第25話「魔王城の換気扇が、三百年分詰まっていた」
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**◆ 魔王 視点 ◆**
「ついに、この時が来た」
魔王ザルディウスは玉座から立ち上がった。
暗黒大陸の最深部。
活火山の頂上に建つ魔王城。
三百年かけて築いた、悪の牙城。
城を囲む暗黒結界は七重。
触れた者の魂ごと消滅させる最上級の防壁だ。
「四天王よ」
ザルディウスは四人を見渡した。
炎の四天王グレイン。
氷の四天王ヴォルガ。
雷の四天王セイラス。
闇の四天王ナクシア。
全員が、跪いていた。
「今こそ人類を滅ぼす時だ。出撃せよ」
「「「はっ!!」」」
四天王が立ち上がった。
その瞬間。
玉座の間のドアが、開いた。
ギィ、という音がした。
「……何者だ」
ザルディウスは振り返った。
廊下から、人影が入ってきた。
作業着。
ガスマスク。
肩にモップ。
腰のカバンから、雑巾が顔を覗かせている。
「ちょっとすみません」
のんびりとした声だった。
「入り口のところ、蜘蛛の巣が張ってたんで払ってきましたけど、もしかして飾りですか? 違うようだったので一応取っておきましたが」
「……」
「あと廊下の七か所に黒い幕みたいなのがあって、あれも汚れかなと思って取り除いたんですが」
ザルディウスの思考が、止まった。
「七重の暗黒結界を……蜘蛛の巣と……」
「違いましたか」
「……」
「飾りだったなら申し訳ないです。一応、ゴミ袋に入れておきました」
玉座の間に、沈黙が落ちた。
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**◆ 影山湊 視点 ◆**
依頼書には「魔王領の浄化」と書いてあった。
よくある定期清掃の案件だろうと思って来てみたら。
「でかい城だな」
活火山の上に建っている城は、圧巻だった。
でも問題は見た目じゃなかった。
「熱気がひどい」
城全体から、もわっとした熱気が漏れている。
しかも黒煙が出ている。
城の各所から、もくもくと。
「全然換気されてないな」
これは由々しき問題だ。
換気ができていない建物は、結露が起きて、カビが生えやすくなる。
しかも黒煙は、フィルターが詰まっているサインだ。
「業者が入ってないんだろうな、長年」
俺は城に入った。
廊下に七か所、黒いもやが漂っていた。
「あ、汚れが蓄積してるな」
モップで払った。
七か所、全部きれいになった。
入り口に蜘蛛の巣もあったので、ついでに取った。
玉座の間らしき広間に入ると、豪華な椅子に座った背の高い男と、四人の部下がいた。
全員、真っ黒な鎧を着ている。
掃除の邪魔になりそうだな、と思った。
「すみませーん」
俺は声をかけた。
「換気扇のフィルター交換とスス払いに来ました。業者の影山です」
誰も動かなかった。
全員、俺を見ていた。
目が、真っ赤に光っている。
「ここ、かなり黒煙が出てますよね。ボイラーが壊れてるんですか」
「……ボイラー」
背の高い男が、低い声で言った。
「ここが何だかわかっているのか」
「地下の巨大ボイラー室でしょう」
「違う」
「違いますか。でも熱気と黒煙の量からすると、かなり大きいボイラーが稼働してる感じがして」
男が、ゆっくりと立ち上がった。
「ここは魔王城だ」
「へえ、そういう名前なんですね」
「お前は人間だな」
「はい、清掃業者です」
「ここに来た理由は」
「換気扇のフィルター交換です」
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しばらく沈黙があった。
男が、深く息を吸った。
「四天王よ」
「はっ」
「この不届き者を消せ」
「はっ!!」
四人が、一斉に動いた。
魔法の詠唱が始まった。
黒い炎が収束する。
雷が集まる。
氷の結晶が広がる。
闇が凝集する。
「うわ」
俺は声が出た。
「ボイラーが壊れて、めっちゃ黒煙が噴き出してきた」
「「「ヘルファイア……解放——!!」」」
全方向から、暗黒の炎が俺に向かって迫った。
俺はカバンを探った。
「換気フィルターをつけないと、全部吸い込んじゃう」
ホームセンターで買っておいた、換気扇用の不織布フィルター。
業務用の大判サイズ。
バサッと、広げた。
暗黒の炎が、フィルターに当たった。
吸い込まれた。
白くなった。
四天王の究極魔法が、不織布フィルターに全部吸着されて、真っ白な空気に変わった。
「うん、やっぱりフィルターが詰まってたな」
フィルターを見ると、真っ黒になっていた。
「三百年分くらい詰まってますよ、これ」
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**◆ 魔王 視点 ◆**
ザルディウスは、理解できなかった。
四天王の同時攻撃が。
不織布に吸い込まれた。
「な……なぜ……」
「次は本体の清掃ですね」
男が、雑巾を取り出した。
「お前たち、全員スス(魔力)が詰まりすぎて真っ黒じゃないですか」
「……スス?」
「ちょっと洗いますね」
スプレーをひと吹きした。
雑巾で、グレインの鎧を拭いた。
キュッ、という音がした。
グレインが、光った。
黒い鎧が、白くなった。
顔が、変わった。
眼光の鋭い炎の四天王が。
爽やかな好青年になった。
「え……俺……」
グレインが、自分の手を見た。
「なんか、すっきりした……気が、する……?」
「次の方」
男がヴォルガに向かった。
ヴォルガも、拭かれた。
爽やかになった。
セイラスも。
ナクシアも。
全員が、憑き物が落ちたように、ぴかぴかに輝く青年たちになった。
男が、ザルディウスに向いた。
「最後はあなたですね。一番スス(魔力)が詰まってます」
「……待て」
ザルディウスは後ずさった。
「私は三百年生きた魔王だぞ……お前みたいな清掃員ごときに……」
「じゃあ三百年分のススが詰まってる計算ですね」
男が、雑巾を構えた。
「ちょっと力が要るかもしれないです」
「待——」
キュッキュ。
眩い光が放たれた。
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玉座の間が、静寂に包まれた。
五人が、そこに立っていた。
全員、ぴかぴかに輝いていた。
白い光を纏った、爽やかな青年たちが。
「……俺」
ザルディウスが、自分の手を見た。
「俺は……何のために三百年間……」
「あ、フィルターは三ヶ月に一回替えてくださいね」
男が、カバンをまとめていた。
「詰まったまま放置すると、また黒煙が出ますから。定期清掃も承ってますよ」
「……は、はい」
声が出た。
「え、俺今……はい、って言った」
ザルディウスは自分の口を押さえた。
「……なんか、素直に……」
「では、請求書は後ほど郵送します。お支払いは来月末までに」
男が、玉座の間を出ていった。
廊下から、足音が遠ざかっていく。
「……業者様」
グレインが呟いた。
「ありがとうございます……」
それを聞いて、ザルディウスは反射的に言葉が出た。
「ありがとうございます!!」
気づいたら、四天王全員と一緒に、深々とお辞儀をしていた。
男の背中が、城の外へと消えていく。
爽やかな風が、玉座の間を吹き抜けた。
三百年ぶりの、きれいな空気だった。
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