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幕間 王子様vsレンタル王子様



アストリエの重鎮たちはエルドラの王子と連絡を取る方法に苦心していた。アストリエに逃れた難民の多くは王子に関する情報を持っておらず、直接エルドラの山に向かうにしても溶岩により道が封鎖されており、山を登ろうとするも結界によって拒まれる。


苦肉の策として、アストリエにいるエルドラ出身の者に外交を要請する手紙を散布することにした。その中にエルドラの王子と繋がっている者がいることに望みをかけて。暫く時間は掛かったが、正当な手法による返信が届く。


『アストリエ王国 ウィリアム王太子殿下


会談の申し出、有難く受け取りました。


段取りはそちらでお決めください。国の再興が成った直後ですので、諸々不足があるかもしれませぬが有意義な会談になることを願っております。


エルドラ王国 第三十一代王太子 ギルド=フォン=エルドラン 花押』


その手紙が本物であると証明するものとして同封されていたのは、魔術が掛けられた溶岩の欠片だ。そのパズルゲームのような魔術を解くと、アストリエ市内にすむエルドラの民の名前が浮き上がる。その人物越しにエルドラの王子とのやり取りを行い、会談の日時が決定した。


準備期間を経て、会談の当日となった。エルドラの王子と相対するのはアストリエの王太子であるウィリアムである。彼はアストリエ王城の豪華な広間で、王国屈指の重鎮たちと共に雁首を揃えて待っていた。その隣に立つ、リリアナの異母妹マリー王太子妃の手を握っている。


王城の中庭に空間転移をして現れたエルドラの王子が、定刻通りに室内に案内されてきた。重厚な扉が開いてその中央を一人の従者を連れて歩いてくる。エルドラの王子は成熟しきっていない思われかねないやや小柄な青年であった。まだ子供じゃないか、と嘆息する声がアストリエの重鎮から漏れる。連れは長身の男性一名のみで、その彼もギルド王子とそう歳が変わらない二十歳前後に見える。


その場にいる全員の視線がギルド王子の風貌を射抜く。黒の目に黒い髪。簡素な黒の上下。肩に羽織ったエルドラ王族特有の白のマントが、織り込まれた光の粒を煌めかせる。ゆったりとしたマントの端は左胸の前で王族特有の飾り結びで留められている。だが、マントと短刀を除けばアストリエの平民のおしゃれ着程度である出で立ちにアストリエの貴族は顔をしかめた。エルドラ王子の付き人に対しても同様だ。


「エルドラ王国第三十一代王太子、ギルド=フォン=エルドランです。今日はお招きいただき感謝します。」


ファイの声は端正だが、少年よりも少し低い程度。貴族同士でのざわめきが一層大きくなった。


「エルドラの王子は金目じゃないのか?!」

「可愛らしいお声だこと。」

「王太子妃様に跪いてのご挨拶はなさらないのかしら。エルドラの王子は随分と偉い方なのね。」

「あの服見てよ。休日の騎士団員だってもっと洒落たものを選ぶだろうに。」

「金の産地であったエルドラも随分落ちたものね。」

「それよりもなぜ、王子は部下に喋らせてばかりで自分は挨拶しないんだ?」


そのアストリエ王国貴族が舅姑のようにエルドラの王子とその護衛を見分してはこき下ろす。エルドラの王子はその雰囲気に臆することなく、ウィリアム王太子、王太子妃の二人に歩み寄った。


「見れば見るほど初めてお目にかかった気がしません、アストリエ王国王太子殿下、王太子妃殿下。」


低い、全員を従わせる圧を秘めた声が場に響き渡る。ギルド王子は広間の丁度真ん中まで歩み出て立ち止まった。その視線はマリー王太子妃に向けられる。


「特に王太子妃殿下。目の色や髪のうねりは若干異なりますが、その通った鼻に銀色の髪。眉の付け根、顎の形、額の曲線。」


無礼者!!!と叫ぼうとしたウィリアム王太子をギルド王子は鋭く手を挙げて制する。貴族のざわめきが一斉に止んだ。僅かな衣擦れと呼吸音のみが響く室内。設えられた大時計の秒針が徐々に大きく聞こえる。歯車が噛み合う音と共に一回だけ、ポーンと鐘が響き渡った。

その鐘の音の余韻が完全に消えた頃、憧憬を押し殺したようなギルド王子の黒の目が瞬く。口から滑り出たのは恋人に囁くかのような低く優しい音。


「さすが()()だ。よく似ていらっしゃる。」


ギルド王子の猫撫で声にその場にいた全員が凍りついた。爆弾を投下したギルド王子は優越感すら示すことなく、貴族達の感情を置き去りにして踵を返す。

ウィリアム王太子は去り行くギルド王子の背に伸ばそうと、僅かに手が持ち上がる。その頭の中はギルド王子のたった一言の意味を咀嚼しようと必死に回転している。リリアナの姿は公表されてはいない。リリアナの素顔を知っているのはあの断罪の場に居た貴族と、牢番、関係者数名のみ。それとも目の前に居るエルドラの王子がリリアナの共犯者であったとでも言うのか、そんな考えがウィリアム王太子の頭をよぎるが纏まらず、その口だけが何度か開閉する。


動揺を隠しきれな王太子妃、二の句が継げない貴族たち。無言を貫く侍従。ただ一人、この会場に当のリリアナを紛れ込んでいるのを知っているセノイは、カオスすぎる状況に全力で爆笑したい気持ちを堪えるのに必死になっていた。


「今日の本題は会談でありましょう。」


ウィリアム王太子に向かって、ファイが冷酷に告げる。


「何卒宜しくお願い申し上げまする。」


ギルド王子の背を守りながらファイは軽く、それでいて完璧な会釈をした。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖



会談の準備が慌ただしくなされる。セノイは、あの粗野であった悪友がエルドラの王子としてアストリエ貴族を黙らせた状況が面白おかしくて仕方がない。


「あの恋愛奥手挙動不審の漆黒のハイエナ君が。」


セノイは壁を向いて笑いを嚙み殺していた。その肩は細かく震えている。その背中に部下が声をかけた。


「室長?なんか外交課から言伝預かってるんすけど。」


セノイは咳払いをして高揚感を振り払うと、部下の手紙をひったくった。


『情報室室長 セノイ殿 ぎっくり腰をやってしまった 大変急で申し訳ないがエルドラ王子との会談に私の代わりに出席してもらえないだろうか 若い人同士でよろしく頼む  外交課』


セノイは部下にも手紙の内容を見せる。


「ぜってぇ仮病だろうが。さっきのマウント合戦ごときで泡吹かされやがって。」


そうは言っても、外交課の好々爺はセノイの養祖父に当たる人でもある。セノイの情報室室長の職を融通してくれたのも好々爺のおかげだ。


「この忙しい時に!!!!」


セノイは忌々しげに叫ぶと、足早に廊下を歩きながら長い茶髪を解きより高い位置に括り直す。その顔は、新しい遊具を手にした子供のような純粋な笑顔が浮かび上がった。


「ほんとに大丈夫っすか、室長?」


引き継ぎの書類を抱えた部下が、小走りでセノイを追いかける。


「外交は専門分野じゃないでしょうに。」

「俺の心理戦の技巧は師匠のお墨付きがある。それに、」


セノイは気合を入れるために、自分の頬を両手で軽く叩く。上唇が持ち上がり、鋭い犬歯が肉食の獣のように煌めいた。


「よく知った相手にミスなんてできるかよ。」

「それはいったいどういうことで……」


セノイは部下の質問に答えず、控室の扉をノックする。主であるウィリアム王太子に会釈と軽い打合せをして、王子に続いて会談の場に入った。ほぼ同時に反対の扉から悪友のギルド王子とファイとかいう部下が入ってくる。


侍女たちが4人に着席を促した。ファイは侍女の接近を拒むと、自分でギルド王子の椅子を引いて着席を促す。そして彼自身はギルド王子の左側、剣を握らない側に立つ。侍女がファイに着席を何度も促すも、ファイは頑として譲らなかった。


満を持して、セノイが会談という名の政治駆け引きの火蓋を切る。


「『金竜の申し子達に挨拶を申し上げる』。」


流暢なエルドラ語を操ってエルドラ王子の反応を伺う。ファイは答えられず、代わりにギルド王子が口を開く。


「女神の御加護が陽の光のように、皆に等しく降り注ぎますように。」


酷く無感動な声。かろうじて悪印象に聞こえないのは、その言葉が神官たちが使う最上級の言い回しだからだ。


「まずは、故国の奪還おめでとうございます。」

「全ては民の意地と金竜の御加護のおかげです。」


セノイの導入に答えたのは、ギルド王子の後ろで控えたファイだ。このファイとかいう付き人は煽てれば乗ってくるタイプだと察したセノイは、魔術に対する純粋な興味のみを態度に示しながら情報を引き出していく。


「エルドラが国力で大きく勝るラジアに勝てたのは、エルドラに伝わる魔道具のおかげだと聞きました。よろしければお聞かせ願えませんか?」

「先祖から伝わった魔道具のおかげもありますが、一番は傀儡の魔術を解析したことでしょう。」

「それはどのように解析されたのでしょうか。我が国もラジアの脅威に晒されておりますので、どうかその技術を教えていただければ幸いです。」


ギルド王子はファイを振り返って頷く。ギルド王子が重々しく口を開いた。若いのにも関わらず古老を思わせる思慮の深さが、アストリエの王族との格の違いを見せつける。


「それは構わない。だがエルドラからも貴国へ要求がある。エルドラの民の中に、彼らの意志でアストリエに帰化したいと言う者たちがいる。どうか彼らにアストリエにて臣民の権利を与えて欲しい。」


セノイは人好きのする微笑みを浮かべてギルド王子を見る。


「エルドラの民を保護し、自国の民と同等の権利を約束するには時間と金と労力が必要になります。それにラジアとの国交を悪化させるわけにはいきません。」


悪態を交わしあったのが夢であったかのように、ギルド王子とセノイは慎重にかつ大胆に立ち回る。彼らは自分の要求を最小限のコストで買い叩くゲームをしている。その盤上では、メンツや威勢が手札、情報が切り札となる。


「端的に仰ったらどうです?」


ギルド王子の後ろに控えたファイがセノイを睨む。セノイは、ファイではなくエルドラの主を凝視しながら単語を発した。


「金。」


ギルド王子は顔の色一つ変えず、退屈そうに机の上の花を眺め続けた。

融通していただけないだろうか、と言葉を継げば、ファイはまたそれか、と顔を顰めるのを隠そうともしなかった。


「火山の噴火により、主要な金山は埋もれてしまいました。それに我が民たちは金よりも明日の食事を豪華にするほうが大事なのです。」


ファイの擁護をセノイは聞き流して、ギルド王子の顔を見つめながら真剣に訴えかける。


「では、我が国がエルドラの金山の一つを採掘する許可を頂くということで手を打ちませんか。」


もちろんセノイはたった一つという約束を守るつもりなどない。一つ飲ませた要求を釣り上げて、最終的にはエルドラの全てを手に入れる。倫理的にどうだという話ではない。目の前に有望株のギルド王子が敵側として存在している。セノイの最も得意とする政治というチェスを全力で楽しめる状況なのだ。こんな機会そうそう訪れないだろう。さあどう出るか。


エルドラの王子は黙し、深く考え込む。あと一押しだというところで口を開いたのは、なんとウィリアム王太子であった。彼の顔には若干の侮蔑のサインが浮かんでいる。


「数十年後のエルドラの発展のためには、金の生産に励まれたほうが良いのではないだろうか?」


先程マリーを貶められたという腹いせも乗っかって、乱雑かつ上から目線の物言いだ。アストリエの常識からは正当な道理であることは分からなくもないが、セノイが必死になって仕掛けた罠ごと空気感をぶち壊す結果となった。


「金山だけは絶対に譲る気はない。」


大御所よろしく暫く黙っていたギルド王子がウィリアム王太子に鋭く返す。強い語気が、ウィリアム王太子を慄かせる。ギルド王子は机のふちをゆっくりと、人差し指でなぞる。黒のまつ毛の下から獲物を射すくめる獣のような黒の目が、ウィリアム王太子を射抜く。


「数千年先まで残る金竜の毒を、山々にまき散らすわけにはいかない。」


セノイの優勢が一気に逆転されてしまった。そして沈黙が二つの国を分断する。ウィリアム王太子にあれほど挑発に乗らないよう言い含めていたのにも関わらず、最悪のタイミングでギルド王子の反感を買ってしまった。ギルド王子は、一度閉じた心の壁を二度とは開いてくれない種類の人間だ。ウィリアム王太子が自分の部下ならば、苛立ちに任せて怒鳴り倒している。


「他に有効な提案がないのなら、交渉は決裂だな。」


ギルド王子は静かな面持ちで告げる。立ち上がるのとファイが椅子を引くのは同時で、息の合った主従であることは間違いない。セノイは興ざめしたチェスに投了のサインを出した。


「お待ちいただけませんか。どうか、ラジアの傀儡の魔術の対抗策だけは教えていただきたい。」


冷たい黒目がセノイを睨む。


「アストリエに帰化するエルドラ人達の同化政策は万全な対応を以て進めさせていただきます。」


その言葉に納得したのか、ギルド王子は元の席へと戻る。それを待っていたかのように侍女が紅茶を出す。ギルド王子はその侍女を見て、僅かに驚いたような表情をする。さすがのセノイであってもウィリアム王太子の尻拭いに手一杯で、それが何を意味するのかまでは理解が追い付かなかった。


数時間かけて様々な調整が終わり、公的な文章が締結される。


「お疲れでしょう。エルドラの皆様を部屋に案内させて」

「申し訳ないが我々はここで失礼致します。」

「晩餐会には」

「丁重にお断りしたはずです。申し訳ありませんが、民が待っておりますので。」


長時間の会議を通して直立不動で立ち続けていたファイは、ギルド王子が立ち上がるのと同時に椅子を引く。


「有意義な時間に感謝する。」


エルドラの王子はウィリアム王太子に一言だけ告げると、その傍を悠然と歩く。近付きざま、ウィリアム王太子はギルド王子を睨む。ギルド王子は、ウィリアム王太子を路傍の石を見るかのような横目で一瞥しただけだ。その背後を護るファイが、アストリエの面々に向かって慇懃無礼な礼を送る。


ギルド王子の目線はウィリアム王太子の背後に立つセノイに移った。セノイは僅かにだけ、おどけるように肩をすくませてエルドラ代表に賞賛を送った。ギルド王子は目を緩ませて首を僅かに傾け、セノイに応える。


一同が解散した後、ずっと頭を下げていた侍女がゆっくりと顔を上げた。慎ましやかでそれ以上に上品な、王宮に相応しき侍女。微笑でエルドラの一行を見送った。そして、ギルド王子が一切手に付けなかった紅茶を引き下げる。


その仕官服の下で白い石が嵌め込まれたネックレスが、揺れる。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖



「あんだけ威勢よく飛び出しておいてほぼ負けてきたのはさすがにかっこ悪いっすよ、室長!!」

「だよなぁ~~……」


セノイは情報室室長の椅子に身体を投げ出して、右に左に椅子を回す。天井を見上げて光る魔道具に向かって絶叫する。


「ああああああ~~~~~!!!!!!好々爺あの野郎。惨敗するって分かってたから俺に譲ったのかよこん畜生が!!あと少しだったのにあのクソおう」

「はいはいそれ以上言ったら不敬罪っすよ()()()。」


セノイは今日の交渉で釣れたであろう利益の大きさと、それを失わせた王太子のプライドの小ささを鑑みる。明らかに釣り合わない。


「大体、専門家でもないのに突っ込んで」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~。」

「……くそ長溜息ついてもどうにもなりませんよ。」


そんなことセノイは分かってはいる。だがどうにも腹の虫が収まらない。部下の言う通り、ここでイラついても何の役にも立たない、それだけは分かる。


セノイは耳につけたイヤーカフを人差し指で弾く。通信魔術が起動すると同時に、冷徹な女の声が飛んでくる。


「ねぇ、エルドラの王子に飲ませるはずだった紅茶、どこに廃棄すればいいわけ?」

「ああ、そこまで強い魔術じゃないから、飲み残しとして流しちゃっていいよ。」


話を聞いていた部下は、あんぐりと口を開けた。


セノイは、まるで恋人に語り掛けるような口調で、イヤーカフ越しにリリアナに語り掛ける。


「リリアナ。辛いこと命令しちゃって、ごめんね。」


通信魔術は無言で切られた。リリアナの心が揺れて余裕がなくなりつつあるのをセノイはひしひしと感じている。リリアナの全てを手に入れるのはあと少しだと察したのか、セノイは満面の笑みで仕事机の上を眺めている。一人、セノイの行動についていけない部下は、自身の机を叩いて立ち上がった。


「は?待ってくださいよ室長、エルドラの王子に何しようとしてたんですか?!」

「何って、鑑定魔法に引っかからないちょこっと状況判断力を鈍らせるおいしい紅茶を出して差し上げただけだけど?」


何でもないように答えるセノイに部下は開いた口が塞がらなかった。長い沈黙の後、部下は一枚の紙をセノイに提出した。


その封筒の表面に書かれていた言葉は、『転属願』だ。

いやぁ、セノイが、鬼畜。ウィリアム王太子がいなければ、ガチでエルドラは大変なことになっていました……

いや、例えレンタルだろうがここまでやれるギルドとファイが息ぴったり主従すぎる。


結構最近に書いた章。お読みいただきありがとうございます↓

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