第19話「正社員初日に、首都が汚された」
◆ 神代・協会 視点 ◆
「満場一致だ」
黒崎が会議室を見渡した。
協会の幹部が十数名、全員頷いていた。
「女神の測定水晶が耐えられなかった。これ以上の証拠は必要ない」
「特級(EX)ランクの授与に、異議のある者は」
誰も、手を上げなかった。
「決定だ」
黒崎が拳を机に置いた。
「影山湊に、人類史上初となる特級(EX)ランクの称号を授与する」
神代は静かに頷いた。
問題は、カードだ。
通常のギルドカードは、Sランクでも特殊合金製だ。
だが特級(EX)ランクとなれば、話が違う。
「国家の総力を結集した。昨夜徹夜で仕上げてもらった」
黒崎が、桐の箱を開けた。
漆黒のカードが、そこにあった。
特殊合金と魔法鋼の複合素材。
表面に刻まれた紋様は、協会の歴代最高の職人が一晩かけて彫ったものだ。
「これを、影山殿に」
神代はそのカードを、両手で静かに受け取った。
軽い。でも、密度が違う。
「俺が渡す」
「はい。よろしくお願いします、神代ギルドマスター」
神代はカードを持って、VIPルームへ向かった。
◆ 影山湊 視点 ◆
呼ばれた理由が、よくわからなかった。
「大事な話がある」と神代さんに言われて、VIPルームのソファに座って待っていた。
しずくさんと黒崎さんも、なぜか礼服を着ている。
また礼服だ。
この会社の人たちは、礼服が好きなのかもしれない。
神代さんが、静かに俺の前に立った。
「影山殿」
「はい」
「あなたはこの数週間で、人類の誰も成し得なかったことを成し遂げた」
「まあ、汚い現場が多かったですよね」
「そのたびに、私たちは助けられた」
神代さんが頭を下げた。
俺はちょっと困った。
「今日から、あなたは特別な存在だ」
神代さんが顔を上げた。
「これを、受け取ってほしい」
差し出されたのは、漆黒のカードだった。
受け取る。
ずっしりした感触。
表面の紋様が細かい。
裏面に「影山湊」と刻まれていた。
俺はそれを見た。
考えた。
(なるほど)
(試用期間が終わったんだ)
(ついに正社員だ)
「ありがとうございます!」
思わず声が大きくなった。
「ブラックカードだなんて、うちの会社は社員証もカッコいいですね!」
「……社員証」
神代さんの眉が、かすかに動いた。
「これで社会保険もバッチリですね! 年金も入れます!」
「……社会保険」
黒崎さんが、隣でぼそりと呟いた。
「神への……新たな加護の概念か……」
「えっ、社会保険ってそんな大げさなものじゃ……いや、まあ大事ですよね確かに」
「影山殿」
神代さんが、何か言おうとした。
そのとき。
「ウーーーーーーッ」
警報が鳴った。
建物全体に響く、緊急アラート。
俺は反射的に窓の外を見た。
首都の防壁の向こう。
山が、動いていた。
山が動いているのではなかった。
山のような何かが、こちらに近づいてきていた。
全高五十メートルはある、泥とヘドロで構成された巨大な塊。
それが歩いていた。
ぬぽ、ぬぽ、と地面を揺らしながら。
近づくたびに、上空に泥の雨が降り始めた。
建物の窓ガラスに、泥水が叩きつけられた。
俺の目の前の窓が、茶色くなった。
さっきまできれいだった窓ガラスに。
泥水が、べっとりついた。
俺の中で、何かがプツンと切れた。
「は」
声が出た。
「は?」
「か、影山殿?」
「俺が正社員になった」
俺は立ち上がった。
「初日に」
カバンを掴んだ。
「本社ビルの窓を汚す気か、あの泥だんご」
「た、泥だんご……」
「許さん」
◆ 周囲の視点 ◆
部屋の空気が、変わった。
しずくは思わず一歩、後ずさりした。
影山が、カバンからミスリル製モップを取り出した。
新品の。
あの三千万のやつが、十本。
その中の一本を、ゆっくりと握った。
もう一方の手に、純金の盾。
ちりとり代わりのやつを、逆手に持った。
振り返った顔が、いつもと違った。
眠そうで、のんびりした、あの目が。
今は、仕事人の目をしていた。
「ちょっと、正社員としての意地を見せてきます」
影山が言った。
「あんな粗大ゴミ」
窓の外で、巨大な泥の塊が首都に向かって歩いていた。
「五分で片付けますよ」
影山は窓を開けた。
망설임なく、飛び出した。
神代が窓の縁を掴んだ。
「……っ」
しずくが手で口を覆った。
黒崎が、膝をついた。
廊下から飛び込んできた蓮たちが、窓の外を見て固まった。
空を、作業着の男が飛んでいた。
ミスリルのモップを片手に。
泥の巨人に向かって、まっすぐに。
「…………ああ」
黒崎の声が、掠れた。
「我々の首都を守るために」
目から、涙が流れた。
「神が自ら、出陣なされた……!」
蓮が、直立不動で敬礼した。
桐生と成瀬も、つられて敬礼した。
しずくは敬礼しながら、別のことを考えていた。
(五分で、片付けるって言った)
(あの山みたいな泥の塊を)
(……たぶん、本当に五分で終わる)
神代が、静かに右手を胸に当てた。
窓の外では、泥の巨人の咆哮が響いていた。
それに向かって飛んでいく、一人の清掃員の背中が。
だんだん小さくなって。
泥の巨人と、重なった。
次の瞬間。
泥の雨が、止んだ。
神代は窓の外を見た。
空が、晴れていた。
泥の巨人は、消えていた。
代わりに。
ビルの窓ガラスが、全部きれいになっていた。
経過時間。
三分四十二秒。
「……」
神代は、静かに目を閉じた。
「五分と言ったが、三分だったな」
「さすが師匠」と蓮が小さく呟いた。
遠くの空から、のんびりとした声が聞こえた。
「窓ガラス、全部拭いてきましたよ。経費で清掃用の脚立代請求してもいいですか」
黒崎が床に倒れた。
今日も、VIPルームに崩れ落ちる音が響いた。
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