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三人娘の春祭り ~高飛車と捻くれと素っ頓狂の晴れ舞台~  作者: 飴丸


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13/20

◆4-2

 ラヴィリエとヒヤクがどんどん台詞合わせを進めていく中、舞台の上では三姫がグラナートと相談を行っていた。

「ねぇねぇ、骸骨兵って戦う演技も出来る? あたし達ぼこぼこにされない?」

「無用の心配です。わたくしの骸骨兵は全て完璧にわたくしが制御いたします。殺陣も全て、自在に動かしてみせますわ」

 戦乙女の衣装を着けたセルペンテ――三姫の中では一番大柄で体にもめりはりがある為、この役に選ばれたが、実は一番年若く喋り方も幼い――が少し不安そうに眉を下げると、グラナートは薄い胸を張ってすっと扇を翻す。すると既に控えさせていた骸骨兵達が、正に姫君に仕える騎士のように、自前の骨剣を掲げて列を成し、跪いて見せる。裏方達からもおおっと感嘆の声が上がった。

「すごーい! これなら第一幕の殺陣がもっと派手に出来るわね!」

「ケッケッケ、頑張りなヨ、ガニー」

「貴女も手を貸しなさいな、わたくしが尽力する舞台が失敗するなど、我が侯爵家の恥に繋がりかねませんわ」

 舞台袖に座り込んだまま、傷んだ衣装の修繕を手伝っていた紫花が怪鳥声で笑うと、手抜きは許さないとばかりに睨まれた。先日ラヴィリエが提案した通り、魔女術――竜の息吹を使えと暗に言っているのだろうが、紫花は肩を竦めて惚けた声で答えた。

「勘弁してくレ、アタシは裏方だけで手いっぱいだヨ。何度も言ってるけド、アタシは落ち零れ――」

「紫花様、よろしければこちらをお使いください」

 座ったまま言い募る紫花の膝上に、ぱさりと何かが入った小袋が落とされる。脚本家が上機嫌でこれ以上狼藉はしないだろうと判断したため離れたヤズローが、いつの間にか舞台まで上がってきていた。

「ヘ? 何こレ?」

 きょとん、と細い目を見開いて袋をひっくり返した紫花の手の上には、ぱらぱらと小さな粒が落ちてきた。種類は見ただけでは解らないが、何か植物の種のようなものが沢山。ヤズローはひとつ頷き、いつも通り表情を変えずに説明する。

「私の師匠である魔女が、触媒用に作った蔓薔薇の種です。舞台効果に使える魔女術は無いかと打診したところ、息吹使いがいるのならばそれで充分であると伺った為、紫花様に託させていただきます」

「ハァ!? いやいヤ、そんな器用な真似出来ないっテ!」

「え、それどんな風に使えるのさ?」

 焦って紫花が種を握り締め立ち上がるが、七色の魔女役であるラーナが食いついてきた。彼女が使う術の効果として一番使えそうだからだろう。ヤズローも頷いて説明を重ねる。

「この舞台一面程ならば、蔓や薔薇の花で覆うことが出来るだけの力は込めているそうです。細かい調整は、紫花様に一任いたします」

「……、」

 全員の視線が集中して逃げられないと解ったのか、紫花は非常に不本意そうに眉を顰め――種を一粒指先で抓み、唇を近づけて、故郷の言葉で小さく歌を歌った。

『――樹竜様マザラ、樹竜様、蕾の瞼を開いておくれ――……!』

 そう一節歌うと同時、ぱきりと種の殻が割れ、緑色の芽から蔓がするすると伸び、まるで生き物のように床まで這い降りると、その節々から小さな蕾がぽこぽこと開き、赤い花を咲かせた。周りだけでなく紫花自身も驚いている、たった一声で此処まで育て、開花を促す力など自分には無い筈だから。シアン・ドゥ・シャッス男爵家に長年仕えた春の魔女が、育てあげた花の種であればこそだろう。

「凄い凄い! いいじゃないか、こりゃあ派手な舞台に出来そうだよ!」

 清楚な容姿と裏腹に割と下町言葉で喋るラーナはすっかり上機嫌になり、頼むよとばかりに紫花の背を何度も叩いてくる。逃げ場を失った紫花はすっかり困った顔で、自分よりも背の高いヤズローを睨み上げた。

「こノ、飴玉タングォの恩を仇で返しやがっテ……!」

「寧ろ、先日の礼と思ってお受け取り下さい。大変助かりました」

 さらりと応酬する会話の意味は解りかねるが、グラナートも紫花が己の実力を貶めて手を抜こうとするのは気に食わないので、得たりとばかりに頷いた。

「良いではありませんか、貴女こそ自分の力量を存分にお見せなさいな。――出来ない、等と言わせませんわよ」

「~~ああ糞ッ、解ったヨ! 失敗しても謝らないからナ!!」

 


 ×××



 稽古は深夜になるまで続いた。学院の講師達にはあまりいい顔をされなかったが、ヤズローとグラナートが掛け合って、ラヴィリエの参加を如何にか認めさせた。

 それでも金陽が山の端へ沈む頃には、各々切り上げて講堂から出ていき、気づけばランプの光ひとつを挟んで残っていたのは、ラヴィリエとヒヤクだけになっていた。

「……はぁ! 疲れたけど、本当に楽しいわ! ヒヤク様、お付き合いいただきありがとうございます!」

 第二幕までの脚本を最後までやり遂げて、ラヴィリエは躊躇わず床に座り込んだ。ヒヤクは疲れ等一切見せない無表情のままで、ただ合わせるように隣に腰掛ける。

「様はいらない。あと敬語も。あんたは貴族の娘なんだろ」

「うふふ、こちらの方が私も喋り安いのです。でもお言葉に甘えて、少し敬語は無くしていくわ」

 微笑んでいると、声に合わせたようにラヴィリエの腹がきゅう、と鳴った。彼女にしては本当に珍しいが、空腹を今まで忘れてしまっていたのだ。

 あらお恥ずかしい、と首を竦めてからごそごそと制服の懐を探り、昼間の内に優秀な従者から持たせて貰っていたクッキーの袋を取り出した。紐で括られていた口を開き、そのままヒヤクへ差し出す。

「どうぞ、よろしかったら。貴方もお腹が空いたでしょう?」

「……不要だ。必要な分は、必要な時間に食べている」

「あらまあ、よろしいの? では私から遠慮なく」

 緩く首を横に振ったヒヤクに、無理に勧めることはせずクッキーを抓んでさくさくと頂く。焼き加減も味付けも自分好みの、食べ慣れた味だ。そのまま暫し、無言の時が過ぎる。ラヴィリエの口が封じられている限り、ヒヤクは自分から喋ろうとしない。

 改めて、ランプに照らされるヒヤクの顔を見る。先刻まで、苛烈かつ冷徹な黒騎士のものだった赤紫色の瞳は、今は何の感情も浮かべていないように見える。

 それでも、やはりその瞳が美しく見えて――ラヴィリエは自分の手指をちゃんとハンカチーフで拭ってから、無造作に彼の顔へと手を伸ばしてしまった。彼の瞳を、掌でそっと覆って隠すように。

「――何を」

「あら、ごめんなさい! 貴方の瞳がとても魅力的なものだから、心配になってしまったの!」

 流石に貴族子女としてはしたなかったわ、とちゃんと反省する。しかし、言葉の通り心配になってしまったのだ――何せ、未だ自分はかの、瞳に執着する水銀の魔に狙われているから。

「大変、大変、申し訳ないのだけれど。私、私の瞳を美しいと愛でつつ抉り取ろうとする偏執的な魔に目を付けられてしまっているの。もし貴方のこの、美しい夕闇のような瞳があれに見つかってしまったら、いくらお詫びしても足りないわ……!」

「……了解した」

 真剣な声音でかなり突拍子も無い話をされている筈なのだが、ヒヤクは驚いた風もなく静かに頷く。その瞳は僅かに揺れて、何かの文章を読んでいるかのように視線が動き続けている。それを見詰めて、自分の仮説が正しかったと改めて感じ、再びラヴィリエは口を開いた。

「――やっぱり、貴方の瞳には見えているのね。嘗て智慧女神様が、世界に刻んだという文字が」

「ああ」

 ラヴィリエにも知識だけはあり、確信もあったが、酷くあっさりと首肯された。彼の瞳は、世界を解体して読み解くことのできる、嘗ては智慧女神の祝福と呼ばれ、今や魔操師の証とされる紫瞳に間違いは無いと。

「並の魔操師でも、世界を読み解くためには特製の眼鏡が必要だと聞くわ。貴方は、無くても平気なの?」

「不要だ。充分なものを読んで、理解している」

「それはつまり、私に演技の才があると、私自身に書かれていたということかしら!? もしそうなら光栄に過ぎるわ……! 幾らお礼を言っても足りないわね!!」

 彼の瞳のおかげでラヴィリエは、幼い頃からの夢を一つ叶えられそうになっているのだから、感謝しかない。そう本気で思ったから礼を言ったのに、一瞬、何処か途方に暮れたように、美しい瞳が揺らいだ。

「……あの状況で、一番解決に続きそうな選択肢を、選んだだけだ」

「未だにスチュアート様達は戻ってきていないそうだしね。その瞳は未来まで見えてしまうのかしら?」

 不躾だと解っているけれど、好奇心と、何よりその美しい瞳から目を逸らしたく無くて、尚もラヴィリエは言葉を重ねてしまう。対するヒヤクは表情を戻し、抑揚のない声で告げた。

「書いてあることを、読んでいるだけだ。解らないことの方が、ずっと多い」

「あらまあ、例えば?」

「……、」

 初めて、ヒヤクが完全に言葉に詰まった。答えを探すように視線を虚空に彷徨わせてから、僅かに首を横に振って。

「……父に。嘘を吐くことは、良くない、と教えられた」

 絞り出すように告げられた言葉に、ラヴィリエはぱちり、と目を瞬かせてから返事をする。

「ええ、それはもう。正しいことだと思うけれど?」

「それは、理解できる。嘘を吐くことは、他人を騙すことだ。許されない。そしてこの目があれば、嘘に惑わされることも無い。だが、ツィオーネは」

 奇矯なる脚本家を愛称で呼び、静かに彼は続けた。

「もっともらしい嘘を、全ての人に信じさせることが、役者の仕事だと言った」

「あらまあ、言い得て妙ね!」

「書かれていること、望まれていることを、返すことは出来る。だがそれは、父の教えに、反している。演技とは、嘘であるのに、劇団と、舞台の上では、尊ばれていて、其処に納得のいく理由がつけられない」

「ううん、確かに難しい問いね」

 あれだけの演技を他者に見せられる人であるのに、演じるということ自体に罪悪感があるのか。驚いたけれど、ラヴィリエは何となく納得してしまった。ずっと相対して台詞を言い合い、完璧に演じ、何もかもをラヴィリエの思った通りに合わせてくれるけれど――彼自身が、演じたいと思ったものは其処に無いのではないか、と思ったのだ。

 それは、ちょっと、或いは凄く――ラヴィリエにとって、勿体ない、と感じることで。

 如何にか何かを伝えたい熱が胸に灯り、ラヴィリエは立ち上がった。敢えて大仰にくるりと一回転してから、再びヒヤクの前に跪き、赤紫色の瞳と向かい合って己の想いを真摯に伝える。

「嘘が悪いこと、と言われているのは、誰かを傷つける行為だからだわ。例えば舞台の上に立って、何の罪もない人を、罪人であると糾弾したりすれば、その舞台は罰せられるべきよ。でも、何の罪もない人を罪人として糾弾するという『劇』なら、許されるわ。人気は出なさそうだけれど!」

 言われた声よりも、恐らくラヴィリエの体に浮かんだ自分の言いたいことを読み進めているらしく、ヒヤクは抑揚のない声で疑問を提示した。

「其処の差異は、何だ?」

「実際にいる人を傷つけているかいないか、ではないかしら」

「実際の人名と、役名が一致していれば?」

「ううん、嫌がる人はいるかもしれないわね」

「誰かを傷つけることは、やってはいけないことだ」

 表情は変わらない。言葉にも熱は無い。だが、彼の中には、誰かが教えた確りとした規範がある。それは恐らく、彼の父であったのだろう。其処に紛れもなく、親からの愛を感じて、ラヴィリエはきゅっと胸元を握り締める。自分も、優しい父の声を思い出したから。

「そうよ、そうね。でも――これは、私のお父様からの受け売りなのだけれど」

 ヒヤクの前に両膝を下ろし、まるで祈るように両手を組んで、ラヴィリエは伝えた。

「誰かを傷つけようとして傷つけるのは、悪いことよ。でも、誰かを傷つけるつもりが無くても、傷つけてしまう事もあるのですって」

「……それは」

 彼には酷な言葉だったかもしれない。ただ誠実に、嘘を吐かず生きるのが正しいと思っているであろう彼に、それだけでは足りないと言ったも同じかもしれない。でもそれは、彼だけでなく、自分も、誰もが皆同じなのだ。

「そうしてしまったら謝るしかないし、二度としない努力は必要だと思うわ。でも、それでも、どうしても、譲れないものがあるのなら」

 彼の夕闇の瞳と、自分の夜空の瞳をしっかりと合わせて、ラヴィリエは微笑んだ。

「その時は戦って良いのだと、お父様は言ってくれたわ。私の心を守るのが何よりも大切だから、って」

「……、」

 彼を困らせているのも解っているのに、止められない。だってこれは、多分、舞台の上に立つという僥倖を得られてから、どうしても自分が叶えたかった願いだ。

「ヒヤク様、いいえ、ヒヤク。私は、貴方と一緒に舞台に立ちたいわ。舞台の上は、全て嘘だけれど、私は貴方と『本物』を作り上げたいのよ!」




 ×××



 ヒヤクは、目の前に居る少女を見ている。少女、と書いてある。この世界全ては、光り連なる文字で描かれた塊だ。目を凝らせば、彼女がどのような者であるか、何を望んでいるかまで、ちゃんと描かれている。

 あまりにも細かい文字で書かれているけれど、己の瞳はその情報を全て読み取り理解が出来ている。彼女のやりたいこと、やるべきこと、それが字でありったけ綴られて、彼女の形を作り上げている。望みとは皆漠然と持つものだと思っていたのに、此処まではっきり書かれているものを、今まで見たことが無かった。

 ――【祓魔の家系である男爵家を継ぎたい】

 ――【神の呪いに侵された父を目覚めさせたい】

 ――【いつも忙しなく働く優秀な従者を労いたい】

 ――【大好きな友人達と毎日楽しく過ごしたい】

 ――【離れて暮らす母達に安心を届けたい】

 そんな、犇めき合う文字の中に、闇夜の星の如く煌めく文字がある。まるで、自分に見せる為に輝かせているのかと、馬鹿なことを考えた。そんなことが、出来るわけがないのに、其処から目が離せない。

【私は貴方と、本物を作り上げたいの】

 放たれた言葉と同じ言葉が描かれ、その先に続く願いは。

【貴方自身が考えて、作り上げた黒騎士と一緒に】

 それは、物凄く――ヒヤクにとって、難しい代物だった。 

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