第3話:観測(かんそく)
皇都警察庁、地下3階。
そこは、表向きには存在しないはずの「超常現象対策室」の会議室だった。遮光カーテンが引かれた室内には、プロジェクターの不気味な光だけが浮き上がっている。
「……以上が、昨夜、第4倉庫で発生した事案の全容です」
対策室長の霧島冴子が、リモコンを操作した。
スクリーンに映し出されたのは、倉庫の隅に設置された防犯カメラのザラついたモノクロ映像だ。
そこには、人間を凌駕する速度で動く「蜘蛛の異形」と、それを翻弄する「漆黒の影」が記録されていた。映像のクライマックス、黒い影が高く跳躍し、鋭いキックを魔人の胸中に叩き込む。直後、魔人の身体が内部から発光し、空中で激しく爆散して映像は砂嵐に消えた。
「……酷い映像だな。だが、現実だ」
会議室の奥、重厚な椅子に座った磐城剛士長官が、深く溜息をつきながら言葉を漏らした。眉間の皺が、プロジェクターの光で深く刻まれる。
「霧島室長。この蜘蛛の魔人……やはり『エルク』か?」
「はい、磐城長官。現場から回収された体組織のDNAパターン、および犯行声明の隠語から、邪神復活を標榜する集団、通称『エルク』の尖兵であると断定しました」
磐城は苦々しく顔を歪め、組んだ指に力を込めた。
「邪神復活、か。お伽話の類だと思っていたが……まさか、私の代で奴らがこれほど公然と暗躍を始めるとはな。皇都は、我々が思っている以上に蝕まれているのかもしれん」
磐城は視線をスクリーンに戻し、爆発の余韻の中に立つ黒い影を指差した。
「……で、こいつは何者だ? エルクの仲間割れか?」
「いえ。現時点では正体不明です。しかし、奴らの敵であることは間違いありません。何より、あの場にいた被害者たち——糸に絡め取られていた作業員たちを、彼は一人も傷つけることなく救出しています」
霧島が眼鏡のブリッジを指で押し上げ、手元の資料をめくる。
「意識があった者の証言によれば、この戦士は自らを『クロウ』と名乗ったそうです。我々は現在、彼を『重要参考人』、かつ『非敵対勢力』として追跡しています。もし可能であれば……」
霧島は言葉を切り、磐城の目を真っ直ぐに見据えた。
「接触を図り、共闘の道を探るべきかと報告いたします」
「共闘、か。警察が正体不明の仮面に縋るとは、世も末だな」
磐城は自嘲気味に笑ったが、その目は鋭く据わっていた。
「だが、あの化け物を一人で屠る力は、今の我々の装備にはない。クロウ……。吉兆を運ぶカラスか、それとも死を告げる不吉の鳥か。まずは見極めが必要だ。霧島、徹底的に調べろ」
「了解いたしました」
会議室を出た霧島は、独り廊下の窓から夜の皇都を見下ろした。
(クロウ……あなたは一体、何のために戦っているの?)
その頃、皇都の雑踏の中。
一人の男が、首元を隠すようにコートの襟を立てて歩いていた。
その耳には、人混みの喧騒を切り裂いて、誰にも聞こえない「管理者の声」が届いていた。
「……最初の楔は打たれた。だが忘れるな、奴らの増殖は加速している。君の魂が燃え尽きるのが先か、世界が白く染まるのが先か……」
男は答えず、ただ夜の闇の先を見つめていた。




