第20話:深黒(しんこく)
駅構内の地獄に、猛然たる排気音が響き渡る。
階段を駆け下り、爆音と共に現れたのは、漆黒のバイクと戦士だった。
だが、千葉中佐はその姿に言葉を失う。
「……クロウ? いや、以前よりも……」
そこに立つクロウの装甲は、以前の漆黒をさらに塗りつぶしたような、光さえ反射しない「深淵の黒」へと変貌していた。再練を経て、三種の神器との同調が極限に達した、真の基本形態。
「死に損ないが、現れたか!」
ポーカパインが全身を震わせ、数千の毒針を一斉に射出する。駅の壁や柱を削り取る死の雨。
しかし、クロウは動じない。最小限の動きで針の隙間をすり抜け、あるいは装甲で弾き飛ばしながら、真っ直ぐに距離を詰めていく。
「バカな……目にも留まらぬ我が針を、見切っているというのか!」
焦ったポーカパインが、自身の全エネルギーを込めた巨大な剛針を放とうとした瞬間、クロウが腰のベルト中央——『八咫の鏡』に手をかざした。
鏡が眩い波動を放ち、その中心から光の粒子が溢れ出す。クロウがその光を掴み、引き抜くと、それは実体を持った剣へと形を成した。
新しく生まれ変わった『天叢雲剣』。
刀身はより鋭く、神々しい脈動を放ち、周囲の空気を清冽に研ぎ澄ます。
——一閃
抜刀の瞬間、銀光が駅構内を走った。
鋼鉄をも貫くポーカパインの硬い棘を、紙細工のように一刀両断し、そのまま魔人の胴体を真っ二つに切り裂く。
「ギ、ギィ……信じられぬ……人間、如き、が……」
断魔の剣に焼かれ、ポーカパインは断末魔と共に爆散した。
立ち上る煤煙の中、クロウは剣を再び鏡へと還し、何も語らずバイクに跨る。
千葉中佐が声をかける間もなく、漆黒の残像は地上へと駆け上がっていった。
昼下がりの喫茶店『アミティエ』。
「はい、ナポリタンお待たせしました! こっちはランチのBセットね!」
厨房で忙しくフライパンを振り、額に汗を浮かべて客をあしらっているのは、一条雄介だった。
「ちょっと、雄介さん! 手を休めないで! 今まで一週間も店を空けてたんだから、その分しっかり働いてもらわなきゃ困るんだからね!」
ウェイトレスのえりが、注文票を手にテキパキと指示を出す。
「わかってるって、くみちゃん。今やるよ」
「おやっさんたら、こんなに忙しいのにまたパチンコなんだから……。雄介さんも、おやっさんの悪いところばっかり似ないでよね!」
「ははは……気を付けるよ」
雄介は苦笑いしながら、窓の外の穏やかな陽光を見つめる。
自分の存在がこの世界から消えかかろうとも、この「日常」を守り抜く。
「再練」を終えた彼の瞳には、以前よりも深い、静かな決意が宿っていた。




