第九夜 夕焼け
夜の街が最近、再び明るさを取り戻すようになってきた。焼野原だった頃の東京の街の面影はもうない。人々は皆せっせと働き、建物を作り、電線を張り巡らせ、電気を灯した。全てを失った戦後から、東京の街は抜け出そうとしていた。
日が地平線に沈んだ頃に建物の屋根から世界を見渡した。あたしを焼かない弱く色彩豊かな夕焼けの光が視界の半分を、もう半分を見慣れた夜の闇が覆っていた。街灯が、ネオンが街のあちこちで灯りだした。
何処からか静かで懐かしい歌が聴こえてきた。別れた恋人を懐かしむ歌だ。歌の名前はどうしても思い出せなかったが、代わりにずっと前に死んだ主人の顔を思い出した。あれからずいぶん時間が経った。どれくらい経ったのかはよく分からなかった。それでも主人の顔は鮮明に思い出すことが出来た。
夕陽の沈んだ地平線の方へ目を向ける。
これが儂らが見ることが出来る唯一の明るい世界だ、と主人は言っていた。あたしはもう太陽の下を歩むことは叶わないのだ。歩むことが出来るのは一日のほんの少しの時間だけ現れる夕焼けの世界だけ。
それなのに主人はある日、「月、儂は散歩に出かけるぞ。お前は来るな、見に来てもいかん」そう言って日の下で焼かれて灰になった。きっと地平に沈む前の太陽を見たかったのだろう。そして、きっと太陽を見ることのできた主人のことを少しうらやましく思った。
間もなく夕焼けは夜闇に取って代わられ、東京の街はネオンに染まった。




