レンタル王子様=報酬は後払い
更新遅れました。この話はほぼ新品(過去の草案にはほぼ一切なかった)です。
いや細々したところ全然書き足りないけど、これでもくそなっが!?
エルドラの火山が噴火して数日が経った。
ファイはエルドラやラジアの情報を集めてきて、ようやく起き上がれるようになったギルドに報告していた。
エルドラの低地に築かれた都市は溶岩に埋もれ全滅した。死者、行方不明者0人。ファイが傀儡の魔術を解析して、エルドラ領内の人間は外へと行進させたためだ。倒壊家屋は凡そ5万戸。10万の人間への支援がラジアの財政を圧迫することになっている。まるで気味が悪いくらいに、ギルドの作戦通りに事が運んだ。
「そうか、上手く行ったんだ。」
ニュクスの村の中の一つの小屋の中。木の骨組みに草を葺いただけの簡素な屋根の下、むき出しの土の上に敷いた毛布の上にギルドはいた。別の毛布を羽織りながら、柱に背をもたせかけている。そして小屋の中で焚いている炭火で冷たく冷え切った手を温めていた。
「ええ。奇跡的に、ですが。」
ファイはギルドの隣に座り込んで銀糸のような魔術式を紡いでいる。まるで刺繍をするかのような繊細な手つきだ。ギルドに報告をしながらもその手は休めない。
ギルドが金竜を相手にしている間、傀儡の魔術に関する計画が順当に運んだこと、そしてファイが考案したもう一つの魔術ーエルドラの山全体を結界で取り囲み外界からの侵入を遮断する作戦が成功したこと。溶岩に含まれていた膨大な魔力を結界の構築に転用したのだ。
薬草好きのラァラが、小屋の入り口の薄布をのけて入ってくる。はい、といって深緑色の液体が入ったコップを有無を言わせぬ調子で突き出した。その味を骨身に染みるほど味わいつくしたギルドは嫌そうな顔を隠さなかった。
「おや、ご自分がご自分の身体にどんだけの無体を強いたのかご存じではない、と仰るのですか?」
「ギルドの体調は?」
ギルドの隣のファイが、魔術を編む手を止めて深刻そうな顔でラァラを見る。
「とりあえず火傷に打ち身はあんたが魔術で治したから痕は残らないとして、生命維持に必要な魔力を殆ど全部使っちゃったんだよ。だから暫くは体力も魔力も赤子並み。【一回休み】だよ。」
ギルドはしぶしぶコップを受け取ると、その中身を胃に押し込む。
「可能な限り早く治す。」
「それならさっさと旨いもんでも食わなくちゃね。」
ニュクスが小屋に入ってきて、豪快に鍋を焚き火の上に置く。追いかけるようにしてシリウスが杓子と椀を腕一杯に抱えてくる。貴重な肉の入った鍋の匂いがあたりに漂った。
「さて、ここらで一度現在の状況についておさらいしておこうか。お互いに知らない状況を共有しておこう。」
ニュクスがギルドの真反対に座って鍋をかき回す。そしてシリウスが差し出す椀の一つ一つに鍋料理を注ぎ入れる。エルドラの王子であるギルド、その補佐役のファイ、エルドラの山の中で穏健派を率いていたニュクスとラァラ、アストリエで復讐を企てていたシリウス。エルドラを率いる勢力の代表が一つ屋根の下に集っていた。
最初に口を開いたのは過激派を率いていたシリウスだった。
「俺たちはエルドラの山に戻ることにした。ただ、ニュクスの村に合流するには人数と付近で採れる獲物の数が少ないから、一山二山離れたところに村を構えようと思う。」
事前にニュクスとも相談していたようで、ニュクスがシリウスの言葉に合わせて頷く。村ではずっと食べ物係を担っていたラァラが手を挙げた。
「金竜が暴れたことによる獲物への影響はあるにはあるけれど、少し遠くまで狩りに行くだけでなんとかなりそうだよ。」
「それはよかった。食べ物の件がどうしても気がかりだったんだ。」
族長試しを発案したギルドが安堵の溜息をつく。
「じゃあ、現状エルドラ内部の問題は片付いたみたいだね。こちらからもいくつか言わなくちゃならないことがあって。エルドラが滅んだ根本的な原因について。」
「原因?ラジアの話か?」
シリウスの軽い返答とは裏腹に、ギルドの心は重い。
「【運】を操る魔道具がこの世に存在する。その魔道具は金のカードみたいな形をしていて自分の意志を持っている。目的は『金目のエルドラ人の抹殺』。」
鍋を頬張っていたラァラやシリウスの手が止まる。ギルドはゆったりとした、無感動な口調で続けた。
「十二年前、金のカードはラジアを扇動してエルドラを襲わせた。狙われたのが当時の王の祖父と王子の父上。そして今回、俺が王子に即位したことで金のカードが再び動き始めた、狙いは多分俺。」
その小屋の誰もが沈黙した。ただ一人、ギルドは手の中にあるコップを回す。まじかよ、と半ば唖然としたシリウスがつぶやいた。
「父上が金のカードと似たような運を操る魔術を開発して、この金竜の短刀に宿した。どれくらいの効果があるのかは分からない。むしろ金のカードの圧倒的優位は変わっていない気がする。」
ギルドはファイが示してくれた、金竜の短刀が露見した時刻と金のカードが大使の手から離れた瞬間が一致すること、それを思い返しながら言葉を発した。その状況を既に知っているファイが後悔の入り混じった表情で補足をする。
「つまり、十二年前みたいにエルドラが再び襲撃されるかもしれないということです。」
「じゃあどうすんだよ。」
ずっと黙り込んでいたニュクスがようやく口を開いた。
「王族制度を廃止するか、金のカードを捕まえるか、ってことになるね。今の話を聞けば、金のカードを捕まえるのは難しそうだ。」
「じゃあ王族を廃止するのか?」
先程からキョロキョロしっぱなしのシリウスの問いに、ギルドは一つだけ頷いてみせる。その傍ではファイが愕然とした顔をしていた。
「……それはエルドラをなくすということですか?」
「俺たちの知っていたエルドラはなくなる。エルドラは100年前の、山が開かれる前の生活に戻っていくだろう。エルドラの民が王の名の下一か所に集まりすぎてしまえば、獲物が足りなくなる。」
不安げに目線をさ迷わせるファイに、ギルドはゆっくりと優しく声を掛ける。ニュクス達は黙ったまま、二人の問答の行く末を見守った。
「王族がいなくなるのが気に入らない?」
「それは、そうですけど、言い分も分かります。」
ファイはギルドの傍ではなく正面に回り込んで、居住まいを正した。
「一つだけ、教えてください。いつからですか?」
ファイは膝の上に置いた指を服に食い込ませる。ギルドはその様子を見て、手で弄んでいたコップをラァラに返す。ラァラは半ば呆然としながら受け取った。ラァラのその手の中でコップが何度か跳ねる。
「いつから、王族が不要になるって分かったのですが?」
「エルドラの町がラジアに汚されているのを目撃した時に腹が決まった感じかな。金竜を呼び出してエルドラの山の中で暮らすことになるだろうって。そうしたら、民は強制的に一箇所に集まれなくなる。だから王族が民を管理する必要がなくなる。」
その場に居る全員が絶句した。幼いころ金竜に怯えていたギルドが誰よりも怖がりであったのは事実だ。だが十二年の時を経て、その怖がりは何十年先何百年先を見通す力に進化を遂げていた。
「十二年。俺が国を出てから十二年。父上の遺言のせいで復讐は禁じられていたとはいえ、国を取り戻す手段を考える時間なんて幾らでもあった。」
柱に寄りかかったままのギルドから漏れ出す静かな声が、小屋の中に朗々と響く。合間に響く焚火の音だけが、この合間にも時間が流れている事実を感じさせてくれる。
「エルドラは取り戻した。あと【王子】としてやり残したことはエルドラに戻りたい民を呼び集めること、アストリエに留まりたいと願う民が快適に暮らせるように交渉すること、くらいかな。」
ギルドはファイが引き寄せてくれた椀を、口元に運ぶ。その手が細かく震えている事に苛立ったように首を傾げてから、やや冷めた液体を一口だけ啜る。
「金のカードが俺の殺害を目論んだときは、俺はエルドラから離れる。金のカードの狙いは金目のエルドラ人だ。」
ギルドに即位を急がせたのはファイだ。俯いたその顔からは重い責任を感じていることが伺える。だが、ギルドはなんだかすっきりしていた。それがなぜなのかはよく分からない。
「ちょっと待ちなよギルド。」
ギルドを制したのはニュクスだ。ギルドの黄色の目がニュクスの柔和な印象を与える顔を見上げる。
「その目、偽物だろう?」
その言葉は、その場にいるギルド以外の人々に地面が割れるかのような衝撃を与えた。全く気が付いていなかったシリウス、ラァラが一斉にギルドの黄色の目を覗き込む。だがファイは、ニュクスに食って掛かった。
「そんなはずがないでしょう?!!何をバカなことを!!だって……」
ギルドは黙って焚火の火を見つめていた。その目の色は黄色だ。金に見えないこともないが、ギルドの父のような神秘的な輝きを秘めてはいない。
「でも金目の魔術は王族にしか、」
「『アイ・チェンジ』」
ギルドはアストリエの魔法を詠唱する。その言葉が終わるや否や、その目から黄色の光が消えた。愕然としたファイの身体が地面に崩れ落ちる。シリウスが肩を怒らせて立ち上がる。
「俺たちを騙していたのか!!!」
「そうだよ。」
ギルドの黒い目はシリウスの怒りを正面から受け止める。一切の動揺を見せないギルドとは裏腹に、シリウスの顔が恐怖に歪んでいく。
アストリエだろうがエルドラであろうが、王子ではない人間が王子であると偽って強権を行使するなどあってはならない。それは国というルールを根本から覆す詐欺と何ら代わりのないことだ。
その罰は死刑ですら生ぬるい。なぜならこんな事を一度許してしまえば、国という制度、王族という制度が崩壊するからだ。
「ニュクスだけがこの目の嘘に気が付いていた。皆王子の座を特別視するけれど、その内実がどんなものかなんてこれっぽっちも見ていないってこと。これでよく分かったでしょ?」
ギルドは自身がもたれる柱の傍に置いてあった金竜の短刀を手元に引き寄せる。そしてファイの眼前に放った。
「何を、」
「約束したはずだ。もし俺が判断を間違えたらその時は、と。ファイの好きにしていいよ。これは王子を語ってエルドラを騙した重罪にあたるよね。」
「あ……」
地面に打ち捨てられた金竜の短刀は紛れもない本物の輝きを放っている。シリウスはいらいらとした調子で小屋の中を歩き回った。
「なんで、なんで、即位してなかったんだよ。ちゃんとしていればこんなことには」
「なんでだろうね。」
もうなんの秘密も隠す必要がないギルドは、刀を見ながら眠そうに答える。金竜の短刀は焚火の火を受けて、身動ぎしているようだった。
「ああ、昔好きになった人がさ、王子様がそれはそれは嫌いで、大っ嫌いで。だからかもしれないね。」
「その、そのお方は」
「うん、もう死んでるよ。」
ファイは知っている。族長試しのあと、ファイが追い出した鷲こそ恐らくギルドの言うその人物なのだと。だが、不死身など御伽噺である、ファイもあの夜見たことが未だに現実であったのだという確信が持てない。そしてそんな不可解にして繊細な話を、エルドラの民がいるこの場で明らかにできるわけがなかった。ギルドの黒い目が静かなままファイを射すくめる。かつてファイがギルドに即位を促した時と同じように、今度はギルドがファイに向かって王族を滅ぼせと厳命している。
「……一晩、一晩考えさせてください。」
ファイはその言葉をなんとか絞り出すと、ギルドが差し出した金竜の短刀から逃げ出すようにして小屋から出ていった。重苦しい空気が続く小屋の中で、ギルドが再び椀に口を付ける。少し冷えてしまっている汁に浮かんでいる山菜を最後まで飲んで、椀をシリウスに返した。
「ギルド。あたしが今日この場でお前の秘密を暴いたのはどうしてだと思う?」
ニュクスの問いにギルドは黙って首を横に振った。睫毛の下で半開きになった瞼が眠そうに何度か上下する。
「時期は多少狂ったけれど、計画には支障がでない。」
「その計画って、何?」
「エルドラが今後山の輪外の人々に襲われないこと、ニュクスが作ったこの村を他の考えを持つエルドラの民から守ること。エルドラの民が時間に急かされることなく、理不尽な決まりごとに振り回されることがない国。」
最悪今日死ぬかもしれないという状況にも拘らず、本能に任せてうとうとと船を漕ぎ始めるギルドを、ニュクスはやりきれない苛立ちを込めて呟いた。
「あたしは、お前のその神経が理解できないんだよ。」
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さらに数日掛けて、族長試しで失ったギルドの体力はみるみる回復していった。立てるように、歩けるように、長時間起きていられるようになっていく。元に戻っていくというよりは、新しく生まれ直したような心地だった。ラァラはギルドが王子ではないということを知っているが、態度は一切変えなかった。前の王子がいたのは何年も前の話で天地がひっくり返った訳じゃなし、金竜が大暴れしたことに比べればなんかちっさくてどうでもいい気がしてきた、ニュクスの村に居る民はあんまり気にしていない、とのことだ。
それを聞いて、ギルドはくすっと笑った。
一日考えさせてくれ、といったファイは数日経った今も何やら忙しそうに動き回っている。シリウス率いる元過激派は『ギルドが王子としてシリウスを力で捻じ伏せて従わせた集団』なのだ。ギルドが王子ではなかったことで反発するのは当然のも当然だろう。
今朝村にいた人々は、幼子とその世話をする数人を残してどこかに向かったようだ。ギルドはがらんとした村の中で、すっかり細ってしまった身体を解した。ギルドの腰より低い背の子供が抱っこを所望する。ギルドは笑顔でその子を肩に乗せて少し走ってやる。子供は嬉しそうな歓声を挙げた。
「最近お兄さん……体力ないから休憩……していい……?」
「や~だぁ~!!!」
ギルドの背後の空間が歪んでファイが現れる。ファイは、ごめんね、と子供に謝りつつギルドの肩から引きはがした。
「や~だぁ!!!高いところ、もう一回、もう一回!!」
ギルドはファイによって地面に降ろされた駄々をこねる子供に視線を合わせて、その頭を優しく撫でた。
「また今度、ね。」
そのギルドに、ファイが無情に告げる。
「一緒に来てください。」
ファイがギルドを連れて行ったのは、ニュクスの村から少し離れた空き地であった。その狭い空間に数百人ほどのエルドラの民たちが集結していた。その中央に開いている輪の中に、ニュクスが立っている。ニュクスはいつも通り、赤い一枚布でその小柄な身体を覆っている。その表情は明るく、だがいつもよりも真剣みを増していた。
ニュクスがギルドを認めて手を振ると、ファイは民を押しのけてギルドをニュクスの横に誘う。その場に居る誰もが口を噤んで、真剣な面持ちだった。
「今から、何をするか分かるか?」
「王族試しであれば、受けて立つ。」
ギルドは輪の中央で、腰に帯びていた金竜の短刀の留め金を外す。王子たるもの、逃げる事は許されないのだ。
「今日は少し趣向を変えようじゃないか。話をしても構わないかい?」
「構わないよ。」
ギルドの視線の先にはファイが神妙な面持ちで立っていた。
「ギルドは、」
ファイは一度言葉を切って、観衆に宣言する。
「ギルドは即位していなかったこと以外、何も間違ったことはしておりません。ただし、王子として余りにも完璧過ぎる。まるで、同じ人間とは思えないほど。」
「そうか。それが不満か。不満ねぇ……ふふふっ、ははははははっ!!!」
「何がそんなに可笑しいんだ?」
ギルドは周囲の反応を差し置いてゲラゲラ笑った。ニュクスやファイが痛ましいものでも見るかのような顔を向けてくるが、ギルドはそんな事なんてどうだって良かった。
ギルドは自分の心に生じた本当の願いが何かを知っている。民が、富と権力という名の暴力に惑わされず助け合いながら生きていくこと。金竜の短刀の力が、ギルドの願いを叶えてくれたらしい。ニュクスならそれを皆で叶える事が出来る、ギルドの瞼の裏にはその数十年先の光景がありありと浮かんで見えた。ギルドは金竜の短刀を撫でながら嘯く。
「やっぱり俺は運がいいんだよなぁ。」
ギルドは王位の証である短刀の柄をニュクスに捧げるようにして持つ。そしてゆっくりと地面に膝をつく。ニュクスはやや驚いたようであったが、ギルドをきつく睨み下ろしている。
「これは、あたしの勝ちってことでいいのか。ギルド、ギルド=フォン=エルドラン。」
「もう俺の役目は終わったから。」
ニュクスが次の王位の短刀を持つ民で、ギルドは心底安心している。エルドラの山間で再会した時から、その人を惹きつける資質を信じている。ギルドの金目の偽装を最初に見抜いたニュクスの観察眼を、信じている。ギルドはその願いと共に、ニュクスに金竜の短刀を差し出した。
「さあ、次の王子様。戴冠の言の葉を。」
ニュクスは迷うことなく、柄に手をかけて引き抜く。ギルドは、どこからともなく湧き上がる眠気に身を任せるようにして目を閉じた。金の短刀が振り上げられ、空を切る音がした。その切っ先はギルドの首の遥か手前を、空を切り裂いた。ギルドが目を開けば、ニュクスは短刀を突き上げて民の方を向いている。
「さあ、これでエルドラの王族は死んだ!!!私たちは」
「一体何を言っているんだ?」
ギルドの喉から流れ出たのは、底冷えするような冷たい冷たい声だった。
「そんな中途半端なことで、みんな納得できるわけが」
「お前は王子だったのだろう?少しくらいはエルドラの民を信じたらどうだ?だよなぁ、みんな!!」
そう民に語り掛けるニュクスの背後から、声が上がった。赤子を抱いたままのその人はニュクスの村で一緒に焚き火を囲んだ仲だ。
「私たちの恩人が王子じゃなかったなんて、もう今更どうだっていいんですよ!!こないだくれたイノシシのお肉おいしかったです、また狩ってきてください!!!」
若い、だみ声の男が前に進み出て、シリウスの肩に腕を掛ける。
「俺はシリウスと一緒に大使を殺して死ぬ予定だったんだぞ!!!あんたのおかげで今日も元気に生きちゃってんだよ!!!!責任とれよ、お前も逃げんな!!!」
木の枝を杖代わりにした老齢の男性がしわがれた声を張り上げた。
「わしは、最期にエルドラに戻れただけで、もう満足じゃ!感謝するぞい!!!」
ギルドの黒い目から、頬に涙が伝った。それを心底不思議そうにギルドは涙をぬぐった。
「ギルドーー!!!私は、お前が嫌いだーー!!もう少し、もう少し、一年でも早く戻ってきてくれていたら死なずにすんだ人もいた!!!だけど、だけどさ、ファイとニュクスとシリウスとラァラが一生懸命頭下げて、お前のことを許してやってくれっていうから、仕方ないっていうか、」
ギルドははっとして、ファイを振り返った。ファイはギルドに対して、照れるようなそぶりを見せる。その人はぼろぼろと涙を零して、涙声があたりに響き渡る。
「ちゃんと幸せになれよ!!この大バカ者!!」
その続きの言葉はみんなが思い思いに話し出して、耳のいいギルドでも誰が何を言おうとしているのか分からなかった。だが、その表情から、ギルドの存在を肯定して、励まそうとしてくれているのがよく分かる。
ギルドは、顔を両手で覆って地面に崩れ落ちる。ギルドが唾を飲み込んで、喉仏が上下した。皆がその一挙一動に注目して、歓声は徐々に静まる。小さなちいさな声がその手の中に漏れ出す。
「みんな、ありがとう。」
ニュクスはギルドの肩を抱いて、その背を優しく撫でる。ギルドを半ばゆするようにして、ニュクスはギルドにエルドラの民を代表して礼を言う。
「よくやった、もう十分よくやってくれたよギルド。12年間、ありがとう。本当に、本当にお疲れ様。」
その言葉でギルドの嗚咽は、長い長い孤独から責任から解き放たれた者の泣き声に変わっていった。ギルドは子供のように泣いた。泣いて泣いて、今まで胸の内にしまっていた激情をエルドラの木々の間に響かせる。
ギルドの肩を抱きながら、ニュクスはエルドラの山々に響き渡らせんばかりの大音声で叫んだ。
「たった今、エルドラ最後の王子が滅んだ!!!我々は、もう、何者にも縛られない、自由な国の民になる!!」
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ギルドが王子でなくなった日から数日が経った。ギルドの体調は殆ど元に戻り始めていたから、狩りの練習をと山登りに出かけた。一人ではまだ危ないからと山の暮らしに慣れているニュクスも一緒だ。ニュクスが温泉で体を洗っている間、ギルドは少し離れた小高い崖の淵に歩み寄った。
ギルドは崖のわきに生えていた一本の木に登って腰掛ける。そうすれば、エルドラの谷底を一望することが出来た。金竜ー金色に光っていた溶岩の跡が黒く伸びて盆地を埋め尽くしている。族長試しのあの日から何度も雨が降り、発生した土石流が残っていた建物や畑を全て押し流してしまった。
その光景の荘厳さ、金竜の力の強大さに、ギルドは今更ながら身震いする。背後から、なじみのある足音がした。ギルドはニュクスが戻って来たのかと木を飛び降りて、身体が凍り付く。ニュクスの身体は本人のものだが、魂が、瞳が異なっていたのである。ニュクスの皮を借りた金竜は、その金色の目でギルドを一睨みした。
「久しぶりだな、黒兎。」
「せめて先触れくらい出してほしいんだけど。」
ギルドが苛立ちを隠さずものを言う様を見て、金竜はからからと笑った。
「あの金竜こ封印は、解除操作してから暫くは封印が続くように作られた。それをあのように力尽くで壊すとは。」
金竜は、笑顔だ。満面の笑みで、シリウスが踵落としで封印を粉砕した光景の思い出し笑いで腹をよじっていた。
「まさか逃げおおせるとは思わなかったものでな。我は族長試しに大いに満足した、褒美としてその才覚に見合ったものを与えに来た。」
「金目か?」
金竜は沈黙で肯定する。エルドラの昔話ではよくあることなのだ、気に入った人間に金竜の所有物であることを示す、金の目を授けに現れる金竜の話。その逸話を基にして、エルドラの王族は自らの目の色を金色に変えたのだ。だが、エルドラを滅ぼした金のカードの狙いは金目なのだ。今貰うわけにもいくまい。金竜はギルドが金目を固辞する本質的な理由がその心の中にあることを見抜いたようだった。囁くような声で、ギルドに神託を下す。
「普通になりたい、か。そんな願いが叶うはずがない。」
痛いところを突かれ願いを否定されたギルドは、金竜の言葉に拳を握った。金竜の目は、そんなギルドを憐れむように眺める。
「既にお前は、人ならざる者に惚れているしな。」
今度は訳が分からないという表情をするギルドの頬を、金竜はいとし子を抱くかのような手つきで撫でる。
「お前はいつか人の身を超え、我等の、神々の末席に名を連ねることになる。」
その確信に満ちた言葉は、戯言だと一笑に付そうとするギルドの心の奥底に深く刻み込まれる。ニュクスの瞼の内にある金色の目が、ギルドを挑戦的に眺める。
「黒兎、その日は近いぞ。」
最後にそう言い残して、ニュクスの身体から金竜が離れていった。地面に倒れかけるニュクスをギルドは支えた。
「勝手に体借りるなんて、金竜の野郎。まあでも、山の欠けた輪を塞いでくれた対価としては十分。お釣りがくるけれどもさ。」
ギルドは嘆息して、ニュクスに金竜の暴言を打ち明ける。ニュクスは、そうか、と言って考え込んだ。二人の沈黙の間に、風が涼やかな音を運んできた。ギルドは立ち上がって、音の成る方に居場所を知らせる声を発した。暫くすると熊避けの鈴を身に着けた、ファイとシリウスが獲物を担いでギルドの傍にやってきた。
黒い金竜の川を見ながら四人で少しだけのんびりしていたところで、今度はファイと親交の深いであろう民の一人がこちらに走ってくる。その手には、赤い蝋で封をされた手紙が何枚か握られている。
「大変です!!えっと、エルドラの王太子殿下にっていう手紙がアストリエに残ったエルドラ人に配られているらしくて、でみんなにとりあえずここにもって行けって言われて。」
ギルド、ニュクス、ファイが一枚ずつ手紙をひったくって広げた。アストリエの文字が読めるギルドとファイがさっと目を走らせる。どの紙にも同じ内容が書かれていた。エルドラの王子を招いて交流がしたいとのことだ。
「これは……」
「王子案件、ですね。」
二人から内容について軽く説明を受けたニュクスは、外交上アストリエとの首脳会談級の交渉が必要であるということにすぐ思い当たったようだ。だがアストリエの貴族はエルドラが王族制度を廃止しているということを理解できるはずも、尊重できるはずもないことも、その場にいた全員が察した。ニュクスは重々しく口を開く。
「ギルド、レンタル王子様を引き受けてくれないか?もちろん報酬は出す。」
ギルドはもちろん引き受けるつもりだった。だが報酬について、はて、と考え込んだ。今欲しいものは多くない。だけど、いつか見たいと思っていたものはある。
「いつかでいいから、ニュクスの舞を見たい。皆で宴を開いてさ、そこでニュクスが踊ってよ。」
「……金竜の舞?そういえば、そんなのあったっけ。」
ニュクスは頬に手を当てて少し考え込む。
「分かった、練習しておく。」
「あ、じゃあ私は酒で。まだ飲んだことないんで。」
しれっと、ファイも報酬を要求した。ギルドがファイもついてくるのか?と視線で問えば、ファイは視線で愚問だ、と返す。
「当たり前だとも兄弟!!!果実酒が美味いらしいぞ!!そこの爺さんが作り方を知っているらしいからな、作っといてやるよ!!」
シリウスがファイの頭をふざけ半分で殴る。
「痛い!!何してくれてんですか、この暴力熊男!!!」
そう言って、ファイもシリウスの頭を叩き返してやる。ニュクスとギルドは微笑まし気に二人がじゃれる光景を見つめていた。ここは昔の王宮ではない、少しくらいの喧嘩も行儀の悪さも許すくらいの余裕は十分にある。
「じゃあ、アストリエの貴族にとびっきり強いエルドラの王子様を見せつけてやるとするか。」
「一国の代表としてばりばりに磨いてやりますけど、お覚悟は?」
ギルドはファイに向かって柔和に微笑んで魅せる。
「頼んだ。」
ファイが仰々しく臣下の礼をとる。エルドラの空気に似つかわしくないその仕草を見て、ニュクスは笑った。
ふと、そよそよと湿度の高い風が吹いた。ギルドは空を見上げる。ファイも追って空を見上げた。
「どうしました?」
雲がちではあるが、青空の見える空。にも拘らず、ギルドは断言した。
「嵐が来そうだ。」
十年間ギルドの頭の中(金竜殲滅作戦を思いつく前)
「最適解としては盆地の最奥から追い出すのがいいな。しかし、数万の人間を追い出す若しくは殺す為には、街道を塞いで援軍が来ないようにするのがセオリーか。だが五百前後の戦士を二つに分けて行動させるのは流石に無理がある。隙を作るには魔術を使用出来なくするみたいな高等技が要るがアストリエで出回っているのは軍事機密……盗めないことはないが魔力認証を突破するのに骨が折れる。ラジアからの万単位の援軍が来るまでの猶予は少なく見積もって三日、逆算すると制圧を一日以内に終わらせないと勝機がない、魔力不使用位のトンデモ要素を一気にぶち込まないと形勢逆転は不可の」
ずっと考えてたと思う。
セノイに近付いたのもアストリエの技術盗む為だったりして。
アストリエ、エルドラ、ラジアそれぞれの国民性を表わす指標を頭の中で決めていたりします。
新しい内容を受け入れられるか、同調圧力の度合い、民の思考パターンのばらつき、自己意思決定能力、個性のばらつき、国に対しての共通認識などなど。
アストリエは、私が勝手に思っているリアルな人の集団に寄せて設定しております。対するエルドラは、一般的な人の集団が取りうる値よりも統治しやすいというか、『物語上において理想的な民』で設計しております。多分、エルドラの国が滅んだ直後のエルドラの平均年齢が高い状態であれば、ギルドが同じことをしたら問答無用で王位を奪われていたでしょう。ギルドの王子としての能力は私の基準値では最強クラスなのは間違いないのですが、民も理想的なのがエルドラという国です。
今回、この話は構成ゼロのところから書き上げたので遅くなりました。
けっこうエルドラの民の性質が善寄りに何度も修正されています。かろうじてあったエルドラの民に囲まれた裁判?シーンの変遷を辿ると以下の通りに
初期案リリアナの断罪的な感じ→次案ファイ&ニュクスが王族試しでギルドをぶちのめす→第三案ニュクスがギルド否定派をパワーで捻じ伏せる雰囲気に→今
初期案では、族長試しの同伴者がシリウスでなくファイだったり、ファイが溶岩に巻き込まれて片足失っているルートが存在します。ニュクスは当初、シリウスと一緒に過激派にいましたし、王座をかけて双子でギルドとバトりました。火山シーンでは、ギルドは普通に町ごと全ての人を溶岩の下に沈めていましたし、なんなら封印の解き方もその周辺の動きもめちゃめちゃ違った気がします。
結構一度執筆した後は他の案の存在が思い出せなくなるので、没案のお気に入りのギルドのセリフ張っておきます↓
「俺はそもそも王子なんて柄じゃねぇ!!理想を演じるのってめっちゃ大変だしキツイし!!判断ミスるだけで多くの人が死ぬかもしれない!!それを一生涯続けろと?無理。無理です!!」




