王子様=一人の人間
1万字超えてることが多すぎて、今回5千字未満でめちゃくちゃ不安がっている筆者です。
エルドラの山に涼やかな風が吹く。
その村の少し離れたところの木の前に突如として二人の人影が現れた。アストリエとの会談を終えて帰国してきたばかりのレンタル主従、ギルドとファイである。ファイはアストリエと締結した条約が書かれた紙をひらひらと振った。
「会談、なんとか終わりましたね。目当てのものも最小限のコストで手に入れましたし。あー、緊張が解けて眠い、昼寝しようかな。」
ファイは大きなあくびをして、肩や腕を伸ばし始める。
「ギルド、すごいかっこよかったです。もうなんか、どこの誰が見ても完璧な王子様で、威厳とか圧力が凄くて、なんかランハルト様を超えたんじゃないかってくらいに。」
返事がいつまでたっても来ないことを訝しがってファイが振り返ると、ギルドは呆然とした様子で地面にへたり込んでいた。驚いたファイはギルドの手を握って立たせると、民が待つ村へと歩かせる。
どうなるのかと心配していたエルドラの面々は、無事に帰還したギルドとファイを見て大きな歓声を挙げた。ファイはそんな彼らに深刻な表情で告げる。
「会談はとても順調に終わったのですが、大変な事態が発生いたしました。」
帰国早々のファイの真剣な言葉に、ギルド以外の全員が唾を呑み込む。
「ギルドが壊れました。」
「……ははははは……何言ってんだよ……一体何を……」
目の焦点が合っていないギルドは、その顔に照れ笑いの成り損ないのようなものが張り付いている。ニュクスは近くに居た人に水を持ってくるように頼んで、ギルドを丸太を組んだだけの椅子に座らせる。
「何があったのか話してはくれないのですが……どこか絶対におかしいのです。こんあことになっているギルドは見たことがなくて、」
シリウスが大股で歩み寄ってきて、乱暴にギルドの胸倉を掴んで恫喝する。
「何があったんだ言えよ、この!!」
ギルドは俊敏な動きですぐさまシリウスに殴り返す。シリウスはギルドの全力の拳を顎に食らって吹っ飛んだ。
「痛ぇわ!!力加減わきまえろや熊男!!!」
珍しく激昂しているギルドに、面々はぽかんと口を開けた。地面に倒れたシリウスも、あっけに取られていたが、すぐさま煽り返す。
「誰が熊男じゃ、せっかく心配してやったモガッ。」
ニュクスが弟を容易に捕獲して微笑んだ。
「はいはい、うちの可愛い熊男はこっちで回収しておくからさ。アストリエで何か変な魔術掛けられたとかはないのかい?」
会談では終始忠臣面をしていたファイが、指先に纏わせた銀の光でギルドをなぞる。だがその魔術は、異常を知らせることはなかった。
「それが何も検出出来ないんですよねー。」
ギルドはまた気分が落ち込んだようで、椅子に座り直してぼんやりと空を見上げている。ファイはギルドの頭をわしゃわしゃと撫でる。そうしてからギルドの肩の上で頬杖をついた。
「重いわ!!体重かけんなコラ!」
ファイに寄りかかられたギルドは、姿勢が徐々に崩れて机という名目の丸太の上に突っ伏す。それを皮切りに、レンタルとはいえ一国を代表して戦ってきた王子を元気にしようとエルドラの皆はギルドを構い倒した。
村にいる子供が臆することなく、机に伏したままのギルドの頭を触りに来る。
「変なもの拾って食べたの?!!」
「犬じゃないんですけど!!」
薬草好きのラァラが、頬に手を当て恥じらってみる。
「誰にでもね、言えないことの一つや二つあるものよ、ねぇ?」
「一緒にすんな!!何もやましい事なんかしてねぇって!」
「やましいって単語が出てくるだけでやましい自覚があるって事じゃない?」
「あ゛?」
ギルドがラァラの挑発に乗ってファイを押しのけ勢いよく立ち上がるのを、ニュクスが宥めた。
「一旦落ち着いて、ほら座りなよ。水も飲んで。」
ニュクスから水を受け取って、ギルドは飲む。そんななか、思いつめたような顔でやってきた男の子が、ギルドの前で大泣きしながら絶叫した。
「ギルド王子様~~~~!!気をしっかりもってくださいぃ~~~~!!!王子様が~~いなくなったら、僕たちは~~これから……」
懸命な泣き落とし作戦にギルドはコップを取り落とした。そしてそのまま、頭を押さえて机に突っ伏してしまう。
「どうしたら、ってえっ……?あれ……?」
「みんなありがと。でもお願いだから……ーーーーーーーー。」
ニュクスが耳を寄せて、ギルドの蚊の鳴く様な声で発された呪文を聞き取って翻訳する。
「王子とか、王族とか、王太子とか『王』が付く単語は暫く言わないでぇ…………だってさ。」
その言葉を聞いたニュクスとファイを除くエルドラの民達が円陣を組んでひそひそ作戦会議を始める。
「えぇ?王子様って言っちゃだめなの?」
「だめみたい。」
「なんでだろ。」
「思ったより重症だな。」
「「色々終わってる。」」
「しばらくはニュクスに任せておいたほうがいいかも。」
「じゃあ、こういう元気が出ない時は、あれするか?」
「そうね、食材も余っているし、酒もうまいこと発酵してきたし。」
「ホントは明日やる予定だったけどね!!」
「じゃあ、準備開始!!!」
ラァラの掛け声で、みんなが村中に走る。力持ちのシリウスによって大きな焚き火が組まれ、夕暮れ時には大量の食べ物が用意されていた。ギルドを元気づけようとして七日は分からないが、エルドラの皆は懐かしい歌を歌って、焚火の周りで踊る。
輪の中心から少し離れた場所で、ニュクスはギルドの頭を撫でながら、ギルドの話に耳を傾けていた。
「ちゃんと帰化できるように交渉はしてきたし、見返りはラジアの対傀儡の魔術の方法を教えるだけっていう。」
「うん、そっか。めっちゃ仕事してんじゃん。」
シリウスが焚火から離れてやってくると、旨そうに焼けた肉をぶっきらぼうにギルドに差し出す。
「作戦についてはよく喋るじゃねぇか。それで、何があった?」
シリウスの差し出す肉を掴みかけたギルドの手がピタリと止まる。ギルドは何かを言葉にしようとしてため息をついて固まったと思ったら首をぶんぶん振って、机に伏せる。
「可愛いかよ。」
「おい誰だ今可愛いつったのは。」
瞬く間に覚醒してドスの利いた声を披露するギルド。
「私だよ。」
かわいいといったニュクスは慈しむような笑みを浮かべた。丁度その時、誰かがギルドの背中を叩く。
「ギルドォ、私思ったより酒が弱いみたいで、残念ですぅ~~。」
宴が始まったばかりであるのにも関わらず、酒に手を出して酔っぱらったファイはギルドの肩を両手で掴むと思いっきり揺すった。そうかと思えば机にもたれ掛かって、そのまま寝落ちしかける。
「本当に残念だよ。ギャップ萌え著しいファイなんて見たくなかった。」
ギルドはため息をついて腰を上げるとファイに肩を貸して、彼の寝床へ誘導する。ニュクスは何も言わず、手をひらひら振った。喧騒から離れて、虫の音やフクロウの鳴き声が聞こえてくる。
ギルドは少し迷って、ファイにある質問をした。
「ファイ、もし俺が幽霊を見たと言ったら……信じる?」
「幽霊、ですか?」
ギルドはファイを見ていた目を伏せて頷く。ファイは酒に酔った頬を紅潮させて答えた。
「あのですね、問答無用で追い払います!!」
「驚くとかじゃないの?」
くすくす笑うファイは、今日非常に冷静な忠臣を演じた人間と同一人物だとは思えない。というよりも今のエルドラの雰囲気が、皆の心を子供に戻している気がする。
「我らが王子様はとても素敵でした。特にあの王子の吠え面がかかせてたところが特に良かったです。」
ファイはギルドの手を借りて寝床に転がり込むと、一つ大きな欠伸をした。
「ギルドはギルドのままで居てください。幽霊に怯える無邪気な子供のままで……」
末尾が聞き取れなくなり、やがて静かな寝息に変わった。ギルドは小屋を離れると、水瓶一杯に貯められた水を手ですくって荒っぽく飲む。気分が落ち着いてから出たのは長いため息。
ギルドは今日の会談の最中の事を思い出す。会談のさなかに紅茶を出した侍女、彼女の手首の袖が僅かにめくれており、そこには『紅茶 毒』の文字があった。その情報自体は有難いものだったが、なぜアストリエの人間がギルドを助けようとするのか不思議だった。だから、彼女が何者なのか情報を得ようとして、追跡魔法を通してその魂の色をみてみれば、それが見たことがある紫色で。それが指し示す事実は、目の前の侍女はリリアナが化けているという事で。
ギルドはその光景を思い出して、眉根を寄せる。瓶の水面に映り込んだギルドの影は、彼の心中を表すが如く荒れ狂っている。
死んだはずのリリアナ。彼女が生きていたという事実にギルドはかなり打ちのめされていた。むしろあの会談をエルドラに有利な状況で終えられたのが奇跡という他ない。ようやく現実を受け入れ始めたギルドの頭の中で、リリアナが最期に放った意味不明な吐息が意味を成す。
『大丈夫、心配しないで、眠り姫、死んでも生き返る。』
不死は御伽噺。
神代に失ったとされる神秘。
人類、いや、全生命の夢だ。
ははは、と乾いた笑いが漏れる。
ある者はその謎を暴こうと
ある者はその力を手に入れようと
皆が彼女を欲しがるだろう
リリアナの冷徹な瞳を思い出す。彼女の行動の違和感の多くが腑に落ちる。眠れないと嘆いていたことも、怪我が治らないことも、魔術が作用しにくいことだって、不死の能力の副産物だと仮定すれば多くのことが腑に落ちる。
いやいやいやいやいや。
は?
は???
ふざけんな。
じゃあなんでどうして?
「生きているって、一言だけでいい、なんで教えてくれなかったの?」
ギルドもリリアナを狙う人々と同列なのだと思わているのだろうか。純粋で美しかったはずの懐かしい恋心がじわじわと、得体の知れない黒い何かに浸食されていく。ギルドの目は絶えず揺れ動いた。
「……別にもう何だっていい。」
ギルドは草叢の上に身を投げ出した。ギルドの基礎スキルである追跡魔法は、人の記憶の色を見抜くのだ。魂を持った人間は生きていれば、空間に痕跡を残し続ける。生きてさえいれば。
「俺は、少なくとも俺だけは、リリアナが何処の誰に化けていようと必ず見つけ出せるから。」
ギルドは冷たい影を落とす木の枝に、煌めく星空に、ようやく姿を現した三日月に手を伸ばす。誓いの言葉は夜風に溶けていく。空を見るギルドの黒い目に、追跡魔法の魔術式が浮かび上がった。そしてギルドの視界に紫の光が一筋走っているのだ。だが、それが走っている空間は、どう考えてっも空を飛んだとしか思えない高さなのだ。
ギルドは慌てて地面から跳ね起きた。その勢いのまま村から飛び出し、山の中を走って見晴らしの良い丘に向かって駆け出す。息を急かせて崖の淵に立ったギルドの目は一つの芸術作品を映していた。
その目が見たものは、エルドラの山々の空に網のように張り巡らされた紫の光跡。その線は高くなったり低くなったり、小さな円を、大きな蛇行を描いて描いて描いて、どれも複雑な形が端と端が分からないほどに絡み合っている。それが指し示す事実を、ギルドは理解した。ギルドの頬に笑みが浮かび、黒い両目から感謝の涙が伝う。
金竜に食われるはずだったあの夜、ギルドの命を何度も救ったあの銀色の竜は、リリアナだった。
わあああああああ!!!久しぶりにリリアナギルドペアの話が書けた!!!なんか楽しい!!やったあ!!長かった!!
ファイがリリアナの件をギルドに話していなかったことについては、彼も人間ということで許容していただきたいです。話そうとしていた矢先に、ギルドの王子様偽物宣言があって、エルドラの民に情状酌量を求めたり、レンタル王子様でアストリエに向かったりと、かなりのオーバーワークされています。リリアナに対して若干の嫉妬心に近いものもあって話しづらかったみたいです。
投稿一時間前まで、ギルドさん追跡魔法を作動させず、ヤンデレ化で終わりでした。書き直していくにつれて話の重さが軽くなっていくのはいったい何故なのでしょう。(軽くなるの自体は多分いいこと)
ニュクスのフォローが色々完璧すぎる。




