第26話 初夏の出会いと道案内
5月も後半になって、かなり暑くなってくる。30℃を超えてきてるし、もう夏と変わらないな。真夏だと流石に40℃とかいくんだろうけど、30℃ってひとつの夏の基準だよな。基準と言えば、ウインナーを調理する時に茹でるか焼くかを判断する基準って何なんだろうな。どの場合に茹でが良くて、どの場合に焼きが良いのかわからないんだよ。
茹で焼きがいいとか言われるけど、俺はそんな中途半端なことしたくないしなあ。なんか、良いとこ取りみたいでちょっとムカつくんだよ。ティッシュペーパーの薄さと、トイレットペーパーの水溶性を持ち合わせてたら、いくらなんでも便利すぎると思うのと同じだ。
あれ、でも水に流せるティッシュってあったよな。もしかして人類はあれにもムカつくのか。面倒な生き物だなあ。
そんなことを考えながら歩いていると、道端で地図を広げている女の人がいる。50代ぐらいか? 髪色がオレンジになってて、年齢の割にはかなりファンキーだな。もしかして、苗字は加藤か?
ファンキーな加藤さん(仮)は、ちっぽけな勇気を振り絞った様子で俺に声をかけてくる。俺もあとひとつになったクルトンを口に放り込み、残りのコーンスープを飲み干してから、加藤さんの方を向いた。
「お兄さん、聞きたいことがあるんですけどね……」
「なんでしょう? ああ、サンドウィッチならここから20分ぐらい歩いたところに美味しい喫茶店がありますよ」
「聞いてないですけど!? 私、サンドウィッチの話とかしました!?」
「してなくても目を見れば分かりますよ。今あなたが探しているのは、サンドウィッチとカードショップなことぐらい」
「全然当たってないですよ!? 私が何をすると思ってらっしゃるの!?」
「え? ポ〇モンカードでしょ?」
「しませんよ!? サンドウィッチも関係ありませんし!」
「いやいや、カードで片手が塞がるから、片手で食べられるようにできたのがサンドウィッチじゃないですか」
「起源まで遡るんですか!? サンドウィッチ伯爵もポケ〇ンカードの想定はしてないと思いますよ!?」
「今ならこのアプリに新規登録で、5000円分のガチャが回せるんですよ。上手くいけばかなりいいカードが当たりますよ。クレジット機能付きの」
「当たりすぎてますよ!? クレジット機能付いてるポ〇モンカードとか怖くて持てませんよ!」
「でも一応ユニ〇ンペイの加盟店で使えるんですよ」
「じゃあ中国製じゃないですか! 偽物ですよそれ!?」
この人、元気だな。流石ファンキーを名乗るだけある。あれ、でもこの人あれだよな、ポケ〇ンカードしながらサンドウィッチ食べるってことは、サンドウィッチ伯爵の子孫……? てことは、フルネームはファンキー・サンドウィッチ・加藤ってことか。どこで加藤の血が混じったんだろう。家系図とか見せてくれないかな。
「いや、サンドウィッチとかはどうでもいいんですよ。お兄さんに聞きたいことがあって……」
「なんですか? 俺だって暇じゃないんですから、早く要件言ってもらえます? そんなに時間無いんですよ」
「時間が無いって……。あなたみたいな若い人が、こんな時間にどこに?」
「え、ハモ買いに」
「ハモ買いに!? 市場ってことですか!?」
「だからそうだって言ってるじゃないですか。何聞いてたんですか。耳無かったりします? ああ、でもサンドウィッチってパンの耳は切り落としてますもんね。じゃあ耳無いのか」
「物凄い失礼な方ですね!? いや耳ありますよ!? 見てほら、私の耳! これ!」
「足立の父?」
「誰のお父さんですか!? 足立!? 足立は誰!?」
「あなたが言ったんじゃないですか足立って。俺は知らないですよ」
「そろそろちゃんと聞けます!? 私、あなたに聞きたいことがあるって言ってるじゃない!」
「ああ、うどん派かそば派かで言うと、ほうとう派です」
「聞いてませんよそんなこと!? せめてうどん派かそば派かで言ってもらえます!? え、聞いてもらえますか!?」
なんだこの人、ずっと一人で騒いで。年齢の割に落ち着きが無い人だなあ。落ち着きが無いと言えば、昨日美乃里がハモを捌きながら大騒ぎしてたな。美乃里が何か言う度に俺が美乃里の3音高い声で被せて同じ言葉を言ってたら、「ハモらないで!」とか言ってきたんだよ。どちらかと言えばハモってるのはハモ捌いてる美乃里だろ。
「ちょっと場所を探してるんですけどねえ、なかなか見つからなくて、どこにあるか教えて欲しいんですが……」
「ああ、上野駅の公園口から出て真っ直ぐ行けば着きますよ」
「上野動物園の場所聞いてないんです! 私そんなこと言いました!?」
「俺だって上野動物園のつもりで話してないんですけども。俺は上野国立博物館のつもりでしたよ」
「どっちも違いますから! 上野が目的地じゃないんです!」
「じゃあ御徒町ですか?」
「違います! 近すぎるし! なんでその辺で降りさせるんです!?」
「え、だってあの辺って昼から飲んでるあなたと同年代の男とかいっぱいいるじゃないですか。逆ナンでしょ?」
「断じて違います! 逆ナンするならせめてできるだけ若い男を狙いますから!」
「え……。やっべ警察呼んどこ」
「もしもの話をしただけです! あなたを逆ナンしてるわけじゃないから安心してくださいね!?」
「あ、もしもし警察ですか? 今変な人に絡まれてて……。特徴? 一人称が『ファンキー』です」
「そんな一人称で話してないですよね私!? 勝手にファンキーとして話を進めないでもらえます!?」
「はい、できればすぐ来て欲しくて……。え? 警察じゃない? じゃあなあなたたちは……。あ、CIA? なんだCIAか。間違えました、すみません」
「警察より凄いの出てきてないです!? なんでCIAにスっと繋がるんですか!」
「ああ、すみませんファンキー・サンドウィッチ・加藤さん。お騒がせして」
「なんですかその名前は!? 私は郡司です!」
「え? ファンキーはどの辺に入ります?」
「入らないですよ!? 何故あなたはやたらファンキーに拘るんです!?」
ファンキー・サンドウィッチ・加藤さん……長いな。もうちょっと呼びやすくするために略すか。えーっと、ファドッ藤さんは、呆れた様子でもう一度俺に地図を見せる。あれ、でもさっきなんか別の名前名乗ってたような……。まあいいか。
「私はこの劇場に行きたいんですが、この劇場知っていますか……? もし知っていたら案内してくれると助かるのですが……」
「いや、知らないです。さ、案内しますね!」
「え!? 知らないんですよね!?」
「はい、知らないですけど。案内するから着いてきてくださいね」
「え、え!? 知らないんですよね!?」
「しつこいな! 御託はいいから俺に着いて来いよ! 俺がお前を引っ張っていくって決めたんだから!」
「急に青春ドラマのクライマックスシーンみたいに! なんでそんなことになったんです!?」
劇場の場所なんて、スマホで調べたらすぐ分かるしな。別に案内しない理由も無いし、よく考えたら美乃里のために定期的に市場までハモを買いに行くのも意味分からないしな。あいつはいつになったらハモに飽きてくれるんだろう。
俺はスマホで劇場の場所までのルートを出しながら、ファドッ藤さんと肩を並べて歩く。
「へえ、ファドッ藤さんってそんな若そうなのにもう70歳なんですか」
「なんですかその音が詰まりすぎている名前は!? そうですよ、今年で70歳になるんですよ。白髪染めをしているから、若く見られますけれど」
「白髪染め? そんなオレンジなのにですか? 確かに白い部分も残ってはいますけど、今のところオレンジのレンジの方が広いですよ。ファンキーでモンキーでベイビーなのかオレンジのレンジなのかはっきりしてくださいよ」
「何の話です!? 後半は何も聞き取れませんでしたよ!? 私はヘナ染めというのをしているのですが、ヘナ染めだと白髪がオレンジに染まる場合もあるのですよ」
「すみません、聞いてなかったです。ペプチド結合がなんて?」
「してないですよそんな話!? アミノ酸のこととか話してませんから! どうやったら聞いてくれるんですあなた!?」
しかしファドッ藤さん、背筋もピンとしてるし顔にシワとかも少ないのに、70歳ってビックリだな。でも確かに杖はついてるんだよな。あと背後霊も憑いてるな。俺ちょっと霊感あるからたまに見えるんだけど、ファドッ藤さんの背後霊は、トランプを持ったイングランド貴族だ。あ、これサンドウィッチ伯爵か。ああ、これ見よがしにサンドウィッチ食べ始めたから確定だな。まあ先祖だもんな、普通だ。
そんなことを考えていると、なんだか急激に眠くなってきたな。そんなに睡眠不足ってことはないと思うんだけども。ああでも、最近は朝のチーズフォンデュをより良くしていくために、色んな食材を試す実験をしてる分前より2時間早く起きてるんだよな。だから午前2時だな。あれ、まだ夜じゃないかそれ?
ああ、ダメだ。なんか意識が保てないぞこれ。そんなに疲れてたのか俺は……。
「ふう、やっと眠ってくれましたか……。別の意味でも手を焼きましたが……」
今の、ファドッ藤さんの声か? 何を言ってるんだろう。手を焼くなんて、そんな拷問みたいな。魔女とかなのかなこの人。
ファドッ藤さんの声について考えたのも束の間、俺の意識はプツっと途切れてしまった。




