第14話 美乃里の訪問と招かれざる客
「さーてと、今何時だ?」
時計を見ると、21時50分。お、もう駅まで行かないとな。美乃里のやつを迎えに行ってやらないと。せっかく美乃里が来るための準備をしたんだから、ちゃんと迎えに行かないとな。せっかくブルドーザーも用意したし。やっぱかっこいい車と言えばブルドーザーだよな。ブルドーザーって名前の響きがかっこいいんだよ。特にーザの部分。
外に出ようと服を着替えていると、不意にインターホンが鳴る。誰だこんな時間に。ブルドーザーのレンタルは明日までのはずだし、返却の催促とかではないはずだけども。
「柊吾くーん! 私ー! 来たよー!」
「和田氏?」
「違うよ私! 誰その知らない武将! 美乃里だよ!」
「木彫り?」
「言ってないよ! 私北海道土産じゃないから!」
「国会総仕上げ?」
「言ってないよ!? 私どの立場で話してるの!? ちょっと待って、その難聴ボケまだ続ける!? そろそろ開けて!?」
「ゴロゴロさせて?」
「しないでね!? 開けてね!? そろそろ怪しまれるから!」
美乃里もツッコミ側に寄ってきたな。前まではノってくれてたけど、大輔とテンションが似てきたぞ。なんでだろうな。原因がさっぱり分からん。
首を傾げながらドアを開けると、泣きそうな顔の美乃里が顔を出した。
「ちょっと柊吾くん! 早く開けてよ!」
「そんなこと言われても……。このドアを開けるには本当は合言葉がいるから」
「そうなの!? 忍者屋敷のシステムなんだ!? それは事前に教えといてくれないと困るよ! また来るかもしれないから今聞いといてもいい?」
「いいぞ。俺が『山』って言ったら美乃里は『梨』って言うんだ」
「合言葉山梨!? なんで!?」
「そりゃお前、埼玉とかだと困るだろ。『埼』って言われても音だけじゃどういう字を書くのか判別できないし。でも『山』ならマウンテンの方しか浮かばないだろ? そういう理由だ」
「そっちが判別できても下の句がパッと分からないよ!? 山形とか山口の可能性もあるじゃん! そもそもなんで都道府県の合言葉に拘るの!?」
「まあまあ、そんなかぷかぷしなくても」
「カリカリでしょ!? やまなしにかけなくていいから! 誰がクラムボンなの!?」
「詰石・クラムボン・美乃里Jr.だな」
「クラムボンよりJr.が気になるけど!? どこから出て来たの!?」
「まあまあ、そんな玄関先でずっと話してても仕方ないだろ。早く上がれよ」
「柊吾くんのせいなの分かってる!?」
口を尖らせながら靴を脱いで部屋に上がる美乃里。なんか自分の部屋に女子がいるのって不思議だな。大学入ってこんなにすぐ女子が泊まりに来るとは……。モテ期か? モテ期って言葉の響きが鼓笛に似てるよな。まさか語源は同じか? 音楽やればモテるって言うしな。鼓笛隊もざっくり言えばバンドみたいなもんだし、俺もモテるために入ってみようかな。
「あれ、そういや美乃里、なんでお前俺の家知ってるんだ?」
「ああ、なんか大輔くんに今日柊吾くんの家に行くこと言ったら、絶対迎えに来てもらわない方がいいって言うから。変な乗り物用意してくる可能性があるって」
「変な乗り物とは失礼だな。せっかくブルドーザー借りて来たのに」
「やっぱしてるんじゃん! ブルドーザーで来ないでね絶対!? あとブルドーザーって2人乗れる!?」
「なんか横に掴まってりゃどうにかなるだろ」
「嫌だよそんなヤッ〇ーマンみたいな乗り方! 大輔くんが柊吾くんの住所とマイナンバー教えてくれてて良かったー」
「教えすぎだわ! なんであいつ俺のマイナンバー知ってるんだ!?」
「覚えやすかったからって言ってたよ? 1だよね?」
「違うわ! 俺が日本国民第一号なわけないだろ! 俺のマイナンバーは0だよ!」
「上回ってきた! 日本国民のプロトタイプなの!? 柊吾くんをベースに作られたのが日本人ってこと!?」
「違うよ。日本国民第一号は田中太郎だけど、実は太郎には生き別れの兄がいたんだ。それが俺、田中零郎だ」
「零郎が戻って来てる! 久しぶり零郎! あと当たり前みたいに田中太郎が第一号って言ってるけどそーなの!?」
「そうに決まってるだろ。役所とかで見本のところに書いてある名前って大体田中太郎だろ? あれは太郎の功績を称えて日本国民の象徴として記載されてるんだぞ」
「そーなんだ!? 太郎くん何した人なの!?」
「『雰囲気』の読み方を『ふいんき』って伝えた人だよ」
「めちゃくちゃ余計なことしてる! 誤読じゃん!」
「兄と生き別れてるわけだから、誤読ってより孤独だよな」
「うるさいよ!? 今上手いこと言ってくるの一番腹立つからね!?」
一番腹立つなんてことないだろ。実際一番腹立つのは検索エンジンのホーム画面にある『ポイント当たる!』って謳ってるくじだよ。当たったと思ったらなんかのよく知らないサイトに登録しないといけなかったりするもんな。一回あれでレンタルブルドーザーのサイトに登録させられたもん。騙されたわあれは。結果今日役に立ったからいいけど。
「ねーね、柊吾くん! せっかく私が来たんだからさ、なんかご飯とか作ってよ!」
「そんなこと言われても困るだろ。急に国際映画祭が開かれるような韓国の都市を作れとか」
「釜山じゃないよご飯!! 今日凄いね柊吾くん!? 一回もまともに会話してくれないじゃん!」
「世田谷代田?」
「まともに会話!! それだよそれ! 全然止める気配無くてびっくりだよ!? もー私怒ったからお腹空いた! 早くご飯作って!」
美乃里のやつ、だいぶイライラしてるな。腹が減るとイライラするけど、こんなに露骨なやつも珍しい。でも舐めるなよ? 今回の俺はデキる男だ。
「来客の予定があって用意してないわけないだろ。ほら、タコスだぞ」
「え!? ちゃんと用意してくれてるの!? これ柊吾くんが作ったってこと!?」
「いや買ったよ。世田谷代田にいいメキシコ料理屋があってな」
「世田谷代田が戻って来た! もういいよボケのリサイクルは!」
「今の場合はリユースじゃないか?」
「知らないよ3Rの細かい使い分けは! 大体でいーの!」
「午前中に買ったから冷めてるけど、冷めても美味しいからぜひそのままいってくれ。家の中で火を起こすわけにもいかないし」
「電子レンジを知らないタイプの人類!?」
美乃里が無理やりタコスを電子レンジに突っ込んで、温かいタコスがテーブルに並ぶ。くそ、気づかれなけりゃ冷たいままタコス食べさせたのにな。目ざとく見つけやがって。次は絶対レンジの場所に気づかせないように隠そう。
リベンジに燃える俺とは対照的に、タコスを頬張る美乃里の顔はどこか不安そうだ。なんだ? 明日の授業で生牡蠣でも食べさせられるのかな? 生牡蠣食育論とか取ってるのかな。誰が教えてるんだそんな授業。ゴンディーか?
「ね……柊吾くん……。なんかずっと変な音しない?」
「変な音? ああ、大丈夫だよ。この辺よくタンクローリーの暴走族が通るんだよ。結構な音するけど気にしないでいいぞ」
「タンクローリーの暴走族通るの!? なんでこの辺に住んでる人みんな工事車両で移動するの!? いやそうじゃなくて! なんかベチャって音が! ほら!」
ベチャって音……? そんなの聞こえないだ……いや、聞こえるな。窓の方だ。タンクローリーの暴走族がセメントでも投げつけてるのかな。
「柊吾くん、見に行く……?」
「そうだな。セメントが固まったら困るし」
「ごめん何の話!? どこからセメント出てきたの!?」
「言葉の由来はラテン語らしいぞ」
「そんなこと聞いてないんだけど!? え、いいから何が起こってるのか見に行こ?」
美乃里に突っつかれて、俺たちは窓の方へ近づく。しかし近づくとめっちゃベチャベチャいってんな。なんなんだよ本当に。オムライスの投擲競技でも練習してるのかな? ま、そうだったら俺が投げ返してやろう。オムそばの方が好きだからオムそばでも作って投げてやろうかな。
そんなことを考えながらカーテンを開けると、窓は真っ黒に染まっていた。なんだこれは……?
「と、柊吾くん! これ……!」
「ああ、多分そうだ……。火山灰だな」
「うん違うよ!? ここ鹿児島じゃないから! 桜島無いでしょこの辺!?」
「じゃあなんだよ。自転車のチェーンとか投げられてるのか?」
「オイルで黒くなってるわけじゃないと思うよ!? よく知らないけど、これ柊吾くんが戦ってるクロゾーメ軍団とかいうのの仕業じゃ……」
「まあいいや。とりあえず開けてみるか」
「え!? 開けて大丈夫なの!?」
「ま、大丈夫だろ多分。何かあっても直接吸い込まなきゃいいんだ」
「火山灰の前提で話さないで!? 多分クロゾーメ軍団だよ!?」
美乃里のツッコミが響くが、俺は躊躇無く窓を開ける。と同時に、外から少年の大声が聞こえてきた。
「その通りだぜ女ぁ! 俺たちはクロゾーメ軍団の幹部! カラーシャンプーゾー」
「お前ふざけるなよッ!! こんな……こんなことが許されるわけがないッ!!」
「え!? 柊吾くんどうしたの急に!?」
「クロゾーメ軍団の幹部だと……!? なら! ならなんで! もっと面白い登場をしない!?」
「柊吾くん!? キレるポイントおかしくない!?」
いや何もおかしくないだろ。こんな登場の仕方されたら、ちょっとホラー展開かなとか思うだろ。ゴンディーはイジられてくれたから良かったけど、こいつ何悪役ぶってるんだよ。もっと笑いにストイックであれよ。
あと俺の部屋3階だから、地面にいられると会話するのしんどいんだよ。暗くてよく見えないし。多分見たところ同い年ぐらいだけど……。雰囲気が子どもっぽいって言うかバカっぽいって言うか……。子どもとバカを合わせて、仮に子バカとしておこう。
子バカは困惑したように、地面から大声を張り上げる。
「はあ!? 何言ってんだてめー!? 俺たちはてめーを倒しに来てんだぞ!?」
「俺を倒すならまずは路上漫才で実力を付けてからだよ!!」
「お笑いで倒そうとしてねえんだよ! てめー本当に何言ってんだ!?」
「兄貴、落ち着きなよ。あたしがあの舐めた金髪を黙らせてやるからさ」
横からもう一人女が出て来たぞ……? 兄貴ってことは、あいつらは兄妹なのか? でも女の方も俺と同い年ぐらいに見えるけど……。じゃあとりあえず仮に子バカ(メス)としておこう。
子バカ(オス)は子バカ(メス)の方を向き、間抜けな声を上げる。
「ん? 銀子お前、金髪舐めたのか? ばっちーなてめー!」
「はあ……。もういいよ兄貴はそれでさ。ちょっと大人しく見てな。あんた染髪マンって言ったねえ!」
「いや言ってないっす。染髪マンとか知らないっす。確かに俺ヒーローやってますけど、俺は酢昆布でパワーアップする酢昆布男ってヒーローっすから」
「おい銀子てめー! 人違いじゃねーか! ちゃんと調べてから突撃しろや! 行くぞ銀子! どこだ染髪マンー!!」
「あ、ちょっと兄貴!! なんでこんなんで騙されるのさ!? ……はあ。まあいいさ。今日は顔見せだけのつもりだったからねえ。染髪マン! あたしはクロゾーメ軍団の幹部、藤本銀子! またの名をカラートリートメントゾーメ! そしてさっきまんまとあんたに騙されて逃げてったのが、あたしの兄貴で藤本凱、カラーシャンプーゾーメさ! 覚えておきな!」
「覚えられるわけないだろそんな長いセリフ! 『あ、ちょっと兄貴!! なんでこんなん』までしか覚えられなかったわ!」
「どこを覚えてるんだいあんた!? そんなどうでもいいところはいいから、あたしらのことだけでも覚えてくれるかい!?」
「なんだ、やっぱり漫才するんじゃないか。駆け出しの漫才師は絶対言うもんな。『名前だけでも覚えて帰ってください』と『それはショルダーバッグの肩紐をチェーンソーで切った時だよ!』の2つのセリフは」
「後半のやつは言わないと思うけどねえ!? なんだいその特殊なシチュエーションの漫才は!?」
「お前いいから早く兄貴追っかけろよ。捨てゼリフ履いてからが長いよ。どんだけアディショナルタイム取ってるんだよ」
「あんたが引き止めてるんだろう!? 変なことばっかり言って……。って兄貴がもう見えないじゃないか! 染髪マン! 覚えてなよ!」
そう言って子バカ(メス)——銀子は暗闇に走り去る。長い黒髪のポニーテールが最後に闇に消えて、ようやく俺は窓を閉める。
自分たちのこと覚えろって言う割にずっとセリフが長いんだよなあ。覚えられないんだよなかなか。古いスケバンみたいな喋り方してるしさ。
「と、柊吾くん……。今のって……」
「ん? なんだ美乃里、怖がってるのか?」
「え? 怖がるわけないじゃん。見てなかったの柊吾くん? 流れ星」
「見てるわけないだろ! 何を一人ロマンチックな夜空を見上げてるんだよ! 俺今悪の組織の幹部と話してたんだぞ!?」
「だいじょーぶだよ! ちゃんと流れ星に願っといたから! あの2人が汚していったブルドーザーが綺麗になるように、大雨が降りますようにって!」
「え……? あいつらブルドーザー汚したの……?」
あのクソ兄妹……ッ! 絶対に許さない! おいどうするんだよ本当に。結構な大雨降らないと流れないだろ。だって多分汚れてる原因白髪染めだろ? 何やってくれてんだよあいつら……!
くっそ、早いとこあいつらがいるところを見つけてぶっ飛ばさないとだな。あと大雨降るようにてるてる坊主逆さに付けとこう。願掛けで8個ぐらい。




