第19話:帰還(きかん)
皇立科学研究所の地下。回収された『淤加美』の残骸を前に、小野寺和也は静かにモニターを見つめていた。
淤加美は、その流麗なフォルムからどこか女性的な印象を与えるアンドロイドだった。アンドロイドに性別はない。だが、最期に「勤めを果たしたか」と問うたその声の響きは、小野寺の耳から離れなかった。
「……データの同期完了。次世代型は、この意志を無駄にはしない」
小野寺の言葉は、冷徹な科学者の独白か、あるいは弔いの辞か。
その頃、エルクの地下神殿では、教祖ナヤーがさらなる異形を呼び出す儀式を行っていた。
「グラスホッパーすら、人間が作った鉄の人形に敗れるとはな。……出よ、針の地獄を司る者」
闇の中から現れたのは、全身を黒い鋼のような針で覆った山嵐魔人ポーカパイン。
「……人間どもが密集する場所ほど、我が棘は輝く」
ポーカパインは、その凶悪な針を揺らし、不気味に喉を鳴らした。
翌朝の皇都。
朝のラッシュ時、人で溢れかえる満員電車の車内。吊り革を掴み、誰もが退屈な日常をこなしているその空間に、それは突如として現れた。
悲鳴を上げる暇もなかった。ポーカパインの身体から、無数の鋭い棘が四方八方へと射出される。
逃げ場のない密室。棘に触れた者たちは、その猛毒によって肌を紫に変え、一瞬にして事切れていく。
「ヒヒッ……。逃げ惑うがいい、家畜ども」
駅のホームに滑り込んだ電車から溢れ出したのは、乗客ではなく、絶望と死の毒だった。
通報を受けて千葉中佐率いる部隊が駅構内へ突入する。だが、柱の陰、天井、あらゆる角度から飛来する超音速の棘の前に、隊員たちは次々と倒れ伏していく。
防護服さえ貫通する毒針。千葉中佐が遮蔽物に身を隠し、弾丸を放つが、ポーカパインは自身の針で銃弾を叩き落とし、冷ややかに笑う。
「無駄だ。お前たちの命は、この針一本の価値もない」
駅の構内に、ポーカパインの冷たく、残酷な声が響き渡る。
仲間を失い、死の棘が千葉中佐の眉間に狙いを定めた、その時。
駅の入り口から、空気を切り裂くような重厚な排気音が地下へと轟いた。




