第15話 泣き女の行列
葬儀の前の日は送りの行列が都を一周する。
大聖堂を出て、貴族街を下り、商人街を抜けて、窪地のふちをかすめて、また大聖堂に戻る。先頭は聖女さまの大きな肖像画。そのあとに司祭たち、聖騎士団、貴族、商人。いちばん後ろに、都の民がぞろぞろとついていく。
俺は窪地の入り口の、崩れかけた塀の上に座って見ていた。
イーダが隣に座っていた。
「自分の送りの行列を見るって、変な気分」
「見なきゃいいだろ」
「見たいのよ。誰が泣いてるか」
行列が近づいてきた。
まず音が来た。泣き声だ。ものすごい泣き声。
行列の先頭のすぐ後ろを、黒い服の女たちが二十人ほど歩いていた。みんな髪を振り乱して、胸を叩いて、空に向かって声を上げている。
「ああ、聖女さま!」
「なぜ、なぜ私たちを置いて!」
すごい迫力だった。窪地の子どもたちが、ぽかんと口を開けて見ている。
「あれは泣き女よ」
イーダが言った。
「お金で雇われて泣く人たち。貴族の家が自分の家の名前で出してるの。たくさん泣かせた家ほど、信心深いってことになるの」
「……泣くのに金を払うのか」
「一日、銀貨二枚。いい仕事よ」
泣き女のひとりが、胸を叩きながら横目で太陽を見た。昼まであと何刻か数えている顔だった。
イーダはくすっと笑った。
◇
司祭たちが通った。
イーダが指をさした。
「あの人。朝の祈りを三刻にした人。四百四十件目」
聖騎士団が通った。鎧の列が陽を跳ね返してまぶしい。先頭の白い髭の騎士は、腰の剣がうっすら白く光っていた。
「あれが騎士団長。アルヴィドのお父さま。私が倒れた日も、祈りの予定を減らさなかった人。七十八件目」
アルヴィドは列の中ほどにいた。まっすぐ前を向いて歩いていた。剣は光っていなかった。
イーダはアルヴィドのところでは指をささなかった。
貴族たちが通った。
「あの人。三百二件目。あっちの人、五百十件目。あの帽子の人は手の甲にキスするときに舐めるの。六百件目」
「舐める?」
「ちょっとだけ。毎回」
俺は帽子の貴族に向かって唾を吐きたくなった。
商人たちが通った。
「あの人は二十九件目。あの人も。あの人も」
イーダの指が止まらなかった。
そして、民の列が来た。
窪地の人間も混じっていた。井戸端のおかみさん。坂の上の鍛冶屋の息子。死体車の御者。みんな、手に小さな蝋燭を持っていた。泣き女みたいに叫んではいなかった。ただ、黙って、目を赤くして歩いていた。
本物の涙だった。
「ねえ、ヴィム」
イーダが腰の曲がった婆さんを指さした。
施療院の前で、毎日ひなたぼっこをしている婆さんだ。俺も知っている。誰にでも同じ話をする。死んだ亭主が若いころ都いちばんの色男だった話。
婆さんは蝋燭を両手で抱えて、しゃくりあげながら歩いていた。
「聖女さま、聖女さま。あんなにいい子が。毎日、あたしの話を笑って聞いてくれて」
「百八件目」
イーダが言った。
「……は?」
「施療院の前で、毎日同じ話をするおばあさん。三回目から、笑うのがつらい」
俺はイーダの顔を見た。
聖女さまは笑っていなかった。怒ってもいなかった。ただ、泣きながら歩く婆さんを、じっと見ていた。
「あの人、私が死んで本当に泣いてくれてるのね」
「……ああ」
「でも、怨んでるの。私」
イーダの声は平らだった。
「毎日毎日、同じ話。同じところで笑わなきゃいけなくて。一回、疲れて笑うのが遅れたら、『聖女さま、お加減が悪いの?』って、施療院じゅうに言いふらされて。司祭さまに呼ばれて叱られたの。『民を不安にさせるな』って」
婆さんは俺たちの前を通り過ぎていった。
聖女さまの名前を呼びながら。
俺は背中が寒くなった。
帳面の九百十二件。ずっと、悪い奴のリストだと思っていた。香水ババア。プリン泥棒の助祭。あいつらは本当に悪い奴だった。
でも、この帳面には、あの婆さんも入っている。
井戸端のおかみさんも、入っているかもしれない。
蝋燭を持って黙って歩いている窪地の人間の、何人かが。
「……全部、撃つのか」
聞いた。
「あの婆さんにも、雷を落とすのか」
イーダはしばらく答えなかった。
「分からない」
足をぶらぶらさせた。
「分からないから、書いたの。書かないと、忘れちゃうから。忘れたら、笑ってたことになっちゃうから」
◇
民の列の終わりのほうに、白い衣の少女たちがいた。
十人くらい。みんな十二、三歳から十五歳くらい。手に長い蝋燭を持って、ゆっくり歩いている。
「祈りの娘たちね」
イーダが言った。
「行列の最後で、聖女さまのために祈る役。施療院とか孤児院から、教会が選ぶの。……私も、昔やったわ」
少女たちの中に、見覚えのある顔があった。
細い首。白い顔。
ネリだった。
俺は塀から飛び下りた。
「ネリ!」
妹が振り向いた。俺を見て、ちょっと困った顔をした。蝋燭を持ったまま、列から一歩だけ外れた。
「お兄ちゃん」
「何してんだ、お前」
「施療院の修道女さんに頼まれたの。昨日。咳が治ったなら、祈りの娘をやってみないかって」
「聞いてねえぞ」
「言ってないもん」
ネリは白い衣の裾をつまんだ。
「これ、借り物だけど、きれいでしょ」
「……」
「すぐ帰るよ。夕方には」
列の前のほうから、司祭の声がした。「そこの娘、列を乱すな」。ネリは首をすくめて、列に戻っていった。
ほかの少女たちと並んで、蝋燭を掲げて、背筋を伸ばして歩いていく。
妹の歩き方がきれいだった。
いつの間に、あんな歩き方を覚えたんだろう。
イーダが俺の横に立っていた。ネリの背中を、ずっと目で追っていた。
「……あの子、上手ね」
「何が」
「笑い方」
ネリは列の中で、ほんの少しだけ口の端を上げていた。
左右がきれいに同じ角度だった。
行列は大聖堂のほうへ遠ざかっていった。
その列の最後尾から少し離れて、腰の曲がった婆さんが、ひとりで立っていた。泣いていなかった。煙管もくわえていなかった。大聖堂の尖塔を、じっと見上げていた。
闇市のバルボ婆だった。
婆さんはしばらくそうしていた。それから、くるりと背を向けて、橋のほうへ帰っていった。
第15話 了




