第15話 朝のひと時と濡れタオル
結局雨は降らずにピッカピカに晴れてしまったせいで、俺は朝からレンタルブルドーザーに付いた白髪染めを落とす作業に勤しんでいる。これぐらい晴れちゃったらカピカピになってこびりついたりしないか? 早くしないとやばいぞこれ。
「ねー柊吾くん、朝ご飯まだ?」
「うんまだよ!? なんでむしろ今朝飯出せると思った!?」
「柊吾くんならそんな汚れ落とすのは朝飯前かなって思ってー?」
「やかましいわ! 本当の意味で朝飯前なんだから黙ってもらえる!? あと自分で飯ぐらい用意してくれる!?」
「えーやだー。私ネイルが割れちゃうからなるべく家事しないようにしてるんだよねー」
「だとしても食材切って鍋にチーズ入れて火つけるぐらいできるだろ! やれよそれぐらい!」
「待って柊吾くんて朝チーズフォンデュ派の人!? ご飯派かパン派かとかは聞いたことあるけどチーズフォンデュ派!?」
「何言ってるんだよ。朝はチーズフォンデュかしゃぶしゃぶの2択だろ」
「そんな人いないよ!? なんで朝にそんな時間かかるものばっかり食べるの!?」
「美乃里、かかってるのは時間とチーズだぞ」
「もう黙って!?」
自分から話しかけてきたくせに黙ってって、乱暴なやつだな。ていうかこいつ、わざわざ下まで降りて来たのか。部屋でゆっくりしてれば良かったのに。
まあでも、美乃里と話しながらやってたからブルドーザーの汚れは大体落ちたな。良かった、これでちゃんと返却しに行けるぞ。冷静になったらなんで俺ブルドーザーなんかレンタルしてるんだよ。聞いたこと無いだろレンタルブルドーザーって。単語の並びが見慣れないから毎回二度見するんだよ。
「よし、これでブルドーザーは大丈夫そうだな。美乃里、部屋に戻って朝飯にしよう」
「お、終わったの? やった、朝ご飯! チーズフォンデュとしゃぶしゃぶはやめて欲しいけど、他に選択肢ってあるの?」
「まああるとしたらチーズしゃぶしゃぶだな」
「組み合わさった! おっも朝から!」
美乃里がいるとずっと騒がしいな。いつもならこの時間は優雅にホットかき氷を飲んでる頃なのに。かき氷って温めるとなんで液体になるんだろうな。シロップが薄くなるからできれば液体にならないで欲しいんだけども。
美乃里にも手伝わせてチーズしゃぶしゃぶを用意し、しっかり食べ切る。やっぱ朝は力付けないといけないからな。これぐらいちゃんと食べないと。
「と、柊吾くん……。お腹苦しい……」
「なんだよ軟弱だな。ラガーマンは体作りが基本だぞ?」
「私ラガーマンじゃないから! 女子大生なの!」
「女子大生ラガーマンって珍しいな」
「うん私女子大生ラガーマンじゃないの! ただの女子大生なの! 覚えててね!?」
「なんだよ、昨日の変な兄妹もだけど、美乃里も覚えることが多いな。そんなに言われても覚えられないぞ。今のところ俺が美乃里について覚えてるのは、名前と七面鳥のモノマネが得意なことぐらいだよ」
「変な特技勝手に増やさないでね!? 七面鳥って鳴き声とかパッと浮かばないから!」
「そんなこと言ってやるなよ。普段から七面鳥にはお世話になってるだろ?」
「なってないよ!? 私七面鳥のモノマネで食ってるわけじゃないからね!?」
「それよりお前、いつまでだらだらしてるんだ。七面鳥のモノマネばっかりしてないで早く大学行くぞ」
「柊吾くんが勝手に言い出したんだよね!? めっちゃ不本意なんだけど!?」
ぶーぶー言う美乃里を急かして準備をさせ、俺たちは二人で家を出た。しかし女子ってやっぱ準備に時間かかるんだな。化粧とかヘアセットとか服選びとか七面鳥のモノマネとか、そこまで拘る必要あるのか? でもこんなこと言ってたらモテないんだろうな。七面鳥のモノマネは許容できるように意識しよう。
「それにしても柊吾くん、ちゃんと朝も髪濡らしてセットするんだね」
「そうしないと寝ぐせが酷いんだよな。今日はまだマシだったけど、酷い時だと六芒星になってる」
「髪型が!? そんな尖り方するの!? 寝ぐせで!?」
「あ、ちゃんと五芒星の時もあるぞ?」
「なんの『ちゃんと』か分からないけど!? 髪の毛が星になるのがおかしいでしょ!」
「髪の毛が星になるってお前、そんな髪の毛だけ上京するみたいに」
「え柊吾くんって上京することを星になるって言ってるの!? 一般的には人が死んだ時じゃない!?」
「あとは捕手から小さい『ゅ』が抜けたらほしになるよな」
「なんで今そんなどうでもいいこと言ったの!?」
「小さい『ゅ』が抜けた場合もパスボールに判定されるのかな?」
「知らないよ!? それ私に言われても困るから黙れる!?」
自分から話しかけたのに黙れって言うなよ二回も。俺は単に話を膨らませてるだけなのに。扱いが酷いから今度録音して訴訟しようかな。録音機器って何がいいんだろう。カセットテープかな?
「ねえ柊吾くん……。何か聞こえない?」
「お前はよく何かが聞こえるな。耳が良いのか? ということは目が悪いのか? 深海魚の目って退化してもう形だけらしいけど、昔はどれくらい見えたんだろうな。まだ目が見えた頃の深海魚に転生したら、美乃里は何をしたい?」
「何もしたくないよ!? とんでもない勢いで脱線してるじゃん! 深海魚に転生したくないし! ね、柊吾くんいいからあれ見て!」
美乃里が指さした方を見ると、何か白くてひらひらしたものがたくさん宙に舞っている。なんだあれ……? タオルに見えるけど……。
するとその中の一つが突然高笑いを上げ始めた。
「ヌーレヌレヌレヌレ! 愚かな人間共、わっちが窒息させてやるヌレ〜!」
「一人称わっちなのかよあいつ! 花魁か!」
「柊吾くん……あれ、怪人?」
「一応怪人だろうな。窒息させるとか言ってるから、あんなんでも殺意あるんだろ一応。クロゾーメ軍団のくせに黒染め関係無いけど」
「そうだよね、黒染め何にも関係無いよねあれ……。ほんとただの一反木綿だよねあれ」
「そうだな。怪人ってより妖怪の方が近いな。あれ、もしかしてこいつ野良妖怪か? クロゾーメ軍団と本当に関係無いんじゃ?」
「あ、そうかも! じゃああれを倒すのは柊吾くんじゃないかもね。私知り合いに陰陽師いるから呼んでみよっか?」
「お前らさっきから好き勝手言い過ぎだヌレ! わっちはちゃんとクロゾーメ軍団の怪人だヌレ!」
「え、そうなのか。黒染め何にも関係無いのに?」
「うるさいヌレ! クロゾーメ軍団は世界を真っ黒にするのが目的なんだヌレ! 濡れタオルで顔を覆ったら、そいつの視界は真っ黒になるヌレ!」
「こじつけが過ぎるだろ! お前そんなんでいいのかよ!」
「いいんだヌレ! 一反木綿の里で燻ってたわっちを、クロゾーメ軍団は拾ってくれたんだヌレ! わっちに濡れタオルゾーメって名前をくれたのも、クロゾーメ軍団だヌレ!」
「ああ一反木綿ではあるのな!? じゃあお前妖怪だよ!」
まあとりあえず一反木綿なんだ。濡れタオルゾーメとか言ってるけど、要するにクロゾーメ軍団が妖怪をスカウトしたのか。あんまりされたくないスカウトだな。大輔とかもそのうちクロゾーメ軍団にスカウトされるんじゃないだろうか。タワシゾーメとか言って。あ、でもあいつまず茶髪を黒髪に戻さないといけないのか。じゃあタワシじゃなくなるよな……。てことは金タワシゾーメか。
「柊吾くん、一応あれクロゾーメ軍団の怪人らしいけど、戦うの?」
「うーんあんま妖怪退治は専門じゃないんだけどな。仕方ない、やるか」
「ヌレヌレ〜!? わっちを倒すつもりヌレか!? お前一体何者ヌレ!?」
「何者って言われてもなあ……。ただのアマチュアエッセイストとしか」
「エッセイストがなんでわっちを倒そうとしてるんだヌレ!?」
「ああそうか、エッセイストとしての自己紹介より染髪マンとしての自己紹介をしないといけないのか。仕方ないな。変身、染髪マン!」
俺は櫛で一回髪を梳かし、金色の染髪マンへと変身した。もう慣れたもんだな。
「な……!? まさかお前が噂の染髪マンヌレ!? カラーシャンプーゾーメ様がずっと見つけられないと言う!」
「あいつまだ騙されてるのかよバカだな! そうだよ、染髪マンは俺だよ」
「これは……カラーシャンプーゾーメ様に報告しなくてはヌレ! とりあえずこの場から逃げるヌレ!」
「え、ダメだろ逃げたらお前。逃げたらお中元としてパナマとかに送るぞ」
「パナマへのお中元はタオルでいいのかヌレ!?」
濡れタオルゾーメが困惑している間に、俺は手早く髪の毛をマッシュにセット。染髪マンマッシュにパワーアップし、濡れタオルゾーメの後ろに回り込んだ。
「ほいじゃ、さっさと倒されてもらおうかな。イナズマパンチッ!!」
拳から電撃が飛び出し、濡れタオルゾーメの方へ向かっていく。これで片付くかな。所詮タオルだしな。あ、一反木綿なんだっけか。仲間に塗り壁とかいないのかなこいつ。いたら紹介して欲しいな。塗り壁好きなんだよ俺。
そんなことを考えながら濡れタオルゾーメが爆散するのを待っていると、俺の電撃はやつの体を滑るように後ろへ通過していく。
え? なんで? タオルって電気効かないの?
「ヌーレヌレヌレヌレ! お前、知らなかったのかヌレ? 水道水は電気を通すんだヌレ! ビシャビシャに濡れたわっちの体に、電撃なんか効かないんだヌレ!」
「あ、ごめんなんだって? 蚊取り線香がどうしたって?」
「お前は話を聞かないんだなヌレ!? なんかまともに話せてない気がするヌレ!」
「蚊取り線香って今電気で動くやつもあるから便利だよな。でも俺は昔ながらの蚊取り線香の匂いが好きだったんだよなあ」
「もう会話をする気が無いのかヌレ!? お前、今必殺技を攻略されたんだぞヌレ!」
「別にそんなのどうってことないだろ。お前、俺が絶対に負けない理由を知らないのか?」
「絶対に負けない理由ヌレか……? そんなものがあるのかヌレ!?」
「なんだお前、本当に俺のことを知らないんだな。仕方ないな、2時間やるから俺が負けない理由を考えてみろよ」
「2時間が限度ヌレか!? ヒント! ヒントは無いヌレか!?」
「ヒント無しで答えを見つけられたら、俺から景品としてこのタオル掛けを進呈しよう」
「タオル掛けをくれるヌレか!? それはヒント無しでやるしか無いヌレ! 頑張るヌレ!」
「流石、そうでなくっちゃな。じゃあ2時間経った頃に声かけるから、その場で考えててくれ」
本当にさ、なんでクロゾーメ軍団の怪人ってみんなこんなにバカなの? こんな手口に乗ってくれると思わなかったわ。これで心置き無く金森さんに髪を染めてもらいに行けるぞ。
最初は相性が悪い相手が来る度に髪染めないといけないとか無理だろと思ってたけど、こんな感じなら意外といけそうだな。
「柊吾くん、どこ行くの?」
「ああ、ちょっと美容室に」
「美容室!? 怪人置いといて!?」
「あ、そうだ美乃里。あの一反木綿が人を襲わないか見ててくれよ。もし襲い出したら、美乃里お得意の気弾で止めといてくれ」
「無理だけど!? 気を発射できるほどまだ修行進んでないよ! 私まだ基礎体力を作ってる段階だから!」
「なんで修行自体はしてるんだよ! まあいいや、とりあえず見といてくれなー」
「え、柊吾くん授業は!? 間に合わないけど!?」
「こんなこともあろうかと教授にオンライン受講の許可をもらってる。スマホで参加するから安心しろ」
「なんでそんなに授業には真面目なの!?」
美乃里の声を背中に受けながら、俺はまた金森さんがいる『HERO's HAIR』へと駆け出した。あ、そろそろ授業入室できるな。走りながら入っておくか。




