第四夜 渡り廊下
ペタ、ペタ、ペタ。
足の裏にはひんやりとした石の感覚。あたしは裸足で古い渡り廊下を歩いていた。廊下の左右にある薄汚れた窓からはくすんだ光が漏れ込んでいて足元を照らしていた。窓のない場所は昼間にもかかわらず真っ暗だ。
ペタ、ペタ、ペタ。
あたしは何処を歩いているんだろう? その渡り廊下の作りは何処か見覚えがあった。でもどこだったか? 廊下は何処までも続いていく。
ペタ、ペタ、ペタ。
思い出した。空襲であたしが逃げ込んだ学校の渡り廊下だ。私は立ち止まった。
窓の外を見た。突如真昼のような強烈な光があたしの目を焼いた。窓は閉まっているのに炎が巨大な顎となってあたしの腕に食らいつこうとしてきたから、あたしは逃げ出した。通り過ぎていく窓からは童子の泣き声、女の叫び声が漏れ出してきていた。あたしは何もかもから逃げるために足を速めて、そして突然転んだ。
石の床に胸を強く打ち付けたが、不思議と息苦しさも痛さも感じなかった。
立ち上がろうとしてまた転んだ。今度は鼻を打った。左足を引っ張られたのだ。足元から声がした。
「月子」昔名乗ったあたしの仮の名前。澄んだ子供のような声。
「十造?」あたしは驚いて最愛の声の主を確かめようとして、できなかった。
猛火を纏う龍の爬虫類の瞳が足のすぐ向こうで顎を閉じてあたしを見ていた。顎から覗く巨大で鋭い歯の間から出た黒く炭化した腕があたしの足に絡みついていた。
あたしは気が付くと走っていた。どうやって逃げ出したのかは分からない。
ペタ、ペタ……。
あたしは足を止めて背後を振り返った。もうそこには龍はいなかった。通路も無くなっていた。あるのは吸い込まれるような闇だけ。
見慣れた深い闇に目を凝らしていると遠くに満月が見えた。