第二夜 祭囃子
えんやこーら、えんやこーら。
遠くからにぎやかな祭囃子が聴こえてくる。あてもなく背の高い雑草の茂る暗い夜道を歩いていたあたしは足を止めて音のする方向を見た。ぼんやりとオレンジ色の明かりが闇夜の雑木林の向こうに見えた。
えんやこーら、えんやこーら。
色とりどりの声が祭囃子を奏でていた。乳飲み子のような言葉というよりも鳴き声に近い声も、しわがれた老人の声も、野太い男の声も、女々しい女の声も。皆一様ににぎやかにはやし立てている。楽しそうだ。夜がこんなにもにぎやかになるのは祭りの時くらいだから、あたしはなんだか楽しい気分になった。
あたしの足は自然に雑木林に向かっていった。ザクザクと下駄で雑草を踏みつぶしながら歩みを進める。ずっと遠くにあったと思ったのに、気が付いたらあたしは雑木林の中にいた。
木々の合間から大きな神輿が見えた。龍や鷹の模様が彫り込まれた豪奢な神輿。あたりにくべられた松明の明かりで橙色に照らされた神輿は左右に大きく揺れながら雑木林の荒れ道を闊歩している。神輿の上で提灯が揺れた。
近くまで寄って祭囃子の列に混ざるとなんと言えない冷気を感じた。不思議に思ってあたりを見回すといつの間にか神輿を担いでいた人はいなくなっていた。
急に寂しい気持ちになった。あの色とりどりの声の集団はどこに行ったのだろう? あたしはあたりを見渡したが影も形もなくなっていた。ただ、あたしの耳の中に「えんやこーら、えんやこーら」という祭囃子の残響だけが残された。
視線を戻すとそこには先ほどまでなかった神輿が地面に置かれていた。
「疫病神め。おぬしのせいで民が儂をおいてどこかに行きおってしまったじゃないか。いかにしてここにおるのだ。誰もおぬしを呼んでおらぬ。立ち去られ」
神輿にあしらわれた龍があたしに憎々し気にそういった。
「龍よ。あたしは祭囃子が好きなのじゃ。すぐ近くで聴いていたいのじゃ。別に何もせぬ。何がいけないのじゃ」
「おぬしは悪くなくとも、民は逃げる。分をわきまえよ。これは種の定めなのである」
聞き分けのない口調にあたしは気分が悪くなった。
「神輿にあしらわれた彫刻風情があたしに定めを説くか」
あたしが拳を振り上げると神輿は硝子細工のように砕け散った。同時に頭に響いていた祭囃子もなくなってしまった。
「哀れなり。孤独なものよ」
神輿に張り付いていた鷹が言った。