第5話 真面目バカと青髪ヒーロー
つい2日前に来たばかりのサロンのドアを勢い良く開け、中に駆け込む。バタンと大きな音が鳴るが、ウィッグ相手にカットの練習をする金森さんは微動だにしない。こちらに一瞥くれるだけで、またウィッグに視線を戻した。
凄いなこの人。プロの美容師としてもだけど、シンプルにメンタルが強すぎるぞ。もっと慌ててくれよ頼むから。
俺は仕方なく大声で金森さんに声をかける。
「金森さん! 大至急でお願いします!」
「あら、染めてから3日目くんじゃないの。どうしたの?」
「まだ染めてからの時間計ってたんですか!? もう日単位で変わってたら数えるの諦めてくださいよ!」
「正確には2日と2時間16分43秒ね」
「知らないですけども! いやそんなことはいいんですって! 大至急です!」
「あらそうなの? 仕方ないわね、ボールを当てる場所は頭でいい?」
「俺大死球って言いました!? 危険球投げようとしないでください危ないな!」
「染谷くんって右投げ東打ちよね? 今バッターボックスを描くから」
「方角で言わないでもらえます!? なんですかその相撲が混じってそうな野球!」
「死球だから満塁だったら押し出しね」
「無理やり相撲と絡めなくていいんですよ!? え、ちょっと話聞いてもらえます!?」
この人今まで真面目に話聞いてくれたことあったか? 最初にカウンセリングしてくれた時も最終的に野球の話に持って行かれた気がする。野球好きなのかな。今度深堀って聞いてみようかな。
とりあえず野球は置いといて、金森さんにコンディショナーゾーメのことを話す。雷の能力が効かないコンディショナーゾーメのことを聞いても、この人の表情は全く変わらない。メンタルが強いのか話聞いてないのかどっちなんだろう。
「なるほどね、また住民税が値上がりするのね……」
「やっぱり聞いてなかった! 住民税の心配後でしてもらえます!?」
「冗談よ、冗談。電気系の能力を無効化する怪人ね」
良かった一応聞いてたんだな……。この人ならまだボケ始める可能性あったから焦ったわ。よく考えたら染髪マンに関する大事なことほとんど話してくれてないもんなこの人。なんでなんだよ。話せよ。俺染髪マンについてもクロゾーメ軍団についても知らないよ。いやクロゾーメ軍団については権藤教授がちょっと教えてくれたけどさ。
「コンディショナーは油分が多いから毛穴詰まりを起こすってことよね。じゃあ答えは簡単よ」
「攻略法が分かるんですか! 教えてください!」
「もちろんよ。その答えは、パパイヤよ」
「いつからなぞなぞしてましたっけ!? 俺『お父さんが嫌いな食べものは?』って聞きました!?」
「『お父さんが嫌いな食べものなーんだ?』って聞いてたわね」
「うっそだろ俺無意識に陽気なぞなぞキャラになってたのかよ! いやいいから教えてください!」
「冗談よ、冗談。話しながら染めちゃうから、そこに座って」
言われるがままに椅子に座り、金森さんは施術をしながら怪人の攻略法を話す。
そして1時間半ほど経ち、俺は真っ青になった髪を靡かせて怪人の元へ走り出した。
「ローガモって結局ハンバーガーみたいなやつじゃないの! なんであの金髪はやたらパンで挟む食べものの話をしてるのかしら……?」
元の場所に戻ると、コンディショナーゾーメは怪人の姿のまま道の真ん中に座り込み、スマホを覗き込んでいる。なんだあいつ、真面目系バカか? 本当に2時間ローガモについて調べてたのかよ。今までどうやって生きてきたんだ?
とりあえずあいつ一応まだ怪人の姿してるから、俺も変身しとくか。
「変身! 染髪マン!」
俺の体が青く光り出し、大きなハケのエフェクトが俺の体を青く染める。自分の体を見下ろすと、青い装甲が纏われていた。
所謂フォームチェンジだよな。普通のヒーローはアイテムとかでやるんだけど、俺は髪染めないといけないのおかしいだろやっぱり。時間も髪の負担もえげつないわ。ハゲるわ。
俺の変身コールが聞こえたのか、コンディショナーゾーメはバッと顔を上げてこちらを見る。
「あっ! 金髪帰って来たのね! 分かったわよ、ローガモは中国の肉料理で、ナンみたいなものに肉を挟んだ……って金髪じゃない!?」
「お前気づくの遅すぎるだろ! どんだけローガモについて調べたこと報告したかったんだよ! 真面目か!」
「調べろって言ったのはアナタじゃない! 出された課題はちゃんと期限内に提出しないと!」
「なんだお前優等生か!? え、よく考えてみろよ。敵に2時間意味の分からない中国の食べものについて調べろって言われて、素直に2時間調べてたのおかしくない?」
「…………確かに」
「そもそもお前、クロゾーメ軍団の幹部だかボスだかに指示されて人襲ってるんじゃないの? 俺の指示に従ってどうするんだよ」
「…………そう言えばそうだったわ」
「お前真面目だけどバカだろ!? 仕事はできないけど真面目にはやってるからみんな注意しづらいあれだろ!?」
「う、うるさいわよ! ワタシが1番気にしてることを! もういい! ワタシのコンディショナーで黒ずませた後破裂させてあげるわ!」
コンディショナーゾーメは、お得意のコンディショナーを俺に向かって射出してくる。
でもこんなのは俺に効かないんだよな。
「そーれっと」
指先から温水を出した俺は、コンディショナーに温水をぶつける。空中でぶつかったコンディショナーと温水は、仲良く排水溝に流れて行った。
「な……!? 何をしたのアナタ!?」
「え、ただコンディショナーを洗い流しただけだけども」
「洗い流したですって!? そんな聞いたことも無い対処法を……!」
「お前その能力でこれされたこと無いの!? むしろ今までどんなやつと戦ってきたんだよ!?」
「お坊さんとか野球部とかお坊さんとかよ!」
「なんでそんなコンディショナー要らなそうな人ばっかり相手にしてるんだよ! お坊さん2回出てきたし!」
「天台宗か真言宗かで違うのよ! 一緒くたにしたら可哀想でしょう!?」
「知らねえって! 坊さんは坊さんだろ! どこ真面目なんだよお前は!」
こいつ、真面目系バカ過ぎて人生損しまくってるだろ。ただのバカならまだ愛されたのにな。ここまでだとちゃんとめんどくさいわ。
「きいーっ! もういい! 洗い流せないほどのコンディショナーをかけ散らかしてやるわ!」
「きいってお前そんな古いドアみたいに」
「誰が今古いドアのモノマネするのよ! いいから食らいなさい! これが私の全力よ!」
コンディショナーゾーメは勢い良く屈み込むと、一気に体を伸ばして大量のコンディショナーを発射してきた。
なるほど、なかなかの量ではある。でも所詮詰め替え用パウチだな。既に使った分も含めると、半分ぐらいしか残ってないんじゃないか? それなら楽勝だ。
俺は右手を開いて顔の後ろに引き、グッと力を入れる。そのまま飛んで来るコンディショナーの塊に向かって、開いた右手を突き出した。
「熱湯掌底ッッ!!」
「何かしらその聞いたことの無い四字熟語は!? ダサいわよ!?」
「うるせえ今考えたんだよ! 黙ってろ!」
俺の右手から飛び出す大量の熱湯は、コンディショナーを一瞬で洗い流す。熱湯の勢いは衰えること無く、コンディショナーゾーメに到達。水圧カッターのようにその体を切り裂いた。
「ぎゃああああああ!! コンディショナーをたくさん流すと排水溝が詰まりやすくなるから気を付けるのよおおおおおお!」
またやけにためになる断末魔を上げ、コンディショナーゾーメは大爆発した。なんでクロゾーメ軍団って散り際に豆知識みたいなの教えてくれるんだろうな。戦闘直後だとメモりたくてもメモ取り出せないんだよ。もっと余裕あるタイミングで教えてくれたらいいのに。
変身を解除しながらそんなことを考えていると、黒ずみと体の膨張から解放された大輔がこちらに向かって来るのが見えた。
「おーい柊吾! 凄かったな!」
「ああ、確かに今年のワールドカップは手に汗握ったよな」
「今俺サッカーの話してなくね絶対!? どの文脈でそう思ったのか教えて欲しいんだけど!?」
「いや俺だってサッカーの話なんかしてないよ。ラグビーの話だよ」
「どっちにしてもじゃん!? いや俺スポーツの話してないのよずっと! お前の戦闘の話してんの!」
「俺の戦闘って言うと……。ああ! ステージ6075のボスとの戦闘か! 確かにあれは凄かったよな」
「ゲームのこと言うわけなくね!? あとステージ6075は多すぎるって! 何のゲームだよ!」
「そりゃお前、女性覆面レスラーと恋愛するシミュレーションゲーム、『リングインラブ』だよ」
「特殊過ぎるって! 待って1回俺の話聞ける!? 進まねーから!」
なんだよ大輔のやつ、俺がやり込んでたリングインラブに興味無いのか? 覆面取ったら美少女のパターンとか期待してるのに、覆面取ってくれる好感度まで何人進めても全員オラウータンみたいな顔なんだよ。ゴリラなら分かるけどオラウータンて。森の賢者じゃん。レスラーっていう情報と噛み合わないんだよな。
「いや柊吾お前、レスラーと恋愛するゲームの話とかどうでもいいのよ! お前ヒーローだったんだな! すげーじゃん!」
「……ああ! その話か!」
「その話以外無くね!? 俺が進んでレスラー恋愛シミュレーションの話を聞きたがると思ってたの!?」
「うん」
「うん!?」
そうか、大輔には俺が染髪マンであることがバレちゃったんだな……。昨日正体がバレないようにしようって決めたところなのに、早速身近なやつにバレちゃったよ。どうしよほんとに。
俺が悩んでいるのを気にも止めず、興奮した様子の大輔は早口で話し続ける。なんだこいつ、競馬実況とか向いてるんじゃないのかな。
「大学入って最初の友達が正義のヒーローとか、そんな幸運あるか!? ちょっと俺ラッキー過ぎるって! なあ柊吾、俺にもお前のヒーロー活動手伝わせてくれよ!」
「仕方ないな。じゃあとりあえずカバン持ちと扇子の使い方の練習から」
「俺落語家に弟子入りするって言ってなくね!? ヒーロー活動の手伝いさせてくれって!」
「いや大輔お前……手伝いって言っても、お前はヒーローとしての力を持たないただの水陸両用車なんだぞ?」
「人であらせてくんね!? なんで柊吾には俺がずっと乗りものに映ってんのまじで!? いや聞いてくれよ。俺だってノリでこんなこと言ってるわけじゃねーからさ!」
ノリで言ってない? 何か手伝える心当たりがあって言ってるってことか? そんなやついる? 俺ならこんな変な秘密結社と戦うヒーローに首突っ込みたくないけどな。
「俺さ、高校生の頃から趣味でスマホアプリとか作ってんだよ! 結構ダウンロードもされてさ、将来はIT社長になりてーって思ってて! その技術力でなんか手伝えないかなって!」
「ごめんあんま聞いてなかったわ。ちくわがなんて?」
「言ってねーってそんなこと! そろそろ真面目に聞いて欲しいんだけど!?」
「いやでもお前、技術力って言ってもそれでどう手伝うって……」
「じゃー例えばさ! 怪人が出た時に通知するアプリを作れるって言ったらどうする?」
「とりあえずお腹空いたからご飯食べる」
「前提関係無い行動しないでくんね!? いや確かに腹減ってるけどさ! あの怪人のせいでまだ昼飯食ってねーから! あーもう、じゃあバーガー食いながら話そう!」
「OK、俺隣の牛丼屋にいるから食べ終わったら合流しよう」
「なんで!? 一緒に飯食えばいーじゃん! なんで隣の牛丼屋行くの!?」
「だって学生証見せると大盛り無料って」
「何やってんだよ柊吾! 早く牛丼屋行くぞ!」
俺と大輔は学生証を取り出し、とっくにピークを過ぎてガラガラの牛丼屋に入った。しかし大輔のやつ、本気で俺のヒーロー活動を手伝うつもりなのかな?




