜巻が、廊下を走った。
ゴミ袋が、ゴミ袋の中のゴミが、廊下の掲示物が、全部まとめて外に吹き飛んだ。
「ゴミ出し完了です先輩!!」
「完了じゃない!! 掲示物まで吹き飛んでる!!」
「あちらでもセイラスが——」
別の廊下から、雷の音がした。
「廊下が焦げてる!!」
蓮は頭を抱えた。
「師匠ーーーー!!!!」
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俺は声を聞いて廊下に出た。
焦げ跡があった。
窓にひびが入りかけていた。
掲示物がなくなっていた。
元凶の五人が、蓮たちに囲まれて縮こまっていた。
「うわ」
俺は状況を把握した。
「やりすぎやりすぎ!」
ザルディウスに近づいた。
頭を、軽くこつんと小突いた。
「力入れると傷がつくって、前回教えただろ」
「すみません先輩……!」
ザルディウスが、ぺこりと頭を下げた。
「力加減がまだ掴めなくて……!」
「窓は雑巾でいいんだよ。魔法は要らない」
「はい……!」
「ゴミ出しは、袋をゴミ捨て場に持っていくだけ。竜巻は要らない」
「はい……!」
「廊下は、雷は要らない。モップだけでいい」
「「「はい——!!」」」
五人が、深々と頭を下げた。
俺はため息をついた。
でも、やる気があるのはわかる。
「まあ、最初はそんなもんだよ。もう一回、基本から教えるから」
「先輩……!!」
ザルディウスの目が、潤んでいた。
「ありがとうございます……!!」
「泣かなくていい。ほら、雑巾持って」
俺は手本を見せ始めた。
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蓮は、壁に背中をつけてへたり込んでいた。
桐生が隣に座った。
「蓮さん……」
「魔王に、説教してた」
蓮は掠れた声で言った。
「師匠が魔王の頭を小突いて、説教してた」
「……してましたね」
「しかも魔王が、ペコペコ謝ってた」
「……謝ってましたね」
「師匠の新人バイトが、魔王と四天王だ」
「……そうですね」
蓮は天井を見上げた。
廊下の奥で、湊が元魔王たちに窓拭きの手本を見せていた。
「力はこのくらい。手首のスナップで仕上げる」
「はい先輩!」
「キュッて音がしたら、よく落ちてる証拠だ」
「キュッ……! 落ちました先輩!!」
「そうそう、うまい」
元魔王が、褒められて顔を輝かせていた。
蓮は目を閉じた。
「……師匠は、やはり次元が違う」
成瀬が頷いた。
「魔王を、パシリに使って説教できる人間が他にいるか」
「いない」
桐生が断言した。
「この星にいない」
三人は、しばらくそのまま廊下に座っていた。
奥から、窓を拭く音が響いていた。
キュッ、キュッ、という音が。
五つ重なって、リズムを刻んでいた。
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