第19話 カラーシャンプーと兄妹の作戦
高く掲げた櫛を腰に出現したベルトに持っていき、差し込む。俺の前にはいつもと同じように大きなハケが現れ、俺の体を塗った。
俺の髪からは黒の色素が弾け飛び、緑髪に緑色の装甲を纏った、元通りの染髪マンが登場だ。
「俺の名は染髪マン。今月の食費は、俺が決める!」
「勝手にしたらいいじゃねえかそんなの! そんな決めゼリフあったのか!? それよりてめー、確かに黒染めしてたはずなのに……。なんで変身できる!?」
「いやちょっと食費抑えていかないとなと思って。でもずっと節約してるのもストレスだろ? だから柔軟に決めようかと」
「今月の食費については聞いてねえんだよ! 好きにしろよそんなこと!」
「でもやっぱ客観的な意見も聞きたくてさ。ある程度自分が食べたいものを食べる方が、ストレス的には良いのかな?」
「知らねえんだよ俺に言われても! どこのヒーローが敵の怪人に精神の健康について相談すんだ!?」
「でもお前らってブラック企業だろ? 人によってはメンタルケアに詳しいやつがいるんじゃないのか?」
「クロゾーメ軍団はブラック企業じゃねえよ! ブラックを基調とした組織だよ!」
「ああ、デザイナーズマンションみたいな」
「内装の話じゃねえよ! なんだお前!? ずっと会話ができねえけど!?」
会話ができないのは仕方ないよなあ。人ってIQが20違うと会話が成り立たないらしいし。このカラーシャンプーゾーメこと藤本凱は、シンプルなバカだからな。特にクセの強いキャラ付けとかもされてないから、本当にただバカなだけだからな。可哀想に。
「てめー……。舐めんのもいい加減にしろよ!」
「え、なんで俺がのど飴舐めてるの知ってるんだ?」
「のど飴なんか舐めんなこの状況で! なんでそんなもん舐めてんだてめーは!?」
「えだって決めゼリフ言う時に喉のコンディション悪いと嫌じゃん?」
「今月の食費についての決めゼリフをか!? 喉のコンディション関係ねえだろそれ! 内容がクソだから!」
「喉の痛みが強い時は、ハッカとかミント味よりはちみつ味とかミルク味が良いらしいぞ」
「知らねえよ! お前なんでそんな余裕なんだよ!?」
「そりゃお前が律儀に俺の相手をしてくれたおかげで、俺の準備が整ったからだよ」
「なんだと……!?」
カラーシャンプーゾーメと話している間にワックスで髪をセットし終えていた俺は、突風になって一気にやつの後ろに回り込む。
そのまま拳を叩き込み、カラーシャンプーゾーメは大きく吹っ飛ばされ……てないなこれ。手応えが無い。あいつ、気づいて紙一重で避けた上に距離を取ったか。バカだから野生の勘とかは強いのかもな。これからはあいつのことミシシッピアカミミガメって呼ぼうかな。野生化して日本にも生息してるらしいし。条件付特定外来生物だけど。
「てめー、やるじゃねえか! でもな、俺はこのシャンプーのぬめりけを使って速く動けんだ! 高速移動なら負けねーぜ!」
「お前風の能力の相手にシャンプーのぬめりけで対抗しようとしてるの!? 無理あるって! やめとけ!」
「ぬめりけ舐めんじゃねえぞ!」
「いや舐めたくはないんだけどさ衛生的に。お前冷静になれって。ぬめりけと風だぞ?」
「うるせえな、ぬめりけって言葉は書留って言葉と似てるだろうが!」
「似てたら何なんだよ! あんま似てないし! お前バカがすぎるって!」
やばいぞこいつ、思ってた8倍バカだ。10倍とか100倍とかじゃないのは単に俺がこいつを元々ある程度バカであると評価してたからだ。
でもそれも上回ってきたぞ? お前ぬめりけって……。仮にもクロゾーメ軍団の幹部なんだからさ、もうちょっとかっこいい能力とか戦い方とかをだな……。
「てめー、考え事とは余裕あんな」
突然背中から声が聞こえ、気づいた時には俺は地面を転がっていた。え、ぬめりけでちゃんと速いのかよ! 気持ち悪!
「どうだ! これがクロゾーメ軍団最年少幹部、カラーシャンプーゾーメ様の力だあ!」
「クロゾーメ軍団海鮮丼半分?」
「言ってねえよそんなこと! なんだそのしょうもねえ罰ゲームは!?」
「残りの半分は山口市社会福祉協議会の皆さんに寄付でいいな?」
「良くねえだろ! なんでそんな遠くに食いかけの海鮮丼持っていくんだてめーは! 嫌がらせか!」
「お前そこは社会福祉協議会に寄付しても社会福祉協議会は子ども食堂とかに寄付するだろってツッコまないと。ボランティアとか募集してる団体なんだから」
「あんま知らねえんだよ社会福祉なんたら会のこと! 悪の組織の幹部がボランティアに詳しい前提で話すんじゃねえよ!」
「じゃあお前今からボランティアについて調べろよ! 今からでも興味を持ったら動けるだろ! なんで動かないんだよ! 今始めるのが一番早いんだぞ!」
「興味がねえからだよ! 何度も言うけど俺悪の組織の幹部なんだよ! ボランティアに興味持つわけねえだろ!」
「動物園訪問ボランティアとか興味無いのか!」
「ねえよ! なんだそのボランティア! ただ動物園楽しんでるだけじゃねえのか!?」
「行楽をボランティアと言って何が悪い!」
「悪いだろうが! 全然違う言葉だろどう考えても!」
「今だ! 春一番ッッ!!」
俺は会話の隙を突き、武器の銃を取り出して必殺の一撃を放つ。放たれた熱風はカラーシャンプーゾーメのシャンプーをカピカピに乾かし、ご自慢のぬめりけもパリパリの膜になっていく。
高速移動を続けながら会話していたカラーシャンプーゾーメは、突然固まったぬめりけに足を取られ、そのまま転倒。俺は一気に距離を詰め、カラーシャンプーゾーメの上で右足を振り上げた。
「クソッ……! こんな卑怯なやり方に……ッ!」
「じゃあなカラーシャンプーゾーメ。お前が律儀に俺との会話に付き合ってくれたおかげで、特に苦労もせずにお前を倒せるぞ」
「あんま苦労もせず倒せるとか言うな恥ずかしい! 敵の最期ぐらい花持たせろよ!」
「そんなこと言われてもなあ。今花とか持ってないし。タンポポとか摘んでくるか?」
「そういう意味じゃねえよめんどくせえなてめーは! あとてめー、気づいてねーのか? ここに俺の妹、銀子がいねえこ」
「うるせえ! 食らえ、染髪マンかかと落としッ!!」
「最後まで聞け!! 技名ダサすぎるだろうがああああ!!」
カラーシャンプーゾーメは俺のかかと落としで大爆発。床中にぶちまけられていたカピカピになったぬめりけも、カラーシャンプーゾーメと共に消えたみたいだ。
「よし、帰るか!」
「帰らないでくんね!? ちょ、柊吾助けてくれって!」
「…………………………ああ! 大輔! 無事だったんだな!」
「お前今の今まで俺のこと忘れてたろ!? 間が長すぎるって! お前らが戦ってる時にはずみで猿轡は取れたけど、とりあえず助けてくれよ!」
「分かったぞ! 今猿轡を拾って来てやるから、そこで待ってろ!」
「なんで猿轡もっかいしようとすんの!? 降ろしてくんね!?」
うるさいなこいつは。俺は猿轡が大輔に似合う新しいファッションだと思ったから、また持って行こうと思っただけなのに。
大輔があまりに騒ぐので、俺は熱風を最大限まで熱くし、大輔を吊るしているロープを焼き切ってやった。落下する大輔。響く悲鳴。走る俺の足音。風の中のすばる。砂の中の銀河。落ちる大輔に向かって手を広げる俺。草原のペガサス。街角のヴィーナス。大輔をキャッチする俺。
なんとか大輔を助け出した俺は、変身を解いて帰ることにした。
「おい待てって柊吾! お前これ、まだ終わってねーっぽいぞ!?」
「何怒ってるんだよ大輔。俺の助け方が雑だったからか?」
「自覚あるんだったらやめてくんね!? それも怒ってはいるよ!? あとちょくちょく中島み〇きが垣間見えたのも気になるよ!? でもそうじゃねーって!」
「じゃあなんだよ。それ以外にお前が怒ることなんて、冷蔵庫にあった麻薬たまごを勝手に食べられた時ぐらいだろ」
「それ柊吾じゃね!? お前の家行った時おびただしい麻薬たまごにドン引きしたけど! いや柊吾お前、聞いてなかった!? 最後あの怪人が言ってたこと!」
「カラーシャンプーゾーメが? なんて言ってたっけか……。『内装の話じゃねえよ!』って言ってたのは覚えてるけど」
「戻りすぎてるって! 結構今回の序盤じゃねそれ!? いやちげーって! 妹がどうたらって!」
「なんか昔は国民の妹とか言われてる女優いたけど、今はそういうのいないのかな?」
「知らねーって! そこまで話を飛ばすのやめてくんね!? なんか捕まってる時に見たけど、あの怪人って兄妹なんだろ!? 妹の方がお前の家で女を……みたいなこと言ってたの聞いたんだよ! もしかして、妹の方の怪人はお前の家に向かってんじゃねーの!?」
「ああ、じゃあ逆に都合いいな。俺今から帰るから」
「落ち着きすぎじゃね!? 早く向かおうぜ!?」
「分かってるようるさいな。あ、電動キックボードは一人分しか無いから、付いてくるなら走りで頼む」
「なんでお前電動キックボードで来てんの!?」
電動キックボードに乗った俺は、発言とは裏腹に焦ってスピードを上げる。流石にこれはミスだ。妹の銀子が、美乃里を狙って俺の家にいる可能性がある。大輔と美乃里、どっちも人質に取る計画だったのか……。
ちょっと自分の家であんな白髪染めとかいっぱい出されると、退去する時に修繕費とかクリーニング代とか余計にかかっちゃうんだよ。頼むからそうなる前に倒させてくれよ。間に合え! 間に合ってくれ!
電動キックボードを返却してから走りで家に向かった俺は、勢い良くドアを開けて中に入った。
「美乃里! 家黒くなってないか!?」
走ってキッチンの方へ行くと、美乃里と銀子が向かい合って座り、仲良く談笑していた。
……うん、なんで? あ、でも家は黒くないわ。良かったー。




