第一夜 黄泉路
昔、書き溜めたものです。
気が付けば、あたしは暗い道を下っていた。
夜だ。でも完全な闇じゃない。小さな明かりが点々と足元を照らしている。あたしの足は人形師の操り人形のように意味も分からず暗い道を進んでいく。道の先は紫色の霧でよく見えない。
あたりに生き物の気配は感じなかった。夜虫どもの鳴き声もしない。自分の足音さえしない。どこを歩いているのか、とんと見当がつかない。
急に足元の床がなくなったような浮遊感と不安感が背中を冷たくした。危険を感じてよろけて座り込むことはできなかった。足は止まらない。目を閉じようとしても無理だった。瞼は動いてくれない。あたしは紫色の霧にどんどん近づいていく。
あたしの後ろから羽音が聞こえてきた。
「わたしゃあ、ここの先の川で洗い物をしておるんですわい。ここの水は綺麗でなあ、汚いものを全部もってっとくれるんですわ。ありがたやありがたやあ」耳の後ろから声がして、腰当たりの高さを何か黒いものが通って行った。
「こんばんは、お美しいお姉さん。この先に僕の自慢のフェリーが止めてあるんだけど一緒に乗っていかないだろうか? 素敵な僕の屋敷に連れていってあげよう」頭の上から声がして、虹色の星が飛び去って行った。
「お嬢さん。足元にお気をつけて。かかとの高い靴を履いていると危ないよ。間違って足を滑らせたら大変だ。私が手を引いてあげよう」目の前から声がして、右手に緑色の何かが触れた。
その瞬間あたしは落下した。道がなくなっていたのに気が付かなかったのだ。緑色の何かはあたしの手を引いて深淵の底に落ちていった。あたしも落ちていった。
φ
気が付くとあたしはまた先ほどの道を歩いていた。紫色の霧はいつの間かなくなっていた。足はあたしの思う方向に動いてくれる。相変わらず瞼は閉じようとしない。
道の終点は川だった。どこか見覚えのある老婆が汚いしわだらけの布を洗っていた。
「あそこにあんたを待ってるやつがおるよ。とっととどっかいっとくれ。ああも波だててくれりゃ洗濯もできゃしね」
言われて川の中を歩いて上っていった。ぬるい水はとても軽くてまるで空気みたいだった。老婆の言っていったようにすごく綺麗だった。
川の真ん中に大きな船があった。船の左右の深い溝から出た水が川になっていた。
「待っていたよ。さあ乗って」懐かしい声があたしを呼んだ。姿は見えなかった。
右手を上げると何かがつかんであたしを引っ張りあげた。
船からひと際大量の水が流れ出した。川の水嵩はずいぶん高くなった。遠くから老婆の叫び声が聞こえた。
あたしは高く高く昇って行った。




