第1話:飛来(ひらい)
皇都の外れ、潮風と錆の匂いが混じる旧市街の第4倉庫。
深夜の荷役作業を行っていた男たちは、その「異変」に気づく間もなかった。
「……おい、さっきから電気がチカチカしてねえか?」
一人が天井を見上げた瞬間、視界を白い何かが覆った。
「——!? ぶっ、げほっ!」
叫ぶ暇もなく、粘着質で強靭な糸が口と鼻を塞ぐ。
男はそのまま音もなく暗い天井へと引きずり上げられた。
「おい、どうした! ……うわあああああ!」
仲間の足だけが闇に消えていくのを見て、残された作業員たちがパニックに陥る。
逃げ惑う彼らの背後に、カサカサという硬質な足音が迫った。
コンクリートの壁を垂直に這い降りてきたのは、異形の怪物。
人間の身体に、節くれだった蜘蛛の肢が幾本も突き出し、顔面には感情の読み取れない八つの複眼が、赤く濡れたように光っている。
「ヒッ……化け物、化け物だ!」
一人が震える手で鉄パイプを振り回すが、蜘蛛魔人は嘲笑うようにそれを叩き折った。
「怯えろ……。恐怖で心拍が上がった血ほど、甘く、美味いのだ……」
魔人の指先から放たれた糸が、次々と逃亡者の手足を絡め取り、倉庫の中央に「獲物」をまとめ上げていく。
作業員たちは巨大な蜘蛛の巣に磔にされたような格好で、絶望に身を震わせるしかなかった。
「さて……まずは誰から啜ってやろうか」
魔人が一人の青年の喉元に、鋭い毒牙を突き立てようとした、その時だった。
ゴオオオオオンッ!!
重厚な排気音が、倉庫の壁を震わせた。
直後、鉄製のシャッターが爆鳴と共に吹き飛び、夜の闇を裂くように猛烈な光が差し込む。
「なんだぁ……!? 誰だ貴様っ!」
魔人が複眼を細め、光の主を睨みつける。
噴煙の中から現れたのは、重厚なエンジン音を響かせる一台の黒い怪物。
そして、カラスの嘴を思わせる鋭利な意匠の仮面——その奥で、猛禽類のような二つの「赤い単眼」が、蜘蛛の魔人を冷徹に射抜いていた。




