幕間 金のカード
セノイはセマンゲロフのところへ証拠の収めた箱を持って出向いた。扉を開けて最初に目撃したのは、目の下に隈がこびりつき、ボロボロのローブに顔の半分が隠れたセマンゲロフの貧相な顔だった。セノイは彼を押しのけて部屋に入る。
「ネックレス……かえして……」
「ネックレスはこちらで保管する。」
「じゃあ椅子、宙に浮く椅子。」
「ネックレスの魔力で吹き飛んだ。」
「残骸は?」
「廃棄。」
地べたに寝っ転がるセマンゲロフ。脚をバタバタと振り回して幼児並みの反抗を見せる。
「ええ〜~そんなぁぁ〜〜うそでしょお…………無体なこと言わないでよぉ〜〜……あれ結構頑丈だったんだよぉ。ネックレスの魔力の痕跡残ってるはずじゃん何で捨てたのこの分からずやが!!」
「お詫びにもっと面白そうなものを持ってきたのだが。」
「やだやだ!!やらない!!やだ!!ネックレスがいい、ネックレス返せ!!」
「……めんどくさ……」
セノイはセマンゲロフの頭の横に屈むと、箱から水晶玉を取り出す。セノイは知っている、どうせセマンゲロフが水晶玉の映像を見さえすれば機嫌がすぐに立ち直ることを。水晶玉に手をかざして映像と音声を垂れ流せば、セマンゲロフは寝転びながら水晶玉の映像を凝視した。映像が途切れると、セマンゲロフは最初からもう一度見せろと命令する。結局セノイは地面に寝転がったセマンゲロフの為に何十回も水晶玉を起動する羽目になった。
「もうそろそろ何かしゃべって欲しいんだけど?」
その言葉に、セマンゲロフはびくりと身体を震わせた。どうやら、映像を凝視しすぎて我を忘れていたらしい。
「おおぉ……俺は今……時代の最前線に……。信じられない未知の存在俺の大好物……っ。核は、核はないのか?」
「核?」
「長時間作用する魔術には必ず実在する核が必要になる。あのネックレスのようにさ。」
セノイは貴重な記録である水晶玉を箱の中に戻す。そしてセマンゲロフに、いい加減床から起き上がるように促した。セマンゲロフは相変わらず熱に浮かされたように語り続ける。
「こういう魔術は強力で複雑な分、核から離れることは難しい。核があるとしたらこの城の内部にあるはずだ。どんなものかは見当が付かない。だがどうか探し出してほしい。解析して弄繰り回して薬品につけてもろもろ実験したい。」
「お、おう。」
「女神の核については技術的にもオーパーツ、古代魔道具と見做したほうが良いだろう。意思の力を底上げする人知を超えた力……いいねぇ……最高だ……今日は最っ高の一日だ。」
夢見るように頬に手を当てて踊りだすセマンゲロフ。そのステップは、床に散った論文やメモ用紙を器用によける。そろそろ会議の準備をしなければ、と立ち去る雰囲気を見せたセノイの背中に頓狂な声が響いた。
「……あ。そういえば、エルドラの金目の事なんだけど。殺すんなら金眼は寄越せよ!エルドラの金眼は拝む必要がある!」
ぐるりとセノイに向かって、唾を吐き散らす勢いで詰め寄るセマンゲロフ。困惑気に何故かと問えば、セマンゲロフは目を輝かせる。
「エルドラの金目は特殊なんだよ!!アストリエの王族の目や髪の色は血統に組み込まれた魔術で生まれつき発現する。身分や血統を詐称できないようにとの配慮から、一般の美容整形魔法とは魔術の仕組みが根本的に違うしセキュリティも高い。だけどエルドラの魔術は後天的に付与するんだ!!その上一度入れたら外せない。その不可逆性の仕組みがずっと前から気になっててさぁ。解析したいんだよ。噂では土着信仰の神がどうたらこうたら言われているけど真相は一切闇」
セノイは途中から、書類をまとめてセマンゲロフの執務室から脱出していた。会議までの時間は幾分もないのだ。だが、塔の下からセマンゲロフの負け惜しみのような声が響く。
「取ってきたらちゃんと保存魔法掛けるんだぞ……!」
棟の螺旋階段を上っている途中であったセノイは、手に抱えた箱に長髪を滴らせながら悪態をついた。
「……サド野郎……」
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王国の緊急会議が開かれた。広々とした会議室の中央にはきらびやかなシャンデリアが灯っており、その下には円卓が置かれている。円卓から少し離れた上座には、玉座が設えられている。
本日の緊急会議は、エルドラの火山が噴火したことによって発生した諸問題に関する会議だ。リリアナは自死しヘンダーソン公爵の殺害容疑がかけられていた大使は病死し攻め寄せんとしていたラジアは撤退の傾向にあるとのことで、このところ会議を支配していた緊張感が幾分か和らいでいる。
進行役の宰相が、議題の書かれた紙にざっと目を通す。
「それでは定例会議を開始いたします。最初に……」
「その前に、少しよろしいでしょうか。」
宰相を遮ったのは王太子ウィリアムだ。彼はその場に集った重臣たちの視線を浴びながら、胸元から白いハンカチを取り出して、丁寧に広げた。白い布の下から顔を出したのは金色に光る拳ほどの大きさの、まるでトランプのカードのような物体。
「このカードに女神様が宿っていらっしゃいます。」
静まり返っていた議会が一気にざわつく。セノイは隣に腰かけていた魔術団団長セマンゲロフが『あれが核だ』という声を聞き洩らさなかった。
「どう見る?」
セマンゲロフは小さく詠唱すると瞳に術式を宿す。しばらく王太子の手の中にある金のカードを凝視し続ける。
「例によって術式は読めるけど、解読できない。」
「古代魔道具が未来から来たという与太話か?」
「ガチだ。」
金のカードが一層強く輝いた。その光が消えるや否や王太子ウィリアムの背中に女神が顕現する。議場がどよめいた。女神は白い布を纏わせ、金色の後光を浴びせながら、円卓に座るアストリエのお偉方を見回した。上品な口元から、可愛らしい声が響く。
「えっとー、皆さんこんにちわ!!女神です!!」
にこにこと無邪気に微笑む女神。次の話題をと、ウィリアム王太子が助け舟を出す。
「女神様、昨晩私にしてくださった例の話をもう一度教えていただけませんか。」
「あ、はいはい!!えーっと、この世界に魔王が来ます!!彼は魔物を作り出し、世界を席捲します!!私は未来から来たので知っています!!」
「魔物とは何ですか?」
「優先的に人間を襲う異形の化け物のことです!!」
「魔王とは?」
「金目のエルドラ人のことです!!」
円卓の周囲に立つ人は、二の句が継げなかった。なぜならば、この女神という存在は神というには精神が幼い気もするし、神々しさはあるが発言が突飛すぎる。その存在をアストリエ上層部が許容するには、説得力が足りなかったのである。
はぁ、と最初に嘆息したのは宰相であった。
「目の色と民族だけではさすがに誰かまでは分かりませんよ。未来のことが分かる?馬鹿馬鹿しい。終末思想など学童期の子供ではないのですから、もっと他にマシな言い方があるでしょうに。」
ウィリアム王太子は動じることなく、宰相に物申す。
「そう思うであろうことは重々承知していた。だが。」
「まさか王子、」
口を挟んだ外交課の好々爺にも真剣なまなざしを向けるウィリアム。
「私は、女神のこの予言を信じております。」
会議室が一気にどよめく。国王が手を持ち上げる。やや時間が掛かるが、その喧騒は波を引いていった。
「根拠は?」
国王の問いにウィリアムは席を立つと、敬勢をとる。
「魔王が生まれる芽を摘む労力と、魔王が生まれた際に生じる被害を修復する労力。天秤にかけた際、先に手を打っておくのが得策かと断じた次第です。」
国王は、口元に蓄えた髭をゆっくりと撫でている。
「ふむ。」
「お待ちください。」
外交課の好々爺が発言を求める。国王がそちらに視線を向けて頷いた。
「エルドラ人は基本黒目黒髪です。そうではないものが生まれることもありますが稀です。ただし、確実に金目を持っている存在がいます。」
思い当たった、重鎮組がざわつく。ウィリアム王太子は首を傾げた。
「女神にご確認したい。金目というのはエルドラの王族を指している、お間違いありませんか?」
「ええ。」
女神のさも当たり前のことを、という表情とは裏腹に会議は紛糾した。なぜならば、エルドラの王太子と言えば否が応にも噂話が耳に入ってくる。
「あのエルドラの王子を敵に回すのは!!!まずい、まずいぞ!!!」
無理もない、殆ど露わになっていない事実に噂話が捻出され、さらに尾ひれがついているのだ。溶岩で町一つを地の底に沈められる魔力持ちだとも、気に入らなければ敵も味方も殺してしまう冷血漢だとも、不死身だとも、人肉を食すとまで言われている。外交課の好々爺が、セノイに事実のみを述べよと指示を寄越す。
「我々の情報によれば、どこからともなく現れて、僅か数日でエルドラの過激派と穏健派を統一した。エルドラの町一つを溶岩の底に沈めた。傀儡の魔術を解析し、それにより、エルドラの土地に居座っていたラジアの国民を一人残らず国外に追い出した。これのみが事実です。」
セノイの証言は、紛糾した会議場にさらに油を注ぐ結果となった。
「化け物ではないか!!」
「今、ラジアは難民の対応と金山の喪失により混乱状態にある。一方エルドラは平地を失ったとはいえ、むしろ戦意高く勢力を拡大している!!エルドラを敵に回すなど愚策だ!!王子お考え直しを!!」
「ですが、エルドラの王子を見逃せばより酷い結果となる!未来から来た女神さまがそう仰っているのです!!」
「そもそも、女神とやら、その発言が真実だとは思えぬ。」
「そんな酷い!!嘘なんか一つも言っていないのに!!」
一気に噴き出した反発にざめざめと泣き出す女神。錫杖が大理石に打ち付けられる音が響く。国王が重い口を開いた。
「もうよい!!」
もう一度、錫杖が打ち付けられる。会議室内は完全に静まり返った。
「女神よ。残念ながら我々がエルドラを、エルドラの王子を敵に回すことが出来ぬ。」
「「そんな!」」
女神と王太子の叫び声が重なった。それを制するように国王が二人を睨みつける。
「女神の本懐が未来を守ることなら、我々は現在を守らねばならぬ。ウィリアム。その金のカードを魔術団団長に渡せ。」
「ですが、」
「渡せ。」
ウィリアムは納得していないようであった。だが、国王の命令は絶対だ。金のカード侍従は侍従の手によりウィリアムから遠ざけられた。手元にやってきた女神を見つめ、セマンゲロフは好奇心で目を輝かせる。上気した頬を両手で押さえる様子は、完全に恋する乙女のそれである。
「会議を続けよう。」
国王が宣言する。外交課の好々爺が、発言を求める。
「エルドラとの国交を計っておくべきではないかと。ラジアは弱体化したとはいえ、油断はなりません。それに、エルドラには金があります。」
「だが、危険ではないか?山を噴火させるような野蛮な民族と繋がりを持つのは……」
湧いた反論を、好々爺が笑顔でセノイに押し付ける。
「強大な敵にはむしろ対話の場を設けるべきかと。相手の要求も状況も知っておくことで不測の事態の際、強力な手札になります。それと、傀儡の魔術。」
アストリエでも、十二年前のラジアによるエルドラ侵略。そこで使用された術式の強大さと悲惨さは伝え聞いている。
「エルドラが有効な対抗策を保持しているのなら、それを共有してもらうべきです。それに個人的な情報ですが、エルドラの王子は極めて合理的で最低限の争いしか行わない性格をしているかと。」
会議はセノイの手を離れ、外交課の好々爺や宰相らの手に戻っていく。結果、エルドラの王子と接触を図り、親交を深めていくという方向性の元、議題は次へと流れていった。
他に大きな論争もなく、終始不機嫌そうにしていたウィリアム王太子をそっちのけにして会議は終了した。セノイは、円卓の椅子に座ったまま重鎮たちが会議室から居なくなるのを待つ。秘書たちが資料を片付け高官達の後を追う。セノイは給仕係をしていたこれと言って大した特徴のない侍従の背後に忍び寄った。
「あの女神をどう見る?」
侍従、もとい侍従に扮したリリアナは肩を飛び上がらせ、睨むように振り返る。
「魔術は専門外。」
彼女は手早くティーカップを集めてお盆に乗せると、ワゴンを運ぶ。それをセノイが追いかけてその耳元で囁く。
「あの女神を人間だと捉えると、どういう過去を辿ってきたと考えられる?」
リリアナは身を翻してセノイから距離を取ると、無言で未使用のティーセットを振り分ける。暫くの後、リリアナは真面目な考察を以て答えた。
「知能はそこまで高くない、詳細で的確な嘘をつける可能性は低い。まるで親の命令を愚直に遂行する童のよう。」
リリアナは貴族たちの飲み残しを、手早く桶の中に注ぎ入れる。透明な水が音を立てて茶色い液体に混ざる。
「あれに目的を与えた親玉がいるでしょうね。」
「だが古代魔道具も女神も未来からやってきた。その首魁とやらはまだ存在していない可能性すらある。セマンゲロフの解析待ちになるか。」
セノイは壁にもたれかかって唸る。その様子を見たリリアナは、くすっという鼻息のようなものを漏らした。
「何?」
「何でも。」
リリアナはセノイに背を向けて、侍従としての仕事を再開した。
いや、セマンゲロフ個人的に大好きだ。見てて癒される。(セノイの感覚に似ている。)
ちなみにセマンゲロフは実験大好き物騒発言野郎ですが、これでも上からの指示がない限り人体実験等を行うことができないといいます。違反するとセノイの耳に入ります。セノイはセマンゲロフがいつ一線をこえてしまうのかひやひやしているそう。
自室の綺麗さ
リリアナ→結構綺麗好き、本が多い、古くてもいい家具を最小限使用。勝手に物を動かされるとイライラするタイプ。
ギルド→自室を持たない、持ち物少なすぎる。風来坊気質ゆえ自室を整備しない。
エルドラの民→物は最小限しか持たない。共有物が多い。
セノイ→書類が積み上がってる仕事部屋。国家の犬すぎて本来の自室にはベッドしかない。
セマンゲロフ→カオス。研究資料で床が埋まっている。
サン→珍しい武器をコレクションしすぎて武器庫と呼んでも差し支えない。刃物が多い故整理整頓はする
ウィリアム&マリー&クラリス→片付けは侍女の仕事。
よくおよみくださいました。眠いです。誤字脱字元気な時に修正いたします。
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