第26話「夜勤明けの清掃員と、朝日の奇跡」
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**◆ ギルド本部・しずく 視点 ◆**
「SSランク厄災、確認されました」
オペレーターの声が、緊張で上ずっていた。
モニターに映し出された映像。
首都近郊の平原に、霧が立ち込めていた。
いや、霧じゃない。
霊体だ。
無数の、霊体。
人型のもの、獣型のもの、形のないもの。
全部が、うごめきながら、首都に向かって進んでいた。
「百鬼夜行・ナイトメア・パレードです」
黒崎が青い顔で言った。
「22時から朝8時まで、無限に湧き続ける霊体の群れ。触れれば魂を抜かれ……これまでの記録では、朝まで生き残った者は一人もいない」
「封鎖します」
神代が即断した。
「首都の全住民を地下シェルターへ。ギルドの全戦力で外縁部を守れ。朝まで、一匹たりとも通すな」
「はっ」
指示が飛んだ。
しずくはモニターを見つめた。
数百万はいる。
いや、もっとかもしれない。
夜が明けるまで、あの群れを止められるのか。
「あー」
のんびりした声がした。
しずくは振り返った。
湊が、スマホを見ながら立っていた。
「今日のシフト確認してたんですけど」
湊がスマホを見せた。
シフト表が映っていた。
22:00〜08:00 夜勤 首都近郊平原エリア清掃
「夜勤が入ってるんで、行ってきます」
「ちょ、待って——」
しずくが手を伸ばした。
「あの霊体の群れの中に一人で——」
「深夜割増もつくんで」
湊がカバンを担いだ。
「稼ぎ時なんですよ、夜勤は」
扉が閉まった。
しずくは、固まった。
「……神代さん」
「見ていろ」
神代が、モニターに向き直った。
「あの方のことだ」
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**◆ 影山湊 視点 ◆**
夜の空気は好きだ。
人が少なくて、静かで、作業に集中できる。
しかも深夜割増がつく。
夜勤は清掃員の稼ぎ時だ。
俺は首都近郊の平原に到着した。
「うわー」
思わず声が出た。
霧みたいなものが、平原いっぱいに広がっていた。
よく見ると、霧じゃない。
白くて、ぼんやりと光る何かが、無数にうごめいている。
「深夜のオフィスビルってホコリが異常に溜まるんだよな」
俺は独り言を言った。
日中は人の動きで空気が流れるが、夜間になると淀んだ空気が床に沈殿する。
霊体の群れ、というのは知らないが、俺には全部ホコリに見えた。
「まあ、夜間清掃の腕の見せどころだな」
俺はミスリルモップを取り出した。
純金のちりとりも確認する。
バケツにワックスを準備する。
「端から順番にやっていこう」
平原の端に立った。
地平線の向こうまで続く、ホコリの群れ。
「多いな」
でも、面積が広いだけで、やることは変わらない。
端から手前に向かって。
一列ずつ、丁寧に。
俺はモップを構えた。
「では、始めます」
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最初の一振りで、端の列が消えた。
ホコリが払われた。
地面が出てきた。
「お、地面の状態が悪くないな」
石畳だった。
長年手入れをされていない感じだが、素材は悪くない。
「ワックスが映えそうだ」
俺はモップを動かした。
流れるように、左から右へ。
一列消える。
また一列消える。
「呪ってやるぅぅぅ——!!」
何かが声を上げた。
でかい、牛みたいな形の霊体が突進してくる。
「はいはい」
俺は三角コーンを立てた。
「床が濡れてるんで足元気をつけてくださいね。転んでも知りませんよ」
三角コーンをかわそうとした霊体が、モップの柄に当たった。
消えた。
「次」
俺はモップを動かし続けた。
腕を振るたびに、霊体が消える。
一振り、一振り。
単調だが、リズムが出てくるとやりやすい。
「夜勤は集中力が勝負だな」
俺は鼻歌を歌いながら、作業を続けた。
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三時を過ぎた頃。
平原の半分が、きれいになっていた。
石畳が見えている部分と、まだホコリが残っている部分が、くっきりと分かれていた。
「折り返しか、頑張ろう」
俺はバケツのワックスを確認した。
まだ半分残っている。
「じゃあ後半はワックスがけまで一気にやろう」
俺はモップにワックスを含ませた。
後半部分に向かって、一歩踏み出した。
「くらえ——!!」
頭が三つある巨大な霊体が降ってきた。
「邪魔」
俺は上向きにモップを振った。
消えた。
「本当に多いな、今日」
でも、あと半分だ。
俺は黙々と、モップを動かし続けた。
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六時を過ぎた頃。
平原のほぼ全域が、石畳になっていた。
「あとはワックスがけだけか」
最後の一面にワックスを塗り始める。
東の空が、少し明るくなってきた。
夜明けが近い。
「いいペースだな」
俺は独り言を言いながら、モップを動かした。
石畳がワックスで光り始める。
朝日が差し込み始める時間帯は、床の光沢がよく確認できて好きだ。
七時五十分。
「よし、端まで来た」
俺は立ち上がって、平原を見渡した。
見渡す限りの石畳が、朝日を反射して輝いていた。
鏡のように。
ピカピカに。
スマホのアラームが鳴った。
08:00。
「定時だ」
俺は道具をまとめた。
「床もピカピカになったし、帰ろう」
あくびが出た。
眠い。
夜勤明けは眠い。
「シャワー浴びて寝よう」
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**◆ ギルド本部・しずく 視点 ◆**
モニターの前で、しずくは一睡もしていなかった。
夜通し、映像を見ていた。
作業着の男が、ドローンの映像の中で、一人で動き続けていた。
端から、一列ずつ。
止まることなく。
疲れることなく。
朝が来るまで。
「……消えた」
オペレーターが呟いた。
「百鬼夜行が……全消滅です」
モニターに映し出されたのは、朝日を浴びた平原だった。
石畳が、光っていた。
鏡のように。
どこまでも。
「一夜にして……数百万の怨霊が……」
副ギルドマスターの声が、震えていた。
「一人で……朝まで……」
しずくの目が、熱くなった。
「どれほどの精神力と魔力を……消費したのか……」
「一睡もせずに……」
「あの霊体の群れを、たった一人で……夜明けまで……」
しずくは涙をこらえられなかった。
黒崎が、手を合わせた。
神代が、静かに目を閉じた。
扉が、開いた。
「ただいまー」
湊が入ってきた。
目が半分閉じていた。
あくびをしていた。
「夜勤明けで眠いんで、帰ってシャワー浴びて寝ます」
カバンからスマホを取り出した。
「あ、深夜手当の申請出しときますね。三時から五時の間が一番割増率高いんで、そこだけ確認お願いします」
しずくは、涙をぬぐった。
「……お疲れ様です」
「お疲れ様です。床、ピカピカになりましたよ」
湊が、眠そうに笑った。
「あと黄色い三角コーン、何個か現場に置いてきたんで、後で回収しといてもらえますか。ワックスがけしたばかりで滑るんで」
「……はい」
「じゃ、おやすみなさい」
湊が、踵を返した。
廊下を歩いていく。
その背中が、廊下の角を曲がって消えた。
モニターには、朝日に輝く平原が映し出されていた。
鏡のような石畳に、一人分の足跡だけが残っていた。
端から端まで、真っ直ぐに。
しずくはその足跡を見て、また涙が出そうになった。
神代が、静かに言った。
「深夜手当の申請を通しておけ。割増率は最大で」
「はい」
オペレーターが頷いた。
窓の外で、朝日が昇り続けていた。
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