第2話 シャンプー怪人とイナズマパンチ
……本当に姿が変わってるんですけれども!? 黒い全身タイツをベースに、胸や腕、脚には金色の装甲が付いている。顔も金色のゴーグルと銀色のマスクで覆われてるけど、髪だけはさっき染めたての金髪だ。
いやいや風に靡いてるけどこれ大丈夫なのかよ!? どうせこれからこのシャンプーと戦うんだろ!? ヘルメット要らないの!?
おいおい完全に騙されたなこれ……。どう見てもヒーロー活動そのものだろ! 何がちょっとしたボランティアだよ!
服屋のガラスに映る自分の姿にテンパっていると、妙にキンキンと高い男の声が飛んでくる。
「おい、そこの貴様! なんだその姿は!」
「うわやべ、シャンプー怪人に気づかれた! こんな離れてるのに!」
「そりゃそんなデカい声で変身とか叫んでたら気づくだろう! バカなのか貴様は!」
「うるせえよ! シャンプーボトルの形したバカみたいな怪人にバカとか言われたくないわ!」
別に俺だって叫ぼうとして叫んだわけじゃないしな。操られるみたいに無意識に声が出ただけだ。
心の中で言い訳をする俺に、シャンプー怪人は更に声をかけてくる。なんだこいつ、コミュ力高いな。
「貴様一体何者だ! このクロゾーメ軍団の邪魔をするとは……」
「クロゾーメ軍団っていうのお前ら!? ダッセェ名前!」
「だ、ダッセェ!? ボスと幹部の皆様が付けた名前になんてことを!」
「なんだその撮影協力してくれた社会人サークルみたいな紹介! 良いのかその言い方で!?」
「ええいうるさいぞ貴様! 俺様はさっきから何者だと聞いているんだぞ!」
いやそう言われても俺だって知らないんだよな。今初めて変身したから。
あ、でも金森さんは『染髪マンって名乗れ』って言ってたな……。染髪マンって俺のヒーローネームってことか。うんダサいわ! クロゾーメ軍団のこと言えなかったわ!
「貴様ァ! 名を名乗れ!」
「うるせえ! あんま名乗りたくないんだから黙ってろよ!」
「名乗らないと頭からシャンプーをぶっかけてやるぞ!」
「うんそれ頭洗ってるだけじゃないの? あんまダメージ無い気がするけども?」
あ、でもブリーチしたての時はあんまりシャンプーしない方が良いって言うよな。昨日初めての美容室にそわそわして色々調べてたら出てきたわそれ。じゃあシャンプーしない方が良いのかあ。
少し悩む俺の様子を見て、シャンプー怪人は高らかに笑い声を上げる。
「シャーッシャッシャッシャ! 貴様、俺様のシャンプーを舐めているな?」
「うんまあ舐めてるけど……。だって皮脂汚れとか落としてくれるんだろ?」
「それだけなわけがないだろう! 俺様のシャンプーは特殊強化されたシャンプー。皮脂汚れだけでなく、生命維持に必要な脂まで落としてしまうのだ! 見ろ! 俺様のシャンプーをかけられた人間どもの様子を!」
言われた通りに倒れている人たちを見ると、少しずつ肌からツヤが失われ、どんどん干からびたような姿になっていく。
……え? こいつもしかしてめっちゃ危険な怪人?
だとしたら話は変わってくる。何としてもこの人たちを助けないと。警察に言ってどうにかなるとは思えない。今ここでこのふざけたシャンプーボトルを粉砕できるのは、俺しかいないってことだ。
……いやいや、大学デビューで髪染めた新大学生には荷が重いだろ!
「ようやく焦りを見せたか金髪! そんなチャラついた髪色をしているから人間を危険に晒すのだ! 分かったら名を名乗り、そのふざけた金髪を真っ黒に染め直しゃああああ!?」
シャンプー怪人が言い終わる前に、俺の拳は振り抜かれていた。ボトルを大きく凹ませながら、怪人は後ろに吹っ飛んで行く。
「なんだ……なんだこの威力は! 何者だ貴様は!」
「知らねえって言ってんだろ。でもどうやら染髪マンって言うらしいぞ。今からお前のことをぶっ飛ばす男の名だ。覚えとけよ」
「センパツマン……? 試合の最初から投げるピッチャーのことか?」
「先発ピッチャーなわけあるか! なんでさっきから俺のことピッチャーにしたがるやつ多いの!? ああもう、締まらないなあ!」
俺だって嫌だわこんな名前。できればもっとカタカナとかのかっこいい名前が良かったわ。なんで漢字入ってんのまじで。染髪て。そのまんまじゃん。
「不覚をとったが……。こんな金髪など俺様の敵ではない! クロゾーメ軍団シャンプーゾーメ、軽く捻り潰してやろう! さあかかって来い!」
「言われなくても!」
しっかしさっきのパンチ凄い威力だったな。これが染髪マンの力なのか。……ん? なんか俺の拳、雷みたいなの纏ってない? バチバチいってるんですが。
よく見たらシャンプー怪人のさっき殴った部分に小さく電気のようなものが走っているのが見える。なるほど、染髪マンの能力は雷だか電気だかを操る力なんだな!
とりあえずなんとなく理解した俺は、大きく跳び上がって空中で一回転し、拳をシャンプー怪人のいる方向に向ける。
「一撃で決めてやるよ! イナズマパンチッッ!!」
「なんだその技名は! 今考えたのかと思うクオリティだぞ!」
「うるせえ今考えたんだよ! 黙って散れ!」
ツッコんでいる間に、俺の拳から飛び出した電撃はシャンプー怪人を貫く。ボトル部分に大穴が空いたシャンプー怪人は、ゆっくりと自分のボトルへと目を向け、その後俺の方に視線を戻した。
「ぎゃあああああああああ!! シャンプーは一応燃えるゴミで出せるから、電撃で発生した火花に引火してしまったああああ!!」
そう言い残し、シャンプー怪人は大爆発。なんかやけに説明臭い断末魔だったな……。そうなんだ、シャンプーって燃えるゴミで出せるんだ。勉強になったわ。
さっきシャンプーをかけられてカサカサになっていた人たちも、だんだんツヤを取り戻していく。怪人を倒せば元に戻るんだな。そこはヒーロー番組と同じか。
……いやいや、そんなことはどうでもいい! 金森さんにどういうことなのか聞かないと! 納得できないことが多々あるからな!
これ変身解除ってどうしたらいいんだ? この櫛ベルトから抜いたらいいのかな? あ、解除できたわ。よっしゃ、待ってろよ金森蘭! 問い詰めに問い詰めてやる! 主にネーミングの部分を! なんだ染髪マンって!
踵を返してさっきまでいた『HERO's HAIR』に戻って来た俺は、さっきとは違って勢い良くサロンのドアを開けた。
「金森さん! どういうことですかこれは!?」
「あら染めたてくん。お早いお帰りね」
「染谷です! 染めたてではありますけども! いやそうじゃなくて、ボランティアってヒーロー活動のことですか!? 俺本当にヒーローになっちゃったってことですか!?」
俺の叫びを聞いた金森さんは、一度目を伏せてからまた俺の方を見た。
「染めてから10数分くん、英語でボランティアという言葉の意味は知っているかしら?」
「正確に時間経過させないでくださいどうせ名前間違えてるんで! ボランティアの意味ですか? 舐めないでくださいよ、俺この間まで受験生だったんですから! 英語でボランティアは、志願兵って意味……あ」
「そういうことよ。私は最初からあなたに志願兵になるかどうか聞いていたのよ」
そんな屁理屈がまかり通るのかよ!? 俺地域のゴミ拾いとかするんだと思ってたよ!? いやいや、あのクロゾーメ軍団とかいうのと戦う志願兵にされたの俺!? 嫌だよあんなギャグみたいな軍団と戦うの!
「ところで染めてから20分15秒くん、その様子だともう変身はしたみたいね」
「なんで髪染めてからの時間ずっと計ってるんですか!? しましたよ変身! なんですかあれ!」
「そうよね。きちんとそこは説明してあげるわ。君は髪色で能力が変わるヒーロー、染髪マンよ」
「髪色で能力が変わる……?」
金森さんはカラーの見本を手に取り、俺の方へ見せてくる。へえー、同じカラー剤でも元の髪の明るさで結構発色が変わるんだな。いや今そんなことどうでもいいけど。
「このカラーの見本で説明すると、例えば今の君の金髪なら雷を操る力。明るさに差があっても、大まかに金と分類されるならそうなるわ。青なら水、緑なら風、茶色なら土や岩、グレーなら金属、そして赤なら炎。髪色に応じて能力が変化するのよ」
「なるほど……? でも金森さん、それだと怪人に遭遇して能力の相性が悪かった時、毎回染めに来ることになりません?」
「そうよ。2時間くらいは確保して来てね」
「無理ですよ戦闘中に! どうやって2時間も待ってもらうんですか! 呑気すぎますよ!」
「あと髪を染めても、根元が伸びて黒髪の部分が増えてくると能力は弱まるから気をつけてね。じゃ、話は以上よ。頑張ってね染髪マン」
「ちょっと待ってくださいよ、話はまだ……! え、こういう時背中じゃなくて頭押して外出します!? めちゃくちゃ元ヤンですか!?」
金森さんにぐいぐいと頭を押されてサロンを出た俺は、仕方なくそのまま家路に着いた。
髪色で能力が変わること以外なんも分からなかったな……。もっとクロゾーメ軍団についてとか色々聞きたかったんだけどな……。
ま、仕方ない。怪人だってそうそう頻繁に出るわけでも無いだろうし、とりあえず明日の入学式の準備するか。流石に大学に怪人とか出ないだろうしな。




