第7話 遅刻少女とやらかしタックル
「さて……と。次の授業はここか」
俺が立ち止まった教室は、100人は入るであろう大講義室。英米文化論って授業だけど、こんなところでやるのか……。高校までこんな教室無かったからびびるよな。高校の教室をミニヨーカンとするなら、この大講義室は大型羊羹だ。あれ齧って食べると後半キツくて後悔するんだよな、ちゃんと切って食べれば良かったって。なんで羊羹で例えたのかは自分でも分からないけども。
しかしどこに座ればいいんだろうな……。ここまで大きいとどうしようも……ってみんな後ろに固まってるぞ!? そうか、友達同士でお喋りとかしながら授業を受ける不届き者たちが集まってるんだな。
でも俺はそんなことにはならない! ちゃんと真面目に授業を聞いていい成績を取るって、じっちゃんに誓ったんだ!
あ、じっちゃんっていうのは昔近所にいた磁石おじさんっていうおじさんのことな。どこまで遠くのクリップを磁力だけで引き寄せられるかをずっと実験してたおじさんなんだけど、ある時から急に泥だらけの作業服とヘルメットを持って毎日出かけるようになったんだよな。一回警察に話しかけられてたの見たけど、今思えばあれ職務質問だったのかな。
今どうしてるのか全く知らないじっちゃんこと磁石おじさんへの誓いを胸に、俺は1番前の真ん中の席に座る。授業開始まであと5分ぐらいあるな。ちょっと予習しとこうかな。
教科書を開いて目次を熟読していると、授業開始の鐘が鳴る。教授は……まだ来てないのか。
そう思った矢先、後ろのドアが勢い良く開く音がして、アニメに出てくる美少女のような高い声が聞こえてくる。
「セーフっ! 教授もまだ来てないよねっ? でも座るところ無ーい! え、後ろの方全部埋まってる感じ!?」
なんだ、うるさい女子がいるな。そんなギリギリセーフか遅刻か分からないタイミングで来といて、後ろ空いてないはもうしょうがないだろ。文句言わず前の方に来たらいいんだよ。
「もー仕方ないなー! 1番前の真ん中しか空いてないんだもんね? そうなんだもんね?」
うるさいな本当に。さっさと1番前の真ん中の席に来て真面目に授業を受けたらいいものを。しかしあんなやつとはできれば近くに座ってたくないもんだな。俺までとばっちり受けそうだし。
……ん? 1番前の真ん中の席……?
「よっと! 横失礼しまーす! え、君そんな派手髪なのに1番前に座ってるなんて、さては私のちょっと前に着いたな〜?」
「うーわ最悪だ……。よりによって俺の横に来るなんて……。DIYで仕切りとか作ろうかな」
「ちょっと全部聞こえてるよ!? DIYで仕切り作ったら自習室みたいになるでしょ!? 嫌だよこの間まで高校の自習室にいたのに!」
「高校の自習室で勉強してるやつなんて本当は勉強せずスマホゲーしてるか、もしくは自習室を自首牛2って書くと勘違いしてるやつだよ。……まさか後者か?」
「そんなわけないじゃん!? 前者でも失礼〜って感じだけど! 何自首牛2って!? 牛が自首する映画の続編!?」
「牛が自首してどうするんだよ。自首しようがしまいが食肉になるだけだろ」
「そうなんだけど言わないでそんなこと!? もー、青髪くんこっち向いて!」
突然頭を掴まれ、ぐいっと左に向けられる。いや痛いわ! 首は危ないだろ首は! 結構大事な神経とか色々入ってるんだから!
そういや首で思い出したけど、大輔の首輪買いに行かなきゃな。デザインはどうしようか。輪ゴムをいっぱい束ねたやつとかでいいかな。
……って声に違わずなかなか美少女じゃないか。黒目が大きなタレ目と小さな鼻に大きな口。明るい茶髪はミディアムボブに切り揃えられていて、動く度に顔の周りで揺れている。たぬき顔ってやつか? モテるんだろうなこういうタイプ。俺はうるさいからNGだけども。
「なーに君さっきからその感じー!? 失礼なんですけど!」
「失礼って言われても……。俺一人で大騒ぎする人苦手だし……。ソロ歌手とか」
「歌うことを大騒ぎって言わないであげてね!? あれ仕事だからあの人たち!」
「しご……と……?」
「え、仕事を知らないタイプの人!? 生まれてこの方働いたこと無いタイプのニート!?」
「失礼だな。俺は生まれてこの方働いたこと無いニート(予定)だ」
「(予定)付いてたら余計ダメじゃん! 今から未来変えられるよ! 頑張ろ!?」
なんだこの女子、えらくポジティブなやつだな。ツッコミなのか励ましなのかあんまり分からないぞ。大輔ならこのボケに何て言うんだろうな。回避できる未来じゃね!? とか言うのかな。
「なんか……ちょっと面白いかも! ねーねー青髪くん、私と仲良くなろ?」
「無廻翼奈盧?」
「どうやったらその変換出てきたの!? 厨二病系の人!?」
「『系』じゃない。厨二病だ」
「ああ……。うん、そうなんだ……」
なんだよ、自分で聞いといて引くなよ。厨二病ってのも案外嘘って言い切れないんだよな。だって俺一応本物のヒーローだから、実際に怪人と戦ったりしてて言動だけ見たら厨二病だし。
「私、詰石美乃里! ネイリストを夢見る普通の女子大生!」
「自己紹介が少女漫画みたいなノリだけども!? どうした急に!?」
「今朝だって遅刻しそうだったから、ナンを咥えて走って来たんだからね!」
「パンじゃなくて!? え、何インド少女漫画の設定!?」
「このタージ・マハル大学に入学して、運命の人を見つけるの!」
「勝手にタージ・マハル大学にすな! ガネーシャも多分人じゃないぞ多分! いや体だけ人だった気もするけど!」
「青髪くんはどんなシュードラなの?」
「カースト制度で言うのやめてくれる!? シュードラってしかも1番下だろ! 何決めつけてくれてるんだよ!?」
こいつ……。なかなかボケてくるな。大輔と違って一筋縄では行かないタイプか……。
ふっ、面白い。俺様のボケに勝てるものなら勝ってみれば良い!
「ふふっ……あははは! やっぱ面白いね君! ボケてきたからやり返したら、ちゃんとツッコミもできるんだもん! ねーね、やっぱり私と友達になろうよ!」
「トモ……ダチ……?」
「そ! 友達! どうせ君、あんまり友達いないんでしょ? 私がなってあげるよ!」
「デモ、オデ、トモダチワカラナイ……」
「だいじょーぶだよ! なんだっていーの! 私と楽しいことができればそれで!」
「タノシイコト……? オデ、オメトアソベルノカ……?」
「そーそー! 色んなことしよーよ! まずはお昼ご飯一緒に食べよ?」
「オデ……オデ、ヤマデキノコトッテクルダ!」
「ごめんそろそろ山奥に住んでて人々から誤解されてるけど実は心優しい巨人ムーブやめてもらえる!? ノってたけどしんどいんだから!」
巨人ってより鬼のつもりだったんだけどな。分かりにくかったかな。次からもっと鬼っぽさを磨いてみよう。でも鬼っぽさって何だ? マヨラーとかになればいいのかな。
「て言うか君も名前教えてよ? 私だけ少女漫画みたいに名乗ってバカみたいじゃん」
「勝手に少女漫画風にしたのはあなたなんですけども!? しかもインド風の!」
「いーから! 名前教えて!」
「田中零郎です」
「田中太郎の生き別れの兄!? 無いでしょ田中太郎にそんな裏ストーリー!」
「それ以上太郎の悪口を言うな……。魂を地獄に送られたくなければな……」
「やばい零郎能力者のパターンだ!」
ノリいいなこいつ。大輔と意味は違うけど、話してると割と楽しいタイプだ。意外と仲良くなれたりしてな。
「ねーねー零郎くん」
「零郎受け入れちゃうんだ。いや別にいいけど」
「零郎くんはなんでこの授業取ったの? やっぱり楽単だから?」
「いや違うよ。俺ちゃんと英語圏の文化について学びたいし興味あるからだよ。あとこの授業楽単じゃないぞ? テストもレポートもあるし」
「え、ほんとに? 最悪ー! 騙された!」
騒いでいる美乃里を横目に、ゆっくりと入ってくるおじいちゃん教授の方を向く。もう授業開始の時間から10分ぐらい経ってるけど、ようやく来たな。まあ腰曲がったおじいちゃんなら仕方な……。
「おい柊吾! 大変だ!」
「大輔おま……お前教授!」
「大変なんだ柊吾! 早く来てくれ!」
「いやお前……とんでもないことしてるって」
「いいから! 急いでくれ! めちゃくちゃ一大事だから!」
「それはお前が教授をぶっ飛ばしたことよりもか?」
「……え?」
大輔がゆっくりと視線を動かすと、数メートル先で倒れているおじいちゃん教授のところで目が止まる。
「おい柊吾……。まさか、あれ俺がやったのか?」
「うんそうだよ。美乃里、学生課に報告しといて」
「おっけー!」
「いやいや待ってくんね!? 不慮の事故だろこーいうの! あとそこの女の子も『おっけー!』じゃねーのよ! 売れ始めのハーフタレントじゃねーんだから!」
大輔の大学生活はこれにて終わるわけだが、これだけ急いで入って来たんだ。またクロゾーメ軍団絡みの何かだろう。
「大輔が退学してまで俺に危機を伝えに来てくれたんだ。行くしか無いだろ!」
「勝手に退学にすんのやめてくんねまじで!? え、俺退学!?」
「零郎くん、一応学生課にメールは入れといたよ」
「お、ありがとな美乃里。じゃ、ちょっと行ってくるな」
「行ってくるって……。どこに?」
「まあそこは勝手に想像してくれたらいいよ。築地でも豊洲でも」
「何今から競りとか行く感じなの!?」
困惑する美乃里の声を背中に浴びながら、俺は大輔と一緒に教室を出て走り出した。クロゾーメ軍団、まさか大学にまで来るとは……。いやまあ、権藤教授がもうクロゾーメ軍団幹部なんだけどさ。むしろそう思ったら大学内に出るの当たり前なんだけどさ。
「なあ柊吾、零郎って何?」
「え、知らないのか。田中太郎の生き別れの兄だぞ?」
「知るわけなくね!? 知らねーけどなんでお前がそう呼ばれてんの!?」
「うるせえよぶっ飛ばすぞ」
「理不尽!!」
大輔に先導されて着いた場所は、体育会が使う大きなテニスコート。そこには、何かを撒き散らす大きなチューブのような影があった。




