第9話 代理出席とアプリの通知
満面の笑みを浮かべる美乃里は、俺に向かって右腕を上げて見せる。……あ、俺のカバンじゃないか。わざわざ持って来てくれたのか。なんだこいつ、いいやつだな。今度お礼にひし餅でも恵んでやろうかな。やっぱ友達へのお礼と言えばひし餅だよな。渡すと毎回「え? 今日ひな祭りだっけ?」って言われるんだけど、別にひし餅ってひな祭りだけに食べるものじゃないだろ。何故か2月後半から3月頭までしか売ってないから、買いたい時困るけど。なんでなんだろうなあれ。
「零郎くん、カバン忘れてたから学生証見て出席出してきちゃった!」
「え……まじ? 俺の分の出席を?」
「もっちろん! 私こう見えてもいい子なんだからねー? ちゃんとミニッツペーパーに学籍番号と名前書いて出しといてあげたよ! 田中零郎って!」
「なんで学生証見た上で田中零郎って書いちゃったんだよ!? 本名書いてあっただろ!?」
「あ、あれ本名だったの? 私てっきりラジオネームかと」
「学生証にラジオネーム載せないだろ! 載せるのはハガキ職人の専門学校だけだよ!」
「あ、零郎くんてもしかしてハガキ職人専攻行く予定?」
「そんな予定は無いわ! あとそんな専攻も無いわ! なんだハガキ職人専攻って!? ハガキがどういう過程で製造されるのか学んだりするのかよ!」
「待って本当にハガキ作ってない!? ハガキ工場とかに就職したりしない!?」
「しないわ! 俺が就職したいのは便箋工場だよ!」
「ニアピンじゃん! 多分それ第二志望とかでハガキ工場入って来てるよ! 業界ほぼ一緒でしょ!?」
「ちょっとそろそろやめてくんね!? どっちもボケじゃねーかお前ら!?」
大輔に止められたことで、俺と美乃里の言い合いは一旦収束した。元々なんで言い合ってたんだっけな。ひし餅が関係あったことは覚えてるけど、そこからどうやってハガキ工場に就職する話になったのか覚えてないわ。あと俺が本当に就職したいのは『天地無用』のシールを作る工場だ。
「ところで、そこの彼女はなんでここにいんだ? さっきも柊吾の隣に座ってたけど」
「さっきから柊吾柊吾って誰のこと言ってるの? この青髪くんは田中零郎くんでしょ?」
「ちげーよ! さっきちげーって言われてたろ!? なんで田中零郎を疑いなく信じ切ってんだよ!」
「大輔うるさいぞ。俺はあの日から田中零郎として生きていくって決めたんだ。弟が……和彦がいなくなったあの日からな……」
「弟太郎じゃねーのかよ!? 和彦が弟だったらお前が零郎になる意味分かんねーだろ!」
「じゃあ何郎になればいいんだよ。ういろうか?」
「和菓子になる方が意味分かんなくね!? いやお前、いいからちゃんと名乗ってやれよ!」
「ああ、私はチャンです」
「そうじゃなくて! チャン何回目の登場だよ!」
「おっけー! 田中・チャン・零郎くんね? 覚えたよー!」
「ほら間違って覚えられてんじゃねーか! 柊吾お前名乗ってやれよ!」
「やあやあ我こそは! 勝島の地を駆けし者!」
「武士の名乗りしろって言ってなくね!? しかもお前勝島の地を駆けるってそれ大井競馬場じゃねーか! ちょ、お前らまじ一回黙れる!?」
なんでこいつ大井競馬場のことスっと分かるんだよ。普段から行ってるのか? まだ大輔は馬券買えないはずだけど……。いや待てよ。大学だと同期が同年齢とは限らないのか。てことは大輔は18浪……。何歳だ? 37歳の代か。それにしては若々しいな。
「えーっと、美乃里ちゃんっつーんだっけ? こいつは田中零郎じゃなくて、染谷柊吾っつーんだ。ちゃんと本名で覚えてやってくれな」
「おっけー! で、茶髪の君はだーれ?」
「美乃里、こいつは大輔っていって、俺たちの人生の大先輩だ。今年37歳になるから、ちゃんと敬うように」
「待って俺いつからそんな年取ったの!? 俺今年で19よ!?」
「え? でも確か大輔って18浪だよな?」
「そんなわけなくね!? 18浪して北関大学なら就職するって!」
「便箋工場に?」
「そうとは限らねーだろ! なんで俺まで手紙関連の工場に就職させようとすんの!?」
「いや、俺が就職したいのは『天地無用』のシールを作る工場だから、便箋工場に就職するのはお前だけだぞ大輔」
「だからしねーって! なんだそのニッチすぎる工場!? ずっと何言ってんだよ!?」
俺たちのやり取りを見ている美乃里は、くすくすと口元を手で押さえている。平安貴族みたいな笑い方だな。前世でなんとか納言とかだったのかな。そういやそろそろアイスの季節だし、大納言あずきのアイス食べたいな。
「君たち、二人揃うとずーっと喋ってるんだね! おもしろー!」
「そんなのりしろー! みたいに言われても」
「言ってなくね!? のりしろ叫ぶセリフ聞いたことねーんだけど!?」
「それより君たちさ、さっきここで変なのと戦ってたでしょ?」
……また見られたか。この間目立たないようにしようって決めたところなのに、立て続けに二人にバレちゃってるぞ。大丈夫かこれ? 目立ってない?
「なんかおっきいチューブ? みたいなのと戦ってたよね? あれなーに?」
「ああ、あれは舌クリーナーブラシゾーメだよ」
「さっきと言ってること違くね!? さっきは練り歯磨きって言ってたじゃねーか!」
「俺もあんま覚えてないんだよ。オーラルケア関連だったことは覚えてるんだけどな」
「ほんとにその前提合ってる!? 今までのクロゾーメ軍団ってシャンプーとかコンディショナーだったろ!?」
「クロゾーメ軍団……? って何?」
「ああ、またそこを説明しないといけないのか。クロゾーメ軍団っていうのはな……」
俺は美乃里にクロゾーメ軍団と、俺が染髪マンとしてヒーロー活動していることを説明した。説明と言えば、炎上した芸能人に説明しろとか謝罪しろとか騒ぐ一般人いるよな。あれなんでなんだろうな。お前関係無いじゃん。説明も何も、当事者同士にしか関係無いのに。ギリその人のファンとかならそう思っても仕方ないけど、ああいうのって大体関係無いネットイキりおじさんが言ってるからな。酷い時代になったもんだ。
「なるほどね……。あれ言ってるのってネットイキりおじさんなんだ」
「あれ俺の脳内聞こえてた? 俺クロゾーメ軍団と染髪マンの説明したはずだけどな」
「途中からずっと変な話してたぞお前!? クロゾーメ軍団とかの話はだいぶさらっとしてたくね!?」
「柊吾くん、そんな派手髪だから変わった人だと思ってたけど頑張ってるんだね! なんかよく分からないけど応援してるね! なんならラッパとか持って応援歌演奏しよーか?」
「野球応援か! 高校時代思い出すわ!」
「あ、柊吾くん野球部だったんだ。私てっきりハガキ職人部かと」
「ずっと言ってるけど俺ハガキ職人目指してないからね!?」
そんな他愛も無い会話をしていると、俺と大輔のスマホが同時に鳴る。あれ、俺スマホの通知全部切ってるはずなんだけどな。なんか通知許可してるアプリあったっけ。
「染谷柊吾……。忠告したはずなんだがね」
突然目の前に、黒いオーラのようなものを身に纏った権藤教授が現れる。あ、通知鳴ったの怪人キャッチのアプリか。さっき大輔に入れさせられたやつ。
「あ、パクチーギバーのアプリも通知許可したままだな。これ後で切っとくか」
「何故そんなに落ち着いてるんだね君は!? 私が現れたというのに!」
「いや別に、あんたが現れたって熱狂して名前コールしたりしないよ。不自然な黒髪だなあとしか……」
「いや私もそんなアイドル扱いは期待していないが!? 私はクロゾーメ軍団の幹部だと言っただろう!」
「幹部……? おい柊吾、この人が幹部ってどーいうことだよ!?」
「腰とか痛いんじゃないか?」
「患部って言ってねーよ! お前なんでそんな感じでいれんの!?」
「全く……。君には何を言っても意味が無いようだ。仕方ない、実力行使といこう。チェンジ」
権藤教授がそう口にすると、体の周りに纏っていたオーラがその体を覆う。黒いオーラの塊が弾けると、そこには巨大な櫛を持った黒騎士のような怪人の姿があった。これが権藤教授の変身態、ヘアマニキュアゾーメか……。
「……あ、戦うやつかこれ。やっべ、髪色落ちちゃってるわ。金髪かな今?」
「柊吾お前いーから早く変身しろって!」
「早く返信しろとかそんな束縛彼女みたいなこと言われても……」
「その字じゃねーよ! 変身! 染髪マンになれっつってんの! なんで伝わらねーの!?」
「ああそういうことか。仕方ないな。変身、染髪マン!」
俺は金色の染髪マンに変身し、権藤教授——ヘアマニキュアゾーメに向かって走り出す。その瞬間、俺の視界には物凄いスピードで流れていく雲が映っていた。あれ、染髪マンって飛行能力あったっけ? かみなり・ひこうタイプだったのかな?




