第11話 黒染め落としとメールの下書き
病院に運ばれた翌朝、俺の前には目を丸くする女医の姿があった。医者って性別関係無く大体メガネかけてるけどなんでなんだろうな。オシャレメガネ的な感じかな? なんかモード系の人とかアパレル系インフルエンサーとかもよくメガネかけてるもんな。でも個人的にはかけるならメガネより鰹節の方が好きだ。
「……え? いつの間にこんなに回復したんです?」
「ああ、今リーダースキルで回復力3倍で」
「誰かとパーティーを組んでいるんですか!? ……まあこれなら退院して大丈夫でしょうが……」
「ありがとうございます! 短い間ですが、お世話になりました!」
「いえ……。それではお大事に。……何故そんなにじっと見るんです? 何か?」
「いや、『もうここには戻って来るなよ』的なセリフは無いんですか?」
「無いですよ私看守じゃないので! 医者なので!」
「毘沙門天?」
「言ってないです! 医者なので!」
「記者並べ?」
「言ってないです! なんですか記者並べって!?」
「いっぱい記者の人がいる会場で謝罪する遊びですよ。何言ってるんですか」
「それは謝罪会見では!? ああもういいです、染谷柊吾さん本日退院です!」
なんか知らないけど退院になったな。まあいいや、そろそろ病室の天井を数えるのも飽きてきたところだし。天井ってひとつしかないもんな。普通は天井のシミとか数えるから奇を衒ってみたけどめちゃくちゃ逆効果だったな。
「さーてと……。ちゃんと体は動くな。美容室の予約は明後日だけど、今から行けたりしないかな?」
『来て構わないわよ染谷くん』
「ほんとですか? よっしゃ、じゃあ今から行き……金森さん!? どうやって話してます今!?」
『なんてことは無いわよ。ただ染谷くんの脳内に直接語りかけているように見せかけて、大声を張り上げているだけよ』
「力技だった! え、じゃあ今聞こえてるのは単に叫んでるだけってことですか!?」
『その通りよ。英語で言うとthat wayよ』
「Exactlyとかじゃなくてですか!? 直訳すぎますって!」
『それじゃ、今から来てね。待ってるわよ染谷くん』
「ずっと思ってましたけど叫んでるならなんでそのトーン保てるんですか!?」
とんでもない人だな相変わらず……。常識が通じないというか超越してるというか……。
まあいいや。今から行けるなら都合はいいし行っちゃおう。早く染髪マンへの変身能力を取り戻さないといけないし。
そういや白髪染めで髪の毛真っ黒になったから病院の枕めちゃくちゃ染まってたな。『頭から墨出すとかあなたタコですか!?』とか言われたけど、流石にタコも後頭部からは出さないだろ。そういう意味で『このタコ!』って言われた人類多分俺が初めてだろうな。教科書とか載っけてくれないかな、この際載せてくれるなら教科は何でもいいからさ。数学Bとかだといいな。
「とか考えてたら着いたな。ここに来るのも何回目だろうな。まだ初めて金髪にしてから数日なのに」
『いらっしゃしゃしゃしゃしゃい染谷くくくくくくくん!!! 準備はできてるわよよよよよよ!!!』
「近づいてみたら結構叫んでたわ! 距離が離れてたからいつものトーンに聞こえただけだった! あと叫ぶ時は母音を伸ばせよ! なんで子音ばっかり伸ばしてるんだよ! ああもう、入りますよ!」
HERO's HAIRのドアを開け、もう何度目かの入店。真っ赤なプラスチックのメガホンを持った金森さんをスルーし、スタイリングチェアに座る。
「さて染谷くん。こっぴどくやられたようね」
「よくいつもの感じでいけますね!? 結構なこと起きてましたよ!? メガホンしまってもらえます!?」
「あなたが出会ったのはヘアマニキュアゾーメで間違いないのね? ならカラーリムーバーで黒を落とせるはずよ」
「そんな当たり前みたいに真面目な話されても! こっちは切り替えられてないんです! あとメガホンしまってもらえます!?」
「さあ染谷くん、とりあえずヘアマニキュアを落としちゃうから、その間に次の髪色を決めておいてね」
「メガホンしまってもらえます!?」
メガホンを腰に付けた金森さんは、手際良く俺の髪に施術をしていく。いやメガホンしまうってそんなすぐ取り出せる位置にって意味じゃないんだけど……。なんでこの人ずっとメガホン持ってるんだよ。野球部の下級生か。大きい声出すのに使ってたんだろうけど、そんな原始的な方法じゃなくて今はもっと連絡手段あるだろ。矢文とか飛脚とか。
「よし、これで大体黒は落ちたわね。今はシルバーに近い色になっているけど、次は何色をご所望?」
「もう決めてますよ。金髪でお願いします」
「あら、金髪に戻すの? ヘアマニキュアゾーメに勝てる見込みがあるってことでいいかしら?」
「いやあの、単純に髪の傷みが激しくて……。これ以上カラー重ねたらちぎれちゃいそうな気がしてるので……」
「ああ……。そうね、あなたまだ染めてから5日ぐらいだものね……」
「最近シャンプーする時に髪が引っかかるんです。トリートメントもハイブリーチ用使ってるんですけど、なかなか……」
「うん……。ブリーチだけにしておきましょう」
「お願いします」
気まずい雰囲気が流れる中で金森さんは手早くブリーチ剤を塗り、30分ほど置いて俺の髪は無事金髪に戻った。
施術を終えた金森さんは、まだ気まずそうに何かを俺に差し出す。
「ワックス……ですか?」
「そうよ。染谷くんは知らなかったようだけど、染髪マンは髪をセットするとより力を発揮できるの。染谷くんは知らなかったようだけど」
「知らなかったですよそりゃ! あなた何も教えてくれないんですもん! 敵が呆れてクロゾーメ軍団のこと教えてくれましたよ!?」
「あとこれ、変身前にセットすると櫛が髪にひっかかっちゃうから気をつけてね。必ず変身後にセットするのよ」
「めちゃくちゃ不便! なんで俺怪人の前で変身してヘアセットしなきゃいけないんですか! 格ゲーならその間に負けてますよ!?」
「でもあなたは格ゲーのキャラじゃないでしょ。リズムゲーのキャラなんだから大丈夫よ」
「リズムゲーに出た覚え無いんですけども!? 俺のことどういう風に見えてます!?」
「え? 水色の太くて短い円柱状の体に真っ赤な顔で、丸くて黄色い目とメカみたいなアンテナが付いてるわよね」
「メ〇ドン!? ど〇ちゃんでもか〇ちゃんでもなくメカ〇ン!? せめてメインどころにして欲しかった!」
「まあいいじゃないの、ちゃんとリズムゲーには出てるんだから」
「まず出てないんですけども!? ゲームのキャラにするところからやめてもらえます!?」
「でも私はゲームクリエイターとして染谷くんをキャラにしたいのよ」
「美容師でしょ金森さん!? え、もういいですか!?」
「ちゃんとムラシャンするのよ」
「急にまともなアドバイス! 分かりましたよ!」
帰りにムラシャン買って帰るか。紫シャンプーだよな。金髪の黄味を抑えるために使うやつ。本当なら最初に金髪にした時に買いたかったんだけど、シャンプーゾーメと戦って忘れてたわ。
あれ、でもあいつシャンプーだよな。むしろ思い出させる要素しか無いわ。じゃあ俺が悪いのか? いやそんなことないだろ流石に。初めて染髪マンに変身したインパクトしか無かったもんあの時。
ていうかシャンプーゾーメもシャンプーゾーメで紫になってくれたりしたら良かったのに。不親切な怪人だな。
シャンプーゾーメへの悪口を心の中で紡ぎ出しつつ近所のドラッグストアでムラシャンを買った俺は、そのまま家に帰って明日学校へ行く準備を始めた。
翌日、学食で座ってパソコンを広げてタイピングをする俺の姿があった。……ああ、なんか他人事みたいになってたな。パソコンって苦手だからつい幽体離脱しちゃうんだよな。タイピングしてる俺の体を、幽体離脱して見てる形だ。だからこんなんなっちゃうんだな。やばいやばい、戻らないと。もうめんどくさいから体の方から来てくれないかな。
「よしっと。これでいいかな」
「おい柊吾、お前何してんの?」
「大輔……!? 大輔じゃないか! お前はもうここにはいないはずじゃ……」
「いるって! なんで俺いないことにされてんの!? 怖いって!」
「いやだって、この間教授ぶっ飛ばして退学に……」
「退学はしてねーって! 注意で済んだわ! 色々説明は大変だったけど! いやそれより柊吾、お前何してんのって」
退学にならなかったのか……! 本当に良かった。もし退学になってたらあと2日ぐらいで大輔の存在を忘れ去るところだった。人の記憶ってそんなに長く保たないからな。大輔と接した時間のトータル考えたら、2日保てばいい方だろう。
「ちょ、柊吾お前聞いてる?」
「当たり前だろ。ちゃんと毎日聞いてるよ」
「何の話!? 俺の話聞いてる? って意味なんだけど!?」
「ああ、そういう意味だったのか。俺はてっきりお経の話かと」
「お前毎日お経聞いてんの!? 実家寺!?」
「寺までいかないよ流石に。ギガくらいだな」
「ちょっとごめん話戻してもらえる!? ずっと進まねーから!」
なんだよ大輔のやつ。そもそもこいつは何の話をしてるんだっけか。全く覚えてないな。仕方ないから適当に対応するか。
「柊吾お前適当に対応しよーとしてんだろ! もう分かるぞ!」
「え、なんで分かるのお前気持ち悪い」
「いーから! 今パソコンでなんかしてたろ?」
「ああ、幽体離脱」
「幽体離脱!? パソコンで!?」
「体の方はメール打ってくれてたな」
「ああ魂抜けても動けるタイプの体なんだ!? どうやって動いてんだよ!?」
「そりゃなんか余韻で」
「余韻!?」
実際そうなんだから仕方ないよな。俺は魂が無い体の側になること無いから、どういう仕組みで体だけ動くのか知らないんだよ。でも多分あれだよ、扇風機って消してもしばらく回ってるじゃん。あんな感じだよ。扇風機って三振が多いバッターを揶揄する言葉としても使われるけど、世の扇風機が羽無し扇風機メインになったらどうするんだろうな。あ、でも今はハンディファンとかあるからなんとかなるか。
「しかし……柊吾がメール? 誰宛ての?」
「そんなの権藤教授に決まってるだろ」
「は!? なんで!? この間大怪我させられたばっかりだろ!?」
「いや大したことなかったけどな。完全に急所外れてたし、なんか翌日には退院できたし」
「確かに見舞い行こうとしたらいなかったけど! もう退院されましたよって言われた時の俺の気持ち! いやそんなんいーけどさ、権藤に何送んだよ?」
「そりゃ再戦申し込みだよ」
そう、俺は権藤教授——ヘアマニキュアゾーメにリベンジするつもりだ。これから怪人倒す度に出て来られたらたまったもんじゃないし、早めに倒しとこうってな。
なんか金森さんが言うには、髪セットしたら染髪マンパワーアップするらしいし。それでいけないかなって。
「ちょ、柊吾一回見して!? どんなメール送ろうとしてんの!?」
「いいけど別に面白くないぞ? まず件名が『リベンジ返事』で」
「そんなオレンジ〇ンジみたいに! もうふざけてんじゃん!」
「あと最後に『ヘイグ』って付けた方がいいかな?」
「誰ヘイグって!? 敬具じゃねーの!?」
「ヘイグはお前あれだよ、チャンの友達だよ」
「また出て来たチャン! しつこいってチャン! 待って柊吾、俺添削してやるから全文見してくんね!?」
「添削ってあれか? アーサー王とかが座ってるやつ」
「それ円卓だろ! くだらねーこと言ってねーで見せろ!」
どうしたんだこいつ、急に騒ぎ出して。あ、騒いでるのはいつもか。まあいいや。そんなに見たいなら見せてやるか。
俺はパソコンの画面を大輔の方に向け、メールの下書きを開いた。




