第25話:中和(ちゅうわ)
「ギギッ……。死神クロウ、そして新たな人形か。だが、我が音波からは逃れられん!」
バットが喉を震わせ、スタジアム中の空気を震わせるほどの超音波を放つ。観客たちが頭を抱えてのた打ち回り、さらに激しい暴動へと発展しようとした瞬間。
朱雀が胸部装甲を展開した。
「——音響中和システム、最大出力。逆位相波、放射」
朱雀の全身から、バットの音波を打ち消す「静寂の波動」が広がった。波と波をぶつけて無効化する最新技術。ピタリと止まる観客たちの狂乱。人々は糸が切れたようにその場にへたり込み、正気を取り戻していく。
「な、何だと……!? 我が調べを打ち消したというのか!」
【モニター室】
「……今よ」
霧島が拳を握りしめる。その瞬間、ピッチに立つクロウの足元で、アスファルトが爆ぜた。
クロウは、腰の『八咫の鏡』に手をかざす。だが、今回は剣を抜かない。鏡から溢れ出した黒い光の粒子が、クロウの右脚へと収束し、漆黒の炎のようなエネルギーを纏わせる。
「ギギッ!? 逃がすかぁッ!」
バットは飛行能力を活かしてスタジアムの遥か上空へと逃走を図るが、朱雀が翼のスラスターを全開。赤い軌跡を描きながらバットを追尾し、その進路を上方へと限定させる。
逃げ場を失い、さらに高度を上げるバット。
その真下から、漆黒の弾丸が突き上げた。
クロウが、スタジアムの芝を蹴り飛ばし、垂直に飛翔する。
空中。無音のまま、クロウは体を反転させた。
「——」
声なき叫びと共に、全エネルギーを込めた右脚を突き出す。
深黒の炎を纏ったキックが、上空のバットを正確に撃ち抜いた。
「ナ、ナヤー様……光が、消える……ッ!」
バットの巨体が夜空で一瞬だけ膨張し、爆散。黒い火花がスタジアムに降り注ぎ、消えていく。
「朱雀、損耗率15%。システム正常」
淡々と報告する赤い戦士。
クロウは、上空から静かに着地すると、倒れていた少女を助け起こした機動隊員の姿を一瞥し、朱雀に背を向けて歩き出す。
朱雀はその場に膝をつき、去りゆくクロウの背中に向かって、まるで敬礼するかのように首を垂れた。
スタジアムの夜空には、魔人の影も、音波の呪いも、もう残っていなかった。




