幕間 金のカードの偉業
リリス
リリアナの母 平民出身 元聖女 リリアナ幼少期死亡
ヘンダーソン公爵
リリアナの父 元王太子 現国王王兄 数日前ラジア大使に刺殺される
金のカードはアストリエ国王の決定により、魔術団団長セマンゲロフに引き渡されていた。セマンゲロフは影響力の多くを隔絶する結界を構築し、その中に金のカードを閉じ込めていた。だがしかし、『それ』いや『彼女』の正体に関する調査は難航していた。
金のカードは全くもって意味不明な存在だ。自らを女神と呼称し、未来から来たと言い、魔王が来ると叫び倒し、金目のエルドラ人を殺せと扇動する。カードから人型の幻影を映しそれに喋らせる技術は未だ開発されておらず、調査に当たったセマンゲロフの報告を聞いたセノイもさすがに頭を悩ませた。そこでセノイはとある人物の助力を仰いだのだ。
セノイは魔術団団長が座する塔の会談を一歩ずつ慎重に下っていた。その片手はリリアナの育ての親である老婆、ハンナ=サリエラの手を引いている。老婆ことハンナは、鑑定眼の使い手である。彼女の目には真実と嘘、その正体を見抜く力がある。セノイは老婆の皺だらけの手を引きながら、その力に少しばかりの期待を寄せていた。
階段を降りて見慣れた魔術団団長室の戸を開けて見てみれば、紙だの実験器具だのが転がりまくった汚部屋がさらに進化を遂げていた。セマンゲロフが机に伏して寝てるのを見るに、連日に渡って金のカードについての研究を続けていたらしい。
セノイはセマンゲロフに向かって小さく慰労の言葉を唱えると実験道具が転がった道を進み、金のカードが閉じ込められた結界の近くに老婆を誘った。金のカードは小さな結界に閉じ込められながらも依然として神々しい光を放っている。しゃがれた声でセノイの横の老婆が問うた。
「これを鑑定すればいいんだね?」
「お願いします。」
老婆が目を閉じる。ゆっくりと開いたその両目には鑑定の魔術式が浮かび上がっていく。
「【金のカード】
自称:世界を守護する女神
形態:魔道具付着型魔術の一種
能力:運を操作する
利用可能魔術:記憶操作 肉体改造 魔術付与」
「まじかよ……」
淡々と鑑定結果を述べる老婆と対照的に、記録を取るセノイは愕然とした表情で言葉を落とす。疑っているのか、と警戒するような老婆の視線を感じてセノイはすぐにまた口を閉じた。
「創造日:アストリエ歴五百六十二年、六月十四日」
今から二年後に作られたのか、とセノイは毒づく。セマンゲロフの古代魔道具に関する報告が頭の中を駆け巡る。
『古代魔道具は『古代』のものじゃない。未来からやって来た。そして、時間軸上のパラドックスが発生しないよう、何者かがこの世界の認識を阻害していた!!』
セノイの背中の皮膚が粟立つ。老婆の鑑定が真実だとすると、古代魔道具が未来からやってきたというセマンゲロフの仮説が妥当であるというこということになる。
「行動原理:魔王および魔物誕生の阻止
製造者……すまない、これ以上の情報は読み取ることが出来ないようだ。」
「ありがとうございます。もう十分です。」
セノイは慇懃無礼に頭を下げる。その瞬間、後ろから伸びてきた腕が乱暴にセノイの頭を抱え込んだ。
「お前何勝手に俺の金のカード触ってんだこのスカシ野郎!!!」
セノイにヘッドロックをかけながら耳元でがなり立てたのは先程まで寝落ちしていた魔術団団長セマンゲロフであった。頭を上げたセノイはすましたまま言葉を継ぐ。
「この金のカードは運を操作するらしい。」
「……運……。」
初めて聞いた単語かのように、セマンゲロフはきょとんと首を傾げる。そしてセノイの肩を両手で掴むと力任せに前後に揺さぶった。
「この世に偶然を底上げする魔道具なんてものはあってはならない実験は100%成功しなければ実験じゃないそもそも魔術論的にアウトなんだよ!何のために宙に浮く椅子で魔力消費していたと!!」
セマンゲロフの早口を今一つ飲み込めなかったセノイと老婆に向かって、セマンゲロフはキエーーーッおいうような奇声を発した。セノイだけでなく老婆まで慌てて耳を塞ぐ。セマンゲロフは深呼吸を一度だけすると人差し指を突きつけながら早口で捲し立てた。
「理解が遅い君達にもわかり易く説明してやろう。魔力とはそもそも何か理解しているかね?」
黙りこくった二人に対し、セマンゲロフは長い溜息をついた。そして、老齢の教授のように物が散らかりまくった室内に円を描きながらセマンゲロフは講義のようなものを続ける。
「無機物と生物の違いとは、意思の有り無しに依る。意思とはこの世の法則、全ての物が滅び行くという定めに抗う力。意思があれば全ての事象に優劣がつく。優れた事象を引き当てたものが生存を手にする。必然的に運の良い意思が生き残る。その意思のうち、魔術を通して物理的な力に変換出来るものそれを魔力と呼ぶ。つまり意思とは魔力。基本的に意思が強い奴程運が良い。現状に対する目的が明確であればあるほど運が良くなる。だが、権力者同士で運を利用しようなどとは考えないほうがいい。相手も同じく意思がある。
それを操る魔道具が存在するなど……!!!最っ高じゃないか……!!!」
だっと走り出していったかと思うと、セマンゲロフは金のカードを閉じ込めた結界の周りで小躍りを始めた。
「カード、カード、金のカード、うふふふふふふふふふふふふ。」
マッドサイエンティストの盆踊りにセノイは一つだけ溜息をつく。それを遮ったのは老婆である。
「金のカードは最初から真実のみを話していたという事だ。つまり金目のエルドラ人が魔王となり世界を滅ぼすというのもまた真実。そして、ギルドはまだ即位しておらず目も金色ではなかったが、女神が魔王になると予言しているのはギルド。ギルド=フォン=エルドランだと……。」
さすがのセノイであっても、目の前で着実に積み上げられていく事実には眩暈がした。
「ギルドが将来、いや二年以内に金目となり、魔物を創造し、世界を滅ぼす。そして女神が創造される。」
セノイはギルドの性格をよく知っている。破滅思想は強いものの、ギルドはそれ以上に優しい。世界をなんの意味もなく滅ぼすなどという事は考えにくいのだ。優しいからこそ終末思想に行きつくという事も考えられなくはないのだが。
「セノイ。運というのは厄介なものだ。お前たちは金のカードを閉じ込めた、圧勝に見えるこの状況もいとも簡単に失われるものだ。自称通り、この金のカードは創世神に匹敵する力をも持つと考えた方がいい。」
老婆がよれたローブを羽織り直す衣擦れの音だけが暫く響く。セノイは保安局局長としての建前を述べることでなんとか会話を紡ぎ出す。
「百歩、百歩譲っての話をしよう。ギルドが確実に魔王になるのであればそれは阻止しなければならない。
だが、それは出来る限り秘密裏に対処するべきものだ。対話を試みることもせず、大々的に、ましては『一般の人間の意志や記憶を改竄して即興の兵士に仕立て上げて魔王の殺害を試みる』などとお粗末という他ない。ってかもはや頭が痛くなるレベルなんだが……他にもあるだろ、例えば生まれる前に殺害するとかさ……いや、だからエルドラが滅んだのか。」
セノイは金のカードが閉じ込められている戸棚のガラスに拳をぶつける。セマンゲロフはそれを見て、女神と意思疎通が取れるように結界の力を一部弱めた。金のカードからあふれ出た粒子が女神の姿を形作る。
「何でしょうか?私に協力してくれる気になりましたか?」
ふわふわとガラスの戸棚を透過しながら姿を現した女神に、セノイは鋭い口調で詰問する。
「お前はいつ過去から戻ってきた?」
「んー、50年と少し前になりますね。」
セノイの頭の中ではエルドラの歴史情報と照合して女神の発言を検証する。
「丁度そのころエルドラの山の輪が崩壊したはずだ。それはお前の仕業か?」
女神はぐっと拳を握って、満面の笑みでセノイに応じた。
「ええ、全魔力投入して頑張りましたよ!!エルドラは、アストリエやラジアと一切関りを持たない民族だったので、無理やり交流を持たせてギルドという人を探すために!!でも、エルドラの山の中にいる神様に邪魔をされて随分力を使っちゃって、それでしばらくお休みしてました。」
エルドラの山の中にいる神と言えば、エルドラの守護神たる金竜のことで間違いない。だが、女神が山を崩さなければエルドラは王家を設立することはなく、そうであればエルドラの王子たるギルドも存在しなかったはずなのだ。女神のやっていることは巡り巡ってギルドを魔王にする条件を整えていると考えることもできる。
これらの考えを一旦腹のうちに仕舞って、セノイは女神に続きを促す。
「ええと、山を崩したせいで魔力がなくなって何もできなくなってさ迷っていたら女の子に拾われました。ちょこっと魔力を分けてくれたので、また喋れるようになったんです。それで、茶色の髪に紫の目の女の子とお友達になりました。」
「茶色の髪に……」
ずっと黙りこくっていた老婆がくわっと目を見開いた。セノイを押しのけ女神の眼前に顔を寄せて結界に口角泡を飛ばす。
「その子の名は!!!答えろ!!!」
「えっとー、うーん、何だったかな、リから始まったような、リ、リー、」
むむむむ、と空を見上げる女神に向かって、老婆は小さく寂しげに呟いた。
「リリス……」
老婆が零した言葉に、女神はぱっと表情を変えるとポンと拳を打つ。
「そうです、リリスです!!!ありがとう思い出せた!!!」
セノイが嫌な予感を胸に老婆の皺だらけの横顔を睨んだ。老婆は苛立ちを抑えるように首を横に振ってから、小さな声で答えを言う。
「リリアナの母親の話だよ。」
老婆は女神に詰め寄り、再び怒鳴りつける。
「それでお前がリリスをどうしたのか言ってみろ!!」
「えっと、リリスは確か平民の女の子で聖女様です。出会った時には既に強力な魔力を持っていました。私は弱り切っていたので、お友達になれたらいいなって思って。」
女神はパチンと手を合わせて、無邪気な微笑みを浮かべる。
「だから王子様と出会わせてあげたんです!!!アストリエ王国の第一王子のあの人と結婚出来たら、リリスは幸せになれるんです。なれたはずだったんです。」
チッと老婆が根深い恨みを込めた舌打ちを放った。セノイは老婆とリリスの関係について問うた。老婆は乾ききっていたはずの目に涙を浮かべながら女神に人差し指を突きつけた。
「この押しつけがましいお節介がリリスを不幸にしたんだよっ……!!!!」
必死に呼吸を落ち着けて、老婆は平静を装った声を出そうと努力する。だが、杖を握るその手は緩く震えていた。
「このくそったれな女神は聖女として教会に仕えていたリリスに予言みたいなのを何度か教えたんだ。その声に従って行動していたリリスは当時王太子だったあのリリアナの父に目撃された。一目惚れした王太子はリリスに王子の魅了を掛けると、彼女を恋に堕としたんだ。」
女神は相変わらずの笑顔で老婆の言葉を引き継いだ。
「私のおかげでリリスは幸せになれましたでしょう?だから今度は私の目的について教えて協力してくれるように頼んだのです。ですが、彼女は魔王を倒すのに協力しようとしてくれませんでした。」
セノイはこの女神を自称する何かに対して、好奇心以上の苛立ちを覚えた。単純な、まるで頭の足りない存在、それが余りにも強大な力を持っているが故の恐怖、そして、次に何をしようとしているのか全く予想が付かないという不気味さ。明らかにされていく人を弄んだという事実に対し、罪悪感が欠如していると言わざるを得ないこの、笑顔。
老婆は指先に血を滲ませる勢いで手に持つ杖に爪を食い込ませる。
「それでこいつは中途半端な時期にリリスから離れた。セノイ、リリスの結末はあんたも知っているだろう?」
当時の王太子だったリリアナの父は、聖女と言えど平民出身の女性を妻に迎えるという事を宣言した。それは貴族を率いる王家の者としてあり得ない行動であったのだ。だが、彼はそんな不義理を通せるほど賢くはなかったし、人心を惹きつける魅力もなかった。
いよいよ立場が危うくなり、廃嫡断種の道だと知った王太子はリリスに全ての責任を擦り付けて追放したのだ。
「リリスは北の修道院で死んだ。この金のカードとやらに利用されなければ、あんな屑男に惚れさせられなければ、ただの聖女としての人生を自らの手で掴み選び取っていたはずだったんだ。」
老婆の酷く悔しそうな顔を金のカードから零れる光が照らす。女神は子守をするかのように左右に揺れながら老婆に微笑みかけた。セノイは憔悴した様子の老婆をその辺の椅子に座らせると、女神を睨む。
「それで女神、その後はどうしていた?」
「リリスは協力してくれなかったので、新しい協力者を探す旅に出ました。色々な人の元を辿って、ようやく見つけたのがジョージです。」
ラジアの大使の愛称だという事に気が付いたセノイは、追及の手を強めた。
「そいつを扇動して十二年前にエルドラを滅ぼしたのか?」
「?……ええ、そうですよ。ジョージについて行った祝賀会で幼いギルドの存在を確認できたので殺そうと思って。ジョージはエルドラの金山を欲しがっていたので国盗りに協力しました。」
セノイは至って平静を繕いながら、女神に続きを促した。
「最近までギルドが死んだと思って安心してジョージと一緒にいたのですが、つい最近私と似たような【運を司る魔道具】の存在を感じまして。ジョージから離れてその存在を確認しに行ったら、ギルドが生きて運を司る魔道具を持っているし、戻ってきたらジョージは死んでるし……ってことで、はぁ、本当に困りました。」
セノイには知り得ないことだが、ギルドがリリアナを伴って牢から脱走した際にリリアナに向かって放たれた矢がギルドの短刀を包んでいた革を破りその正体を現した。その、エルドラの王位を示す短刀には、金のカードに対抗する術式が付与されている。女神はその、短刀が運の力を行使し始めたことを検知してジョージの元から姿を消したのだ。
女神は少しだけふくれっ面をしたが、パッと表情を変えるとまた語りだす。
「まあでも、代わりに地下牢に行って一人勇者になってもらいました!!彼なら渾身の魔術【時間停止】を駆使して魔王を狩ってくれるでしょう!!それで、とりあえず彼が魔王の相手をしていてくれるうちに、アストリエの王子様と協力したいなーって思って。」
「それでウィリアム王太子に接触したという訳か。」
セノイは手に持った記録用の水晶玉を少し動かして、女神の無神経な顔がはっきり映るようにする。
「ええ。ウィリアム王太子は会議で皆に紹介してくれると、でもそうしたら皆に偽物扱いされてこんなところに閉じ込められてしまったんです、でも、ね!!これで分かったでしょう!?ここから私を出して魔王討伐に協力してください!!!」
「検討する、待っていろ。」
セマンゲロフは金のカードの封印の力を強め、女神が発する音を遮断した。一同の間を重い沈黙が支配する。老婆は杖に縋りながらリリスに思いを馳せ、セノイは記録用の水晶玉の起動を停止すると、手近な椅子にどっかり腰を掛けて髪をぐしゃぐしゃ掻き回す。セマンゲロフはどうでもいいように机の上で膝を抱え込んで座って他の二人を見ていた。最初に沈黙を破ったのはセマンゲロフだ。
「事件の裏には全部こいつの影がちらついているってか。」
「こいつの話は全て真実だ。嘘は一つも言っていなかった。」
老婆はセマンゲロフに対して忌々しげに答える。リリスと老婆の過去に何があったのか、老婆が何を知っているのか気になりはするが、セノイは尋ねることすら煩わしく感じる程に集中して思考を巡らせていた。
「女神と協力して魔王を殺害することは出来なくもない……。だがより最悪のシナリオは『魔王になる人を殺害しようとしたら魔王ができるきっかけを作ってしまいました件について』っていうやつだな。それにもし女神を解放すれば『魔王誕生の予言』が国中に広まる。魔王が誕生しようがしまいが、国中が大きく混乱することは確実だ。場合によっては国の運営も立ち行かなくなるかもしれない。」
不安げな心情とは裏腹に、セノイは心底楽しそうな笑みを浮かべている。
「女神に反逆するにせよ女神と協力するにせよ最悪ってわけだ。一番いいのは、女神をどこかしらに隔離した上で魔王誕生を阻止することだが。魔王が、よりにもよってギルドか……。」
保安局局長のセノイであっても、ギルドに対して友情にも似た感情を抱いているらしい。公平な条件の下で死合うのであれば楽しめるものの、いざ寄ってたかって風情もなく嵌め殺しにするのには首肯し難い。そのセノイが逡巡する様を見た老婆は浅く鼻を鳴らした。
「リリアナは絶対にギルドを救おうとする。何を、どんな手を使ってでも。女神の側につくというのなら、運を司る力を持つギルドと、金のカードを含む多くの魔法を拒絶するリリアナ両方を相手にしなきゃいけないんだよ。」
老婆はかつての遣る瀬無さを塗り替えるが如く、セノイに向かって朗々と宣言する。
「私の知る限り、あの二人は最強最悪の恋人同士だ。」
金のカードの過去の動向が明らかになりましたーーー。
金のカードは短絡的な思考が多く、セノイの天敵です。
作者も苦手です。
セマンゲロフは大好き。癒しだ。




