第20話「窓拭きの極意が、世界を救う宣言になった」
◆ メディア・一般人 視点 ◆
「現在、ギルド本部大会議室の前には世界中のメディアが集結しています」
レポーターが興奮した声で実況していた。
「本日の主役は、わずか三分で厄災指定クラスの泥巨人を消滅させた、謎の人物。その正体が今日、明かされます」
会議室には、百を超えるカメラが並んでいた。
世界三十カ国以上の報道陣。
同時通訳のイヤホンをつけた外国人記者たちが、最前列に陣取っている。
「生中継、始まります」
ざわめきが、静まった。
扉が開いた。
最初に入ってきたのは、神代厳。
続いて、天海しずく。
そして。
ガスマスク。
作業着。
肩には、ミスリル製のモップ。
「あんな薄着で……」
最前列の記者が、思わず呟いた。
「これが……死神か」
「いや、救世主だ」
「どちらも正しいかもしれない」
会場が、畏怖の静寂に包まれた。
湊が、マイクの前に立った。
「どうも」
のんびりとした声が、世界に流れた。
◆ 影山湊 視点 ◆
すごい数のカメラだった。
フラッシュが次々と焚かれて、目がくらむ。
(なるほどな)
俺は内心で頷いた。
(うちの会社、ここまで大きくなってたのか)
(正社員になった翌日にテレビ取材か。頑張らないといけないな)
神代さんが「会社のPRになるから、しっかり話してほしい」と言っていた。
ちゃんと清掃員としての仕事の内容を、わかりやすく伝えよう。
前職のクリーンハンターでは、広報なんて存在しなかった。
でも大手は違う。
会社のイメージが、社員一人一人にかかっている。
俺はマイクの前で、姿勢を正した。
最初に手を挙げた記者は、外国人だった。
通訳が入る。
「あの泥の巨人は、猛毒の酸を含んでいました。それをどうやって……無効化したのですか」
声が震えていた。
俺は少し考えた。
酸性の汚れか。
「あー、酸性の汚れって放置するとガラスが傷むんで、早めの対処が大事ですよね」
俺は答えた。
「コツとしては、まず適度に湿らせた雑巾を使うことですね。乾いた布だと却って広がるんで」
「ッ……」
記者が息を呑んだ。
「それと手首のスナップです。上から下にサッと拭き取る。力を入れすぎると汚れが伸びるんで、脱力して、体全体の流れで」
「…………」
「あとタイミングが大事で。乾く前に素早く拭き取れば、跡が残らないですよ」
俺は付け加えた。
「今日は天気が良かったんで助かりました。雨の日の窓拭きは、また別のコツがいるんで」
「以上です」
静寂が落ちた。
◆ 神代・しずく 視点 ◆
最前列の魔法学者が、震えていた。
「……ッ!」
立ち上がりかけて、堪えた。
「猛毒の酸を」
掠れた声で呟いた。
「水気と、物理的なスナップ……すなわち風圧のみで中和したと……」
隣の記者が頷いた。
「魔力を使わずに、純粋な技術論として語っている……」
「なんという真理だ……!」
「魔法理論の根本が、今、覆された……!」
しずくは神代の袖を引いた。
「神代さん、あの人たち」
「見えている」
「窓拭きの話をしていた湊さんの回答が、魔法理論の革命として受け取られています」
「知っている」
「どうするんですか」
「ほうっておけ」
神代は静かに前を向いた。
次の記者が立ち上がった。
今度は国内の、老練なジャーナリストだった。
「影山さんに、お聞きします」
落ち着いた声だった。
「あなたの……最終的な目標は何ですか」
会場が、静まり返った。
世界中継のカメラが、一斉に湊に向いた。
しずくは固唾を呑んだ。
神代が、微かに目を細めた。
湊が、マイクを両手で持った。
少し考えた。
「そうですね」
穏やかな声が、世界に流れた。
「世界中の」
一拍。
「しつこい汚れを全部消し去って」
もう一拍。
「みんなが快適に暮らせるようにすることですかね」
爽やかに笑った。
「それが俺の、清掃員としての目標です」
沈黙が、三秒続いた。
三秒後。
会場が、爆発した。
◆ メディア・一般人 視点 ◆
世界同時中継を見ていた人々が、立ち上がっていた。
ニューヨークのカフェで。
ロンドンの広場で。
パリの路上で。
東京の渋谷で。
「世界中のしつこい汚れを消し去る」
それは。
『この星から全ての邪悪な魔物を根絶やしにし、永遠の平和をもたらす』
救世主の、宣言として。
世界中に届いた。
拍手が起きた。
最初は前列から。
次に後列へ。
会場全体へ。
そして、世界へ。
スタンディングオベーションが、波のように広がった。
涙を流している記者がいた。
抱き合っている人たちがいた。
空に向かって叫んでいる人たちがいた。
会議室のモニターには、世界各地の映像が映し出されていた。
全員が、立っていた。
全員が、拍手をしていた。
湊は、その光景を見ていた。
(うちの会社)
目をまたたかせた。
(めっちゃウケがいいな)
満足げに、微笑んだ。
「よかった。PR成功だ」
小さく、呟いた。
神代が、湊の隣で静かに立っていた。
その目が、いつもの静かな光を持ちながら。
今日だけは、少し。
温かかった。
しずくは拍手の中で、涙が出そうになるのを必死でこらえていた。
(世界中のしつこい汚れを消し去る)
(それが清掃員としての目標、か)
(本人は全然わかってないけど)
(でも)
(たぶん、本当にやる)
(この人なら)
(本当に、やってしまう)
拍手は、しばらく止まらなかった。
世界中で。
作業着姿の清掃員への、万雷の拍手が。
鳴り響き続けた。
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