第1話 大学デビューと金髪ヒーロー
シャンプーが人を襲うという現象を、聞いたことがあるだろうか。普通は無いよな。でも俺は今、人々を襲うデカいシャンプーボトルと戦っている。
高笑いを上げながらノズルからシャンプーを撒き散らすそのシャンプーボトルが何者なのか、何故俺はそんな意味不明のものと戦っているのか、色んな疑問が頭の中を駆け巡るけど、とりあえず人が襲われてるならなんとかしないと。そんな使命感で俺はあれに向かって行く。
何も理解していないまま、ただ目の前のシャンプーボトルに向かって拳を突き出す。俺の視界に映る自分の拳は、金色の装甲に覆われている。
「シャーシャシャシャ! そんな攻撃で、シャンプーである俺様が倒せるとでも?」
知らないって。俺シャンプーと戦ったこと無いから。シャンプーかそれに準ずる何かと戦った経験があるやつに言えよそんなセリフは。そんな人いるのか知らないけどさ。
はあ……。なんでこんなことになったんだよ!? 俺はただ、大学デビューで髪を染めただけなのに!
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「さあて……。来ちゃったな……」
朝10時45分。俺は小さな美容室の前に立ち、今までに無いほど早鐘を打つ自分の心臓の音を聞いていた。
美容室って予約までは勢いでいけるけど、実際来るとこんなに入るの躊躇するもんなの!? めちゃくちゃ緊張する……。俺みたいなのが入って浮かないかな?
しかも予約は11時だし、早く来すぎてるよな……。ネットには美容室には15分前に着いてろって書いてあったけど、11時オープンの場合もそれは適用されるマナーなのかな?
いやいや、でも入学式はもうすぐ。ここで髪染めとかないと、入学した時は黒髪だったのに慣れてきて調子に乗り出して髪染め出したやつみたいになりかねないだろ。覚悟決めないと! 頑張れ俺!
ドアノブに手をかけようかどうしようか、うろうろと美容室の前を歩き回る不審者ムーブをかましていると、ドアが開いて金髪の女の人が出て来た。
「君、どうしたの? ここにレアなモンスターとかいた?」
「いや違いますよ! 位置情報使うタイプのスマホゲームやってるわけじゃないです!」
「冗談よ、冗談。お客さんでしょ? えーっと、8名で予約の大河原さん?」
「忘年会じゃないんですから! そんな団体の予約入ってるんですか!? 1名で予約の染谷柊吾です!」
「冗談よ、冗談。染谷柊吾くんね。さ、入って」
金髪のお姉さんに手を引かれ、人生で初めて美容室の中に入る。なんかやっぱ、オシャレだよな。木目調のサロンの中には観葉植物がさり気なく飾ってあって、鏡も金色に縁取られている。銀の丸いのはあれ時計か? オシャレ追求し過ぎて文字盤読めないだろあれ。何時なんだよ。
「じゃ、そこの椅子に座ってもらえるかしら」
お姉さんに言われるがままに、案内された椅子に座る。これスタイリングチェアっていうんだよな。昨日緊張し過ぎて美容室について調べられること全部調べてきたから、無駄に知識はあるぞ無駄に。
「さて、と。染谷柊吾くんね。今日担当する金森蘭よ。て言っても、ここにスタイリストは私1人なんだけどね」
1人しかいないのか……。それで朝一の予約が空いてるっていうのは、人気が無いからなのかな? だとしたらちょっと不安だけど……。
金森さんは丸椅子を持って来て俺の隣に座り、ペンとバインダーを取り出した。
「染谷くん、今日初めてよね? 初めての人にはカウンセリングから始めてるの。施術の前に色々質問させてもらうわね」
「はい! お願いします! 美容室初めてなので予め聞かれそうなことは予習して来ました!」
「あら、美容室自体初めてなの? なら結構ちゃんとカウンセリングしないといけないわね。最近寝付きが悪いとかある?」
「そっちのカウンセリングですか!? いや別に俺病んでないんですが!?」
「学校に行くのが辛いとか感じてない?」
「入学式もまだなんです! この段階で嫌なら大学受験しなきゃいいのに!」
「本当はピッチャーやりたかったとか思わない?」
「大丈夫です俺そんなに球速くないので! なんで俺が野球部だったこと知ってるんですか!」
なんだこの人、ずっとボケてくるな……。本当に大丈夫なのかな? なんか本格的に任せていいのか不安になってきたぞ。
俺の不安を他所に、金森さんは紙にペンを走らせている。
「冗談よ、冗談。とりあえず君の髪の状態だけ軽く見させてもらったけど、ちょっと癖があるのね。予約サイトのアカウントのアイコンは野球の試合中だったけど、今までずっと坊主だったの?」
「ああそれで俺が野球部だったの知ってたんですか! 納得! ……じゃなくて、そうです。俺ずっと野球やってたから基本坊主だったんですよ。髪伸ばすのも初めてに近いです」
「でもその割にケアはしっかりしてくれてるのね。坊主から急に髪を伸ばすとシャンプーとか適当にやっててあんまり髪質良くない人が多いんだけど……。君はちゃんとしてるわね」
それはそうだ。大学に入ったら染めるつもりだったしな。汚い金髪とかになるのは嫌だったから、できるケアはやってたんだ。髪質が良いに越したことないからな。
「ふーん、歳の割にきっちりした子ね君。で、満を持して大学デビューで金髪にしに来たってわけね」
「そうです! よろしくお願いします!」
「OKよ、任せておいて。でもその前にひとつ良いかしら? 君、ヒーローに興味はある?」
「はい……?」
ヒーローって……。いや確かにここのサロン名ってHERO's HAIRだったけども。え、何本当にヒーローやらされるタイプの美容室だったりする?
戸惑う俺の様子を見て、金森さんはクスッと笑う。この人、掴めないなあ。話せば話すほどミステリアスな雰囲気が強くなっていく。
「ごめんなさい、聞き方が悪かったわね。うちのサロンはちょっとしたボランティアのお手伝いをやってるの。若くて体力のありそうな男の子が来たら紹介しようかと思ってたから、染谷くんが来てちょうど良いと思ってね」
「ああ、なるほど……? でもヒーローって言い方はどういう……」
「私たちはそのボランティア活動をする人をヒーローって呼んでるのよ。だからサロンの名前もHERO's HAIRなの」
うーん……。納得できるようなできないような……。まあでもボランティアとかなら興味無くはないんだよな。入学したらボランティアサークルの見学とか行こうと思ってはいたし。就活とか有利そうだしな。まあやってもいいか。
「どう? せっかくのご縁だし、やってみない?」
「そうですね、分かりました! やってみます!」
「OK、じゃあ施術後にボランティアについて紹介するわね。とりあえず君を金髪にしちゃいましょう」
色んなやり取りが挟まったけど、ようやく施術が始まる。そして約2時間後、俺の髪は見事な金髪になっていた。流石に初めてのブリーチだからオレンジみは残るらしく、アプリコットのような色合いだ。でも十分金髪だし、これをキープしてれば白に近い金髪になるんだろ? テンション上がってきたな。
「どう? 気に入ってもらえたかしら?」
「最高です金森さん! ありがとうございます!」
「良かったわ。で、ボランティアについてなんだけど、活動する時はこの櫛を使ってね。活動する時は『染髪マン』って名乗るのよ」
「染髪マン……? なんですかそれ?」
「さ、話は以上よ。お疲れ様でした」
「え!? いやいや、まだお代も払ってないんですけど!?」
「そこはボランティアを手伝ってもらうから大丈夫よ。じゃ、お疲れ様でした」
金森さんは俺を押し出すようにしてサロンから出して、そのまま中に戻ってしまった。
なんか最後は違和感しかなかったな……。まあ、タダで金髪にしてもらえたからいいか。ラッキーではあるだろ。しかし金髪になると強くなった気がするな。肩で風を切って歩いてやろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、角を曲がったところで何か騒がしい集団を見つけた。なんだあれ……?
いや、集団じゃないぞ! どんどん人が倒れていく! 真ん中にいるのはなんだあれ? でかいシャンプーボトル……? シャンプーボトルが人を襲ってるのか!? 意味わからないけどやばいだろこれ、逃げないと!
踵を返そうとしたその時、俺のポケットから何かが飛び出す。さっき金森さんがくれた櫛……? 俺の目の前で何かを訴えるように動き回る櫛。導かれるように櫛を掴んだ俺は、無意識に自分の髪を1回梳かした。
すると俺の腰に金色のベルトのようなものが現れる。ちょうど櫛がハマる形のバックルが付いてるけど……。おいおい、まさかこれあれか? 子どもの頃テレビで観てたやつか? これで姿が変わったらそういうことだ。
頭の中では色々考えているが、体はまるで操られているかのように動く。右手に持った櫛を高く掲げた俺の口からは、無意識に言葉が飛び出していた。
「変身! 染髪マン!」
櫛をベルトのバックルに差し込むと、俺の体は金色に光り出す。大きなハケのようなエフェクトが俺の体を塗ると、光が収まる。
隣の服屋のガラスに映る俺の姿は、紛れもなく『ヒーロー』と言えるものだった。




