第4話:教祖(きょうそ)
皇都の華やかさとは無縁の、凍てついた静寂に包まれた廃聖堂。
その最奥、ステンドグラスから差し込む冷たい月光の下で、異形たちが膝を突いていた。
上座の玉座に深く腰掛けているのは、死人のような肌と深い皺を刻んだ老人——エルクの教祖、ナヤーである。その手に握られた古びた杖が、激情に任せて石床を叩いた。
「……説明せよ。邪神様の封印が弱まり、より多くの瘴気を集めるべきこの重要な時期に、なぜ我らが精鋭であるスパイダーが不覚を取った?」
その声は掠れていたが、聖堂全体を震わせるほどの圧を含んでいた。下座に控える異形の幹部たちが、一斉に首を垂れる。
「……申し訳ございません、ナヤー様。スパイダーは確実に任務を遂行しておりました。ですが、そこへ計画には存在しない不確定要素……漆黒の仮面を被った男が乱入したのです。スパイダーほどの使い手が、一方的に打ち破られるとは、我らも予測だにしておらず……」
「漆黒の、仮面……?」
ナヤーの瞳に、濁った憎悪の炎が宿る。
「皇都警察の『超常現象対策室』か。小ざかしい真似を。奴ら、秘密裏にこれほどの戦力を隠し持っていたというのか。我らがエルクの歩みを止める者は、神への反逆者も同然よ」
「案ずるには及びません、教祖様」
頭上から、不快な羽音と共に一人の男が舞い降りた。
逆さまに天井の梁へ捕まっていたその影は、マントのような巨大な翼を広げ、月光の中にその姿を晒す。豚のような鼻と巨大な耳、そして剥き出しの牙を持つ異形——蝙蝠魔人バットである。
「スパイダーが敗れたのは、奴が『地上』に縛られていたからです。逃げ場のない倉庫など、奴には不向きな戦場だったのでしょう」
バットは不敵に笑い、喉を鳴らした。
「次は、この私が皇都を真の恐怖のどん底に叩き落として御覧に入れましょう。警察の飼い犬か何かは知りませんが、夜の空を支配するのはこの私だ。漆黒の仮面ごと、その頭を握り潰して差し上げますよ」
ナヤーはバットの不遜な言葉を遮ることなく、ただ冷たく言い放った。
「よい。バットよ、貴様に機会を与えよう。皇都に溢れる負の感情こそが、我が主を目覚めさせる至上の香料となる。一人でも多くの人間を絶望させ、その魂を捧げよ」
「御意に……。今宵の皇都は、悲鳴のアンサンブルに包まれることでしょう」
バットの身体が、無数の蝙蝠へと霧散し、夜の闇へと消えていく。
一人残されたナヤーは、祭壇に安置された「白き邪神」の石像を見上げ、狂気を含んだ笑みを浮かべた。
「そう遠くはない。この世界が白き慈悲に包まれ、すべてが無に還る日は……」
暗黒の聖堂に、老人の歪な笑い声がいつまでも反響していた。




