第31話:不穏(ふおん)
翌日。海へ行く前の買い出しのため、雄介とくみは街へ出ていた。
「もう、雄介さん! 卵、そんなに買ってどうするんですか。割れちゃいますよ」
「あはは、ごめん。でも、おやっさんの厚焼き玉子、いっぱい食べたいと思ってさ」
荷物がいっぱいの袋を両手に持ち、雄介は楽しげに歩く。
「……雄介さんは、本当におやっさんやアミティエのことが好きなんですね」
くみの言葉に、雄介は少し足を止め、街を見渡した。
「……うん。ここに来て、みんなに出会えて、俺は初めて『自分の場所』を見つけた気がするんだ。だから……」
だから、この景色を、君の笑顔を、誰にも奪わせたくない。
その思いを飲み込み、雄介は再び歩き出した。
その横を、一台の黒塗りの警察車両が通り過ぎる。
後部座席で緊急招集の連絡を受けていた霧島冴子は、窓の外で荷物を持って笑う一人の青年——雄介の姿を一瞬だけ視界に収めた。
(……普通の青年。……この平和を、絶対に護り抜かなければ)
霧島は雄介が「クロウ」であるとは知らぬまま、戦場という名の警察庁へと急いだ。
【エルク本拠地・深淵の祭壇】
一方、ナヤーは皇都の地下を流れるエネルギーの道「龍穴」を、闇の杖で指し示していた。
「……時は満ちた。数多の同胞たちの死、そして人間どもの恐怖。すべてはこの日のための肥やしに過ぎぬ」
ナヤーの影が大きく膨らみ、そこから四つの圧倒的なプレッシャーを放つ異形たちが這い出した。エルク四天王。彼らはナヤーの前に静かに跪く。
「ナヤー様。私が北の龍穴を穿ち、大地を揺らし、皇都を震土の底へ沈めましょう」
「東の龍穴は、この私が。天を割り、濁流を呼び寄せ、すべてを洪水の中に押し流して差し上げます」
「南の龍穴には、我が業火を。皇都を紅蓮の炎で焼き尽くし、貴方への輝ける生贄といたしましょう」
「西の龍穴より、我が疾風を放ちます。巨大な竜巻ですべてを空へと巻き上げ、塵へと変えてやりましょう」
四天王たちの声は、もはや魔人のものではなく、神を気取った傲慢な響きに満ちていた。
「……行け。龍穴の封印を緩めよ。皇都そのものを、最凶の邪神を招くための『祭壇』に変えるのだ」
ナヤーの冷酷な笑い声が、皇都を包み込む不吉な雲を呼び寄せていた。




