第八夜 花火
隅田川の夜空に鮮やかな夕焼け色をした花火が弾けた。少し遅れてドーンという大砲が鳴ったような音が響く。夏の星空に二十近くの花火が順々に打ち上げられていく。一つ花火が上がった後、鍵屋の花火師たちがせっせと次の花火を準備している姿が見えた。
あたしの周囲には大勢の観衆が居た。皆痩せていたが、夜空に浮かぶ花火の鮮やかさに空腹を忘れ、心を奪われているようだった。
一つの花火が咲き、次の花火が打ち上げられるまでの間、観客どもは皆そわそわと落ち着かなげにしていた。祭り気分になったように手拍子をしている子供もいれば、噂話に花を咲かせる町娘たちもいた。
町娘たちの噂話を遠くから聴いてみると、どうやら今年流行り病で死んだ人間達の慰霊のために徳川将軍が催したものらしい。
畿内から江戸の都に向かう道中の村々の、底なし沼に沈み込んだような静寂を思い出す。どこに行っても飢えて死んだ人間の腐った躯とそれを啄む鴉ばかり。まるで黄泉の国の様相であった。現世に近づきすぎた黄泉の国を遠ざけるには、華やかな花火がちょうどよいのかもしれない。
ヒューー、ドーンとまた一つ夕焼け色の花火が咲いた。あたしはひとり空を見上げる。慰霊のために花火は美しく散り、残光を残しながら夜空に消えていく。無常に散っていった人間達の霊はこの花を見ているのだろうか?
目を閉じた。あたしは瞼の裏に花火の残り香を感じながら、少し前まで共に旅していた主人の姿を花火の残光に重ねた。少ししたら残光は無くなり真っ暗になった。




