第21話「海外出張と、冷凍庫の霜取り作業」
◆ ギルド本部 視点 ◆
「次はバルディア皇国からです。国土の三割が魔物に占拠されており、早急な支援を——」
「その前にアルテミア共和国の件を処理しろ。Sランクの海竜が港を封鎖してから三ヶ月経つ」
「両方同時進行でお願いします。それとグレイシア帝国からも——」
神代は額に手を当てた。
会議室のテーブルに、各国からの依頼書が山積みになっていた。
記者会見の翌日から始まった。
世界中継を見た各国の首脳が、一斉に連絡を入れてきたのだ。
「助けてくれ」
「我が国にも来てほしい」
「どんな条件でも飲む」
「神代ギルドマスター、捌ききれません……」
副ギルドマスターが青い顔で言った。
そのとき、ドアが開いた。
「失礼しまーす」
湊だった。
ミスリルモップを肩に担いで、のんびりした顔で入ってきた。
「あ、ちょうどよかったです。神代さん、相談があって」
「なんだ」
「海外出張って、手当出ますか」
神代は一拍おいた。
「出る」
「どのくらいですか」
「どこでも好きな国の基準に合わせる」
湊の目が、輝いた。
「好きなところを選んでいいですか」
神代は依頼書の山を手で示した。
「好きなものを取れ」
湊が山に手を突っ込んだ。
何枚かめくって、止まった。
「これ、どこの国ですか」
「北方魔法帝国グレイシアからだ。国土の半分が氷竜に凍らされている」
「北か……」
湊は少し考えた。
「北の方が寒冷地手当とか厚いですかね」
「……交渉する」
「じゃあここにします」
湊が依頼書を一枚抜いた。
神代は副ギルドマスターに目配せした。
「グレイシア帝国に連絡しろ。影山殿が向かうと伝えろ」
副ギルドマスターが通信機を手に取った。
その顔が、安堵と申し訳なさが混ざった複雑な色をしていた。
◆ 影山湊 視点 ◆
飛行機……ではなく、魔法の転移陣で帝国に着いた。
初めての海外だった。
寒い。
コートを持ってきてよかった。
転移陣から出た瞬間、正面に人の列があった。
全員、豪華な礼服を着ている。
一番前の老人が、地面に額をつけた。
「ようこそおいでくださいました、救世主殿……!!」
後ろの全員も、同じように額をつけた。
「我が帝国の危機を、どうかお救いください……!」
俺はちょっと困った。
「あ、どうも。影山です。ご依頼の件で参りました」
「ありがたや……ありがたや……」
泣いている。
全員泣いていた。
一番前の老人が、皇帝陛下らしかった。
「救世主殿、我が国を氷漬けにしている、Sランク厄災指定の永久凍土の氷城を……どうかその御力で……」
「氷城ですね」
俺はメモを取り出した。
「氷竜が住み着いているとか」
「さようでございます。あの忌まわしき竜が国土を凍らせ続け、農地も、港も、全て——」
「冷凍庫の霜取りですね」
「……は?」
「放置すると扉が閉まらなくなるんで厄介なんですよね。霜取りは定期的にやらないといけないのに、皆さん怖くて手をつけられなかったんでしょう」
皇帝が、目をぱちぱちさせた。
「まあ、業者目線から言うと現場を見ないと何とも言えないんですが」
俺はカバンを担ぎ直した。
「とりあえず現場に連れてってもらえますか」
氷城は、でかかった。
山ほどの大きさの城が、全部氷でできていた。
吹き付ける猛吹雪が、肌を刺す。
体感温度はマイナス四十度くらいか。
「うわ、霜がびっしりだ」
壁一面を覆う霜の厚みが、数十センチはある。
「これは重症だな」
俺は城の壁に触れた。
分厚い。固い。普通の霜取りじゃ太刀打ちできないレベルだ。
「お、お気をつけください……! あの城の主が来ます……!!」
皇帝の声が、後ろから聞こえた。
城の最上部が、砕けた。
翼が広がった。
全長五十メートルを超える、白銀の竜。
全身が氷でできている。
目が、赤く光っていた。
「ふむ」
俺はカバンを探った。
霧吹きのボトル。
中身は、出発前にギルド本部で補充してきたぬるま湯だ。
「業務用の霜取りスプレーがこれしかないんだよな」
もう少し大容量のやつを買っておけばよかった。
氷竜が深く息を吸い込んだ。
絶対零度のブレスを放つ前の予備動作だ。
俺はその鼻先に歩み寄った。
「ちょっとお湯かけるんで、どいてくださいねー」
氷竜が、動きを止めた。
俺はぬるま湯の霧吹きを、竜の鼻先にシュッと一吹きした。
◆ 周囲の視点 ◆
皇帝は、目が見えているか不安になった。
見えていた。
見えているのに、理解できなかった。
霧吹きを一吹きされた氷竜が。
光った。
白く。眩しく。
熱を、放ち始めた。
「な」
氷竜の体が、溶け始めた。
溶けるだけじゃなかった。
消えていた。
氷城の壁も、霜も、呪いの結界も。
全部、一瞬で溶けて、消えた。
暖かい光が降り注いだ。
何十年ぶりかの、太陽の光だった。
「…………」
皇帝の膝が、雪解け水の中に落ちた。
騎士たちが、一人また一人と崩れ落ちた。
「た、たった一吹き……」
誰かの声が、震えた。
「ぬるま湯で……氷竜が……」
「太陽神の……」
「太陽神の再来だ……!!」
雪解け水の中で、全員がひれ伏した。
号泣の声が、かつて凍てついていた大地に響いた。
「あの」
のんびりとした声がした。
全員が顔を上げた。
湊が、振り返っていた。
霧吹きをカバンにしまいながら。
「霜取り完了です」
爽やかに笑っていた。
「交通費と出張手当の精算、どこでやればいいですか」
「……救世主殿」
皇帝が、震える声で言った。
「我が帝国の、全てを差し上げます」
「いや、規定の出張費でいいですよ」
湊が首を振った。
「経費の精算はちゃんとしないと、会社の帳簿が合わないんで」
皇帝がまた泣き崩れた。
春の陽光が、かつて凍えていた大地を暖めていた。
雪解け水が、川になって流れていた。
その中心で、清掃員が出張費の計算をしていた。
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