第9話:碧鳥(へきちょう)
猛スピードで廃車が転がる高速道路の直線。
豹魔人パンサーは、ふと足を止め、背後から迫る「音」を捕捉した。それは通常の排気音を遥かに超えた、重厚で破壊的な咆哮——。
「ようやく来ましたか」
パンサーが振り返った先、噴煙を割って漆黒のバイクが滑り込んできた。
キキィッ、と鋭いブレーキ音を響かせ、仮面の男が降り立つ。
「貴方が、我が同輩……スパイダーやバットを屠ったという仮面の者ですか。エルクの教祖より、貴様を殺せとの命を受けております」
「……『クロウ』。貴様ら異形を、闇に還す者の名だ」
「クロウ、ですか。いい名だ。……だが、私の速度に追いつけねば、ただの案山子に過ぎない!」
パンサーの姿が、一瞬で掻き消えた。
「なに……!?」
次の瞬間、クロウの漆黒の装甲に、火花と共に深い爪痕が刻まれる。
「遅い、遅いぞクロウ! 目を凝らしても無駄だ。私は、この世界の理を超えた速さの中にいる!」
前後左右、全方位から放たれる豹の爪。クロウは反撃に転じようとするが、拳が空を切り、逆に背中を切り裂かれる。膝をつくクロウを見下ろし、パンサーが掌に破壊的なエネルギーを溜めた。
「終わりです。貴様の心臓、その速度で貫いて差し上げましょう!」
パンサーがトドメの一撃を放とうと踏み込んだ、その時。
クロウの腰の『八咫の鏡』が、激しく青い光を放ち、周囲の大気を凍てつかせるほどの震動が走った。
「——形態、碧鳥!」
眩い光が弾けた。
現れたのは、これまでの漆黒を脱ぎ捨て、澄み渡る空のような青色を纏ったクロウの姿。装甲はより薄く、翼はより鋭利に。それは「速さ」に特化した、青い鳥の戦士。
「……なっ、姿が変わっただと!?」
パンサーが再び超加速で肉薄する。だが、青きクロウの瞳——「赤い単眼」が、パンサーの残像を正確に射抜いた。
パンサーが爪を振り下ろすコンマ数秒前。クロウの身体が最小限の動きで横へ流れ、がら空きになったパンサーの腹部へ、神速の拳が叩き込まれた。
「ガハッ……!? 馬鹿な……私の速度を、捉えただと……!?」
「逃がさないと言ったはずだ」
クロウの拳から、青い電撃のようなエネルギーがパンサーの全身を駆け巡る。
「ギ、ギィィィィィアアアアッ!」
絶叫と共にパンサーの身体が激しく発光し、高速道路のど真ん中で大爆発を起こした。
爆風が収まると、そこには元の漆黒の姿に戻ったクロウが立っていた。
だが、その肩は激しく上下し、仮面の隙間からは苦しげな呼吸が漏れる。新しい力は、彼自身の体力をも著しく削っていた。
「……ハァ、ハァ……。まだ、身体が……」
クロウはふらつく足取りでバイクに跨る。
遠くからパトカーのサイレンが近づいてくるのを感じながら、彼は一刻も早く休息を求め、夜へと溶け込むように去って行った。




