第24話「観葉植物の手入れが、創造神の奇跡になった」
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**◆ エルフの女王 視点 ◆**
千年間、見たことのない色だった。
世界樹が、黒かった。
大森林の中心に立つ、天を貫く巨木。
エルフの命の源。森の心臓。
その幹が、どす黒い瘴気に覆われていた。
葉が落ちていた。
枝が腐っていた。
根元から這い上がる黒い蔦が、木全体を締め付けていた。
「女王陛下」
側近が、涙をこらえた声で言った。
「世界樹の生命反応が、また落ちました。このままでは……」
「わかっている」
女王リーナは目を閉じた。
三百年生きてきた。
この森で生まれ、この森で育った。
世界樹が枯れるということは、自分たちの終わりを意味する。
「もはや、森は終わりか……」
そのとき。
光が瞬いた。
転移陣の光だった。
作業着姿の人間が、現れた。
「えーと、エルフの国ですね。影山です。清掃の依頼をいただいていたんですが、お伺いしました」
リーナは、その男を見た。
薄汚れた作業着。
肩にミスリルのモップ。
腰のカバンに、霧吹きと雑巾。
「……ようこそおいでくださいました」
リーナは頭を下げた。
「どうか、世界樹を……我が民を、お救いください」
「まず現場を見せてもらえますか」
男が、のんびりとした声で言った。
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**◆ 影山湊 視点 ◆**
でかかった。
世界樹、とエルフの女王が呼んでいた木は。
見上げても、頂上が霞んで見えないくらいでかかった。
幹の直径が百メートルはある。
「うわ」
俺は思わず声が出た。
「オフィスの観葉植物が、完全に枯れかけてる」
「……観葉植物」
女王が小声で繰り返したが、俺は気にせず観察を続けた。
幹がどす黒い。
葉っぱが変色して、どんどん落ちている。
根元に近いところを見ると、黒い何かがびっしりついていた。
「アブラムシがびっしり寄生してるじゃないですか」
「アブラムシ……それは、腐死の魔将が……」
「しかも日当たりが悪いですね。大きい木が周りを囲みすぎてて、光が入ってない」
俺は周囲を見渡した。
確かに、大森林の木々が世界樹を囲んでいて、日差しが遮られていた。
「これじゃ光合成できないですよ」
「……みとき」
「そりゃ枯れますよ、光が足りないんだから」
俺はミスリルモップを持ち直した。
柄の先端部分を少し調整する。
「ちょっと傷んだ葉っぱと虫を剪定しますね。あと周りの枝も少し整理しないと」
モップの柄を高枝切りバサミのように構えた。
「邪魔な枝を払えば、日当たりも改善するし」
上を向いた。
黒く変色した葉っぱと、腐った枝が見える。
「まず、ここから」
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そのとき。
世界樹の根元が、ぐわりと揺れた。
黒い瘴気が凝集して、形を作った。
人型に近い、でも人ではない何か。
全長十メートル。
全身から腐臭と死の気配を放つ存在。
目が、赤く光った。
「愚かな人間め」
低い、地の底から響くような声だった。
「貴様ごときが、我の領域に踏み込むとは」
「あ」
俺は声を上げた。
「害虫がデカくなってる」
「……なんと言った」
「虫サイズじゃないですね、これ。まあ駆除の方法は変わらないですけど」
「貴様——! 我の瘴気で腐り果てよ——!!」
魔将が俺に向かって突っ込んできた。
腕を振りかぶって、全力で。
俺はモップを横に向けた。
「はいはい、虫はあっち行っててくださいね」
軽く、突いた。
魔将が、消えた。
「よし、邪魔者がいなくなった」
俺はモップを持ち直して、上を向いた。
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剪定は、三十分かかった。
傷んだ葉を払って。
腐った枝を落として。
日光を遮っていた周囲の枝も、適度に間引いた。
「うん、これでだいぶ通気性が良くなった」
俺は世界樹を見上げた。
黒い汚れはなくなったが、まだ色が悪い。
元気がない。
「仕上げにこれですね」
カバンから霧吹きを取り出した。
葉っぱのツヤ出しスプレーの代わりに、マイペットを薄めた水溶液が入っている。
世界樹の幹に向けて、シュッと吹きかけた。
雑巾で、くるりと拭いた。
「植物は、愛情込めて拭いてやると元気になりますから」
もう一拭き。
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**◆ 周囲の視点 ◆**
リーナは、固まっていた。
世界樹が、光り始めていた。
最初は幹の根元から。
次に枝へ。
葉へ。
黄金色の光が、上へ上へと広がっていった。
枯れかけていた葉が、みるみる緑を取り戻した。
落ちていた葉が、新しい葉に変わっていた。
腐っていた枝が、新しい枝に生まれ変わっていた。
根元から這い上がっていた黒い蔦が、消えていた。
光が、頂上に達した瞬間。
爆発するような輝きが、大森林全体を照らした。
枯れていた木々が、一斉に緑を取り戻した。
花が咲いた。
鳥の声が戻ってきた。
川の水が澄んだ。
「……あ」
リーナの目から、涙が流れた。
「ああ……」
「……枯死した世界樹が」
側近の声が、震えていた。
「瞬時に再生した……」
「しかも大森林全体が……」
「剪定と、霧吹き一本で……」
森の奥から、エルフたちが走り出てきた。
一人が、地面に膝をついた。
次の一人も。
また次も。
「創造神様だ……!!」
誰かが叫んだ。
「森の創造神様が、降臨なされた……!!!」
賛美歌が始まった。
エルフ特有の、澄んだ声が重なっていく。
森全体に、歌声が響いた。
「あの」
湊の声が聞こえた。
全員が振り返った。
湊は霧吹きをカバンにしまいながら、言った。
「植物は愛情込めて拭いてやると元気になりますから。定期的に手入れしてあげると長持ちしますよ」
リーナは声が出なかった。
「じゃ、次の現場があるんで行きます」
湊がモップを肩に担いだ。
「あ、日当たりが改善したんで、水やりの量も少し減らした方がいいですよ。根腐れの原因になるんで」
「……はい」
リーナは、やっとそれだけ言えた。
「お支払いの方、来月末までにお願いします。口座番号は見積書に書いてあります」
湊が転移陣に足を踏み入れた。
「またご依頼があれば、いつでも」
光が瞬いた。
清掃員の姿が、消えた。
残されたエルフたちの歌声が、新緑の森に響き続けていた。
World's largest forest, reborn in a single afternoon.
リーナは世界樹を見上げた。
黄金色の光を放つ、力強い幹。
青々とした葉が、風に揺れていた。
「愛情込めて、拭いてやると元気になる」
リーナは、その言葉を繰り返した。
目から、また涙が流れた。
「……次は、自分たちで手入れをしよう」
側近が頷いた。
「はい、女王陛下」
賛美歌は、日が暮れるまで続いた。
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