㉔ジャックの覚悟
今夜、僕がすることは、そんなに難しい事じゃない。でもこんなことは、これまでの人生で1度もしたことが無い。
僕にできるのだろうか。そんな自問自答は何度も繰り返した。以前の僕なら、1度目で無理だという答えを出していただろう。
でも今は違う。変わりたい。そう思えるようになったんだ。
ゼルノくん。アイナさん。2人には感謝をしてもしきれない。それを伝えてもきっと彼らは、何もしてないさと言うだろう。
だから僕は心の中で、感謝を伝える。伝え続ける。
「ありがとう。」
今は夜の10時前、落とし穴の蓋はすり替え済み。僕はゼルノくんと決めた隠れ場所、生徒会室の入口近くの、小屋の物陰で息を潜めている。
ゼルノくんは「上手く隠れるコツは、相手のことを考えすぎないことかな。体の力を抜いて、そこにいるのが当たり前のように振る舞うんだよ。」と言っていた。
彼は本当になんでも知っている。そして、耳をすまして足音を探すんだ。ゼルノくんは来ない可能性だってあるって言っていたけど、僕は来るって信じている。
覚悟を決めると、案外緊張しないものなんだと初めて知った。本当に、王国学園に来て、彼らと出会ってから初めて知ることばかりだ。
初めの頃は、なんでこんな所にいるんだろう、なんて考えたりしていたけど、今はほんとにこの学園に来てよかったと思う。
ゼルノくん、アイナさんとの関係は昨日で終わった。今日からはただのクラスメイトの関係だ。昨日僕は落とし穴作戦は失敗してもいい、みたなことを言ったけど、心の中では絶対に成功させたいと思っている。成功させて、今度はこっちから二人に声をかけるんだ。
それに今夜僕がすることは、そんなに難しいことじゃない。
準備だって出来ているんだ。さあ不審者、いつでも来い。
そんな心の声にこたえたわけではないだろうが、足音が聞こえてきた。
ザッ...ザッ...ザッ...
生徒会室があるこっちの方に近づいてきているようで、足音は徐々に大きくなってきている。それでも僕の心の中はとても静かだ。リラックスできている。
物陰に息をひそめて、不審者が生徒会室の前に姿を現すのを待つ。今夜はとても晴れていて月明かりが闇夜を照らしてくれているから、夜でも視界はそこまで悪くない。
ザッ...ザッ...ザッ...
もうだいぶ近くまで来ているみたいだ。ランタンの明かりだろうか。生徒会室の前の道が照らされている。普通ならこんな状況、足音が近づいてくるほど心臓の鼓動は早くなりそうだけど、今の僕はその逆で、鼓動がゆっくりななっている気がする。とても落ち着いている。
不審者が生徒会室の前に姿を現しても、その落ち着きは揺るがなかった。
左手にランタンを手にし、少し上背のある、たぶん男だろう。黒い外套をまとい闇に紛れて細かな部分はよく見えない。
狙い通り、生徒会室の入り口に向かっている。あと数歩、前に進めば深さ2メートルの落とし穴が待っている。あともう少し、進め。そう願ったタイミングで、不審者は不意に足を止めた。
急に周囲を見渡し、何かを怪しんでいるようにも見える。まずい、バレたのだろうか。なにが?落とし穴の蓋が地面に見えなかった?いや、どれだけ明るいといっても今は夜だ。そんなはずはない。じゃあ、僕の気配を察知された?もう少しで落とし穴に落ちそうだったんだ。それを願っていしまった。それに気配を感じたのだろうか。どうすしよう。どうする。
その場から動かずに色々考えていると、不審者は何事もなかったかのように、前に一歩を踏み出した。
そして落ちた。




