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王子様✕お姫様vs神

山場でございます。

ニュクスは村にいる幾人かの人々と過激派から合流した人を集めて山を登り始める。薬草を煮込んで薬を作りたかったラァラは口を尖らせた。


「なんでお出かけしようなんて言ったんですか。栗だって十分蓄えがあるんですよ。」


ニュクスは黙って、先頭を歩きながら獣道を進み続ける。うっそうとした木々の向こうに開けた広場があった。その中央までニュクスは走っていって、その風景を見回す。


「ここだ、ここだよ。」


ぽつりとつぶやくニュクスに、ラァラは不思議そうな視線を向ける。


「族長試しをしたギルドは、金竜から逃げおおせてこの反対側にやってくる。」

「なんでそんなこと分かるんですか。」


ニュクスと共に村の中核を担う友が、半眼で問う。


「夢を見た。」


何でもないように言うと、ニュクスは村の皆を振り返る。


「族長試しの準備しておくぞ!手伝ってくれ!」


いくつかの道具を持ち出してきた民はニュクスの指示の通りに協力して木を切り、物資を運んだりと慌ただしくなる。人の輪から少し離れたところで、壮年の寡黙な男性が黙々と作業している。切り落とした大木から鉈で小枝を払っていく作業だ。やがて鉈を切り株に食い込ませ、満足げに顔に滴った汗を拭う。その胸元の服の隙間が、汗とは少し違う何かがきらりと光る。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖



シリウスが率いていたアストリエの拠点は、放棄する手はずになった。ここはアストリエの諜報部に嗅ぎ付けられていたし、放棄するにしても痕跡が残りすぎているということで、跡形もなく破壊するということになる。ファイが過激派の人々をエルドラの山の中へ転移させている間、ギルドとシリウスは、拠点の中に破壊の魔術を仕掛けていく。


「結局、族長試しは誰がやんの?」

「俺だけど?」


ギルドは柱に掌を当てながら事も無げに答える。ギルドは常人とは桁違いの魔力量を誇る。それはギルド自身の血統、英才教育、努力、その全てが齎した妥当な結果である。それを潤沢に活用した破壊の魔術は、岩をも跡形もなくかき消してしまうだろう。ギルドはそれらを建物の基部にいくつも仕掛けていく。


「俺、いいこと思いついたんだよ。」

机の上に飛び乗って手を叩くシリウス。


「金竜から逃げる時にファイがいれば、王族試し難なくクリアできんじゃね?」

「確かにそうだわ。」

へへへ、と、得意げに胸を逸らすシリウスの背後に、ファイが音もなく現れて言った。


「残念ですけど。金竜の尾は強力な魔力を持っているので金竜の付近では私の【転移】を発動することは出来ません。」

「はぁーー??」


シリウスはファイを振り返り、分かりやすく凄んだ。ファイはその様子を見ても冷静なまま説明する。


「転移先に誤差が生じるんですよ。木や岩に埋もれて死にたいなら別にいいですけど。」

「ファイ、傀儡の魔術の解析は?」


「まあ、大使が研究所から詳細な報告を受け取ってくれていたおかげで、術式が分かりました。それに、ラジアは自国民を監視するために傀儡の魔術の簡易版を自国民に掛けていました。あと数日あればその制御権も奪うことができそうです。」


ギルドは頷いてファイの肩を叩き、その努力をねぎらった。そして、ファイの耳元で、ほかの民に言葉が聞こえないように気を付けながら言葉を発した。


「エルドラの領内にいるラジア人を全員山の輪の外へ送り出すことは出来ないだろうか?」

「嫌ですよ。何のために侵略者共を助けてやらなくちゃならないんです?」


ファイはあからさまに機嫌が悪くなる。ギルドは諦めず、その計画の目的を告げる。


「金竜にお目覚め願えば、エルドラは奪還できる。だが、エルドラを維持していくにはそれだけじゃ足りない。ラジアを弱体化させたい。ラジアは制度上は民主国家だ。エルドラから逃げ出した十万人を超える民たちに支援をしなければならない。そうでなければラジアの首脳部はバッシングを受けることになる。」

「なるほど、ラジアの民を生かすだけでラジアに打撃を与えられるわけですか。」


ファイは顎に手をやって、暫く考え込む。やがてその顔に、得意げな、だが意地の悪い笑みが浮かんでくる。

「おい、二人で何こそこそしてんだよ。」


シリウスは、机の上からギルドの眼前に飛び降りる。そして背の低いギルドを上から見下ろした。


「族長試し、俺が付いて行ってやるよ。」

「なんで?」


ギルドは首を傾げる。族長試しは全てギルドの仕事で、助力を得ることなど一切考えていなかったという顔だ。シリウスは、思いっきり舌打ちをするとギルドを睨む。


「俺が付いて行ってやるって言ってんだけど、ありがとう、は?」

「なんで?危ないよ?」

「そのまんま返してやるよこんにゃろ!!!」


シリウスはギルドの耳を掴む。昨日ニュクスにも耳を引っ張られたギルドは口の中で、この双子が、と毒づく。


「族長試しは危険だ。命の保障なんてない。だかー」

「だから俺が付いて行ってやるんだって!!」


シリウスはぶっきらぼうにギルドの言葉を遮った。ギルドが諦めたように嘆息すると、シリウスは引っ張っていた手を離す。


「ありがとう、は?」

「……ありがとう。」


ギルドの声はしぶしぶといった体であったが、伏せた顔は若干の微笑みが浮かんでいた。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖



そうこうして準備が進み、族長試しの当日になった。シリウスとギルドの二人は金竜の住まう山を上っていく。


「なんで徒歩で来たんだ?ファイに送ってもらえばいいのに。送るのくらいは出来るだろう?」


シリウスの文句に、ギルドは朴直に返答する。


「ファイにはもっと大事なことを任せている。」

「【族長試し】より大事なことってある?」


ギルドはシリウスの質問をはぐらかす。山の中腹の丘に一本松が立っている。そこから、エルドラの街並みを見下ろした。黒い蟻ほどに見える人々がエルドラの輪の隙間に沿って行進している。


「あいつら、どこ行くんだ?」


視力の良いシリウスはその光景に気が付いたようだ。


「知らねー。まぁ帰ってこようとて、エルドラにあいつらの家はねーよ。」

「それはそうだな。」


エルドラ盆地の最奥の山を見上げる。日が失せて黒々とした山が聳えている。ギルドとシリウスはナイフを取り出すと生い茂る草木を刈り、山頂目指して登り始める。


金竜の山の天辺は平らで草木がない。ギルドはその地面を足で砂を蹴った。現れた地面は土と異なり白い色をしている。暫く二人は百年分の土を退ける作業に没頭した。現れた遺跡は、緻密な魔法陣を刻んだ舞踏場の床のような遺跡。


魔法陣の中央には拳ほどの長さの、一文字の窪みがある。ギルドはベルトから金竜の短刀を抜き、短刀の幅と窪みを合わせてみた。ぴたりと一致する。


ギルドは期待を胸で膨らませて窪みに金竜の短刀を差し込んだ。だが反応がない。


ギルドは短刀を抜き差ししたり捻ってみたり、叩いたり蹴ってみたり、おおよそ古の力を呼び起こすには場違いすぎる行動を繰り返した。しかし、それらしい反応はない。


「どけ。」


シリウスはギルドを押しのけると、短刀の正面に立つ。


「こうやるんだ。」


シリウスは、短刀に足をかけると持ち前の膂力でじわじわ押し込んでいく。ファイが見たら絶叫しそうな光景に、ギルドは口角が上がるのを堪えきれない。だが、ある程度押し込んだところで再び動かなくなってしまった。


「やり方が違うのかもしれない。一旦引き返して有識者を。」


シリウスは短刀から足を離す。そして、その図体からは想像がつかないほど高く、頭より高く足を掲げる。


「ふんッ!!!」


軽い気合と共に、シリウスの踵落としが炸裂した。ガリンという音と主に食い込んだ短刀が封印術式の核を完全に破壊した。ギルドが足で踏みしめている地面ー白い石に描かれた緻密な魔法陣は短刀が刺さった部分からひび割れが走る。ひび割れが金色に光り、地面の下にいる何者かが頭を擡げるようにもこりと膨らむ。


「お出ましだ、逃げるぞ!!」


シリウスの怒声がギルドを正気に戻す。ギルドは短刀を何とか引き抜いて駆け出しながら、金竜を振り返って煽る。


「70年待ち望んだ【族長試し】だ、地下ミミズ。捕まえてみやがれ!!」


二人は脱兎の如く山を下る道へ駆け出した。二人の頭の中で昔何度も聞かされた先人の教えが蘇る。


ー金竜に捕まれば二度と地上には戻ってこられないー


ギルドは金竜の短刀を納刀すると、足を必死に動かして山を転がるように下る。シリウスも金竜の恐ろしさは伝え聞いているようで、その顔面は蒼白だ。


ー【族長試し】は迷った奴から死ぬー


背中から轟音が響く。火山の山頂から空を覆うほどの金竜がー溶岩が柱となって吹き出した。火の柱は赤くなっては金に輝き、時々紫の雷光が散る。人間など歯牙にもかけない金竜の恐ろしさは熱、光、音、揺れ、振動、硫黄の匂い全てが伝えてくる。


赤の礫の一つが飛来して、正面の大木に覆い被さる。木は身を捩って燃え上がる。そして今までの噴火が前座だとでも言うように、大きな揺れがギルドとシリウスを襲う。


地面が揺れとともに垂直に傾いていく。


(岩盤が崩れる……!)


ギルドは木にしがみつきながら、数秒かかってようやく理解する。後ろを振り返れば溶岩の川がすぐ後ろに迫って来ていた。


「ギルドッ!!」


シリウスの声の方へ振り返ると、シリウスはいつの間にか遠くにいた。そしてその間には地獄の入口のような谷が口を開けている。裂け目は岩盤の滑りと共に広がり、二人の距離がどんどん離れていく。


「飛べ!!」


迷う暇など無かった。身体は躊躇わずシリウスに向かって飛んだ。


シリウスが限界まで手を伸ばし、ギルドの手を握る。シリウスの握力はこちらの骨ごと握り潰すのではないかというほど強い。しがみついていた岩盤の雪崩が収まると、ギルド達は再び山の下へと駈け下る。


「俺達はどこに向かっている?」

「分かんねえよ!!」


息が上がり、蒸し暑くなる空気が苦しい。懸命に走っているのにも関わらず、すぐ後方の木々が爆ぜながら燃える音がした。振り返れば高温の液体が数メートルの距離まで迫っている。


「木に登れ!!」


ギルドとシリウスが目の前の巨木にしがみつけば、地面が金の絨毯で覆われる。ホッとしたのも束の間、溶岩で根元を覆われた木は徐々に傾いていく。溶岩の上に倒れたら即死アウトだ。悪足掻きと知りつつ、二人は傾いた巨木の先端までなんとか登る。ギチギチと悲鳴を上げて、とうとう巨木が傾ぎはじめた。迫ってくる地面はとうに溶岩で焼かれた山肌の上だ。

しかし奇跡が起きた。巨木の先端が倒れた衝撃で折れ、先端にいたギルドとシリウスは遥か遠くに飛ばされる。ごろごろと投げ飛ばされた先は、溶岩が到達していない空き地。ギルドとシリウスは九死に一生を得たとばかりに再び走り出したのだが。


「……崖だ。」


助かる見込みがないかギルド達は入念にあたりを見渡した。さっき通ってきたところには既に溶岩で覆いつくされていた。生き残れるとすれば崖の向こう側だがそこまでは距離があるため、ジャンプしたとしても辿り着けない。最悪に最悪を重ねて、崖の下には溶岩が流れている。


「シリウス!それとギルド!!」


太く甲高い声が響いた。声の先を見ると、対岸に仁王立ちしているエルドラの女性、ニュクスが目に映る。その腰に丈夫な綱を結ばれている。その綱の反対側を握るのは、五十人程のエルドラの民達。


「受け止めてやるからこっちに飛べ!!」


ニュクスがやらんとしている事をギルドは理解した。両側の崖から飛んで、空中で鉢合わせたところをニュクスが受け止めるということだろう。しかし。


「いや、この距離は無理だって!」

「信じろ!!!」

「何を信じりゃいいんだよ姉さん!!」


ニュクスの怒声は二人を黙らせる。


「ごちゃごちゃうるさい!!さん、に、いち、の『いち』で飛べ!!いいな?!行くぞ?!」


シリウスとギルドは崖から遠ざかると助走距離を稼ぐ。手に汗がじわりと滲む。


「さん!」


ふと熱気を感じて振り返ると、金竜が再び追って来ていた。もし、今飛ばなかったら死ぬ。


「に!」


時間は覚悟を固める余裕を与えてはくれなかった。シリウスと視線を交わして、同時に助走を始める。


「いち!」


シリウスと同時に踏み切って、崖から飛んだ。案の定宙に浮いた身体は対岸に届くことはない。放物線を描く先には赤金の溶岩。死への焦りと浮遊感が重なって身体に震えが走る。助走をつけたニュクスが一緒に飛び降りていた。


「握れ!!」


崖に身を投じたニュクスが輪投げの要領で綱をこちらに投げる。だがギルドもシリウスもその縄に僅かに届かない。ギルドは迷わずシリウスを蹴りニュクスの方へ押し出した。シリウスはニュクスに飛びつきなんとか縄を握りしめる。だが、ギルドの身体は溶岩へと落ちて……。


突然、ギルドの落ちるはずだった溶岩が急に沸騰し爆発した。爆風でギルドの身体が一度空へと吹き上げられる。


『これで終わりならば、食ってやる』


溶岩から金竜のつぶやきが聞こえたような気がする。気持ちの悪い浮遊感と共に溶岩に再び呑まれそうになった時、崖から一人のエルドラの民が飛び降りた。ニュクスのようには命綱をつけていない。身一つで、表情を全く変えないまま、風を受けて、開いた襟元から白銀の宝石が飛び出し、光る。


男の姿が光り、巨大な何かに形を変えた。銀色に煌めく大きくて異形な姿。鳥のようなシルエットではあるが、どう猛な顔には長い牙が生えている。もしその異形の怪物を名前で呼ぶのであれば、竜に近いだろう。竜は長い鉤爪をギルドへと伸ばす。体が溶岩に沈む直前でギルドの身体を掴んだ。 


身体をぴったりと覆う様に閉じていた膜が、翼が一瞬で全開になり、溶岩から立ち上る激しい気流を捉えた。それにのって瞬く間に空へ昇る。さきほど飛び降りた崖が、はるか下に見える。


ギルドの身体を握りつぶさないように掴んでいた鍵爪が動き、背中に生えた毛の束に捕まるように促す。ギルドはそれに従って、長くてしっかりとした毛に両手を埋め込んで絡める。ギルドが乗る竜は、銀色の鱗をしならせながら風を膜で掴んで飛び続ける、時折強靭な筋肉が脈打って翼が上下に動く。


ギルドは竜の肩付近から地面の方を眺めてみる。ニュクスやシリウスたちが分からないほど高度が上がっている。その風の冷たさと高さに恐怖を感じながらも、溶岩を垂れ流し続ける金竜を見つめた。金色の帯がまるで幾筋もの蛇のように盆地の中へと流れ込んでいた。その金色の面積は見る見るうちに広がっていく。そして金竜の巣ともいえる火口にはは天を貫くほどの火柱が立っている。


「竜よ。」


ギルドが言葉をかけると、竜は首を曲げてギルドの方へと視線を向ける。顔中に張り付いた鱗の隙間から覗く賢そうな目が瞬きしてギルドを見た。


「エルドラの山の火口へ。」


竜は低い咆哮で応じると、巨大な翼を傾けて旋回する。竜は徐々に高度を下げて、火の柱へと近づく。空気が熱くなり、ギルドの着ている服からも変なにおいが漂い始める。ギルドは小さく、金竜に煽り文句を奉る。


「金竜、この程度か?」


その言葉が終わるや否や、火口から立ち上る火柱が一層強くなる。火の滝が立ち上がって、ギルドと竜に覆いかぶさらんばかりに降り注いだ。空気が一層熱くなり、様々な大きさの金の飛沫がギルドめがけて降り注ぐ。


「逃げよう。」


ギルドは竜に告げた。竜は翼を身体に織り込んで自由落下し、迫っていた金の礫を躱す。片翼のみを開いて、身体を右に左にと揺らし回転しながら、まるで水中を泳ぐイルカのように金の礫を避けて高度を上げる。ギルドは竜から落ちないように毛の束にしがみついているのがやっとだった。竜の曲芸技によって礫の雨からようやく脱すると、竜は翼を広げて何度も上下させる。


ギルドはエルドラの欠けた山の輪に向かうよう、乗っている竜に指示を出した。そのまま背にした火山にむかって中指を立ててみせる。


「さぁ来やがれ!!!地下ミミズ野郎!!!」


それに呼応するかのようにして山が震えた。そして小さな島程はあろうかという溶岩の塊が火口から噴き出す。そしてそれは欠けた山の輪の方角へ飛んで行ったのだが。少し勢いが付きすぎたのか、山の輪を通り過ぎて向こうのラジア側へ落ちてしまいそうであった。


竜の翼では間に合わない。ギルドは両手に絡めていた毛を解くと竜の背から飛び降りる。強烈な逆風、そして見る見るうちに迫ってくる地面がある。それに臆することなく、ギルドは山の輪の真溶上を通過している岩の塊に向かって攻撃魔法を展開する。


「『洪水』!!!!」


エルドラの王家に伝わる強力な魔法。ギルドの周囲に湧き出した大量の雨粒が溶岩に向かって注がれる。白い蒸気が上がり、表面の輝きが鈍くなった。ギルドは魔法を変更し、そこに全魔力を投入する。


「『盾』!!!!」


王位の証、金竜の短刀がそれに呼応するかのように輝く。ギルドを中心とした半球状の結界が展開される。その透明な結界はギルドの魔力を吸って瞬く間に巨大化し、溶岩の塊に接触する。巨大なバリアが溶岩の塊をはじきだすようにして下に下にと押す。溶岩の塊は高度を下げていき、山の淵に下部が引っかかった。その衝撃で形を変えながら、欠けた山の輪を塞ぐようにして山に激突した。その溶岩の塊が落ちた周囲は一瞬で燃え上がり、木々が一瞬で灰になる。


山の輪は無事閉じた、だが、ギルドの視界は森の木々をどんどん大きく映し出していく。いつ地面に激突するかわからないが、接地を和らげる魔法を放つ余力は残ってなかった。その体を追いかけて高度を下げてきた竜の足が掴んだ。次いで飛んできた溶岩の破片を竜が片翼を犠牲にしてギルドを庇う。飛行能力を失った竜は鱗を剥がされながらきらきらと銀の光跡を描いて墜落する。


『楽しかったぞ黒兎』


金竜が満足げに腹の底から笑う声が聞こえたような気がした。天を突かんばかりだった火柱は勢いを失って、赤い光だけを残している。


『また逢おう』


ギルドの目にはどんどんと地面が迫ってくる。竜は片翼でなんとか空中で旋回すると、ギルドの視界は宇宙へ向く。その視界も翼で遮られた。鱗が小枝に触れる音が聞こえたのもつかの間、ギルドの全身に衝撃が走る。竜の身体が木々に突っ込み、木が、骨が折れる音がする。何度か身体が開店した後、動きが止まった。


竜が形をどこにでもいるような鷲へと変える。ギルドは竜の腹の厚みの分だけ地面へ投げ出された。


「ッ……!!」


大丈夫かと問う様に鷲が歩み寄ってきてギルドの頭をつついて首をかしげる。その首には白い宝石のネックレスがかけられている。


「助かったよ。ありがとう。」


満身創痍のギルドは、もう起き上がる気力がなかった。族長試しが終わったことによる安堵で心がいっぱいで、竜がなぜ現実に存在したのかという疑問を冷静に物事を考えることは難しかった。

鷲は翼を広げると、竜が墜落で木々がなぎ倒してできた広場を旋回する。ギルドは視線で追うのが精いっぱいだった。その間にも、鷲の姿は、点に変わり、木々の陰に隠れる。


入れ替わるようにファイが転移してきてギルドに肩を貸すと再び消える。その木々がへし折られた誰もいない空間は、ようやく静けさを取り戻した。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖



ギルドとファイはエルドラの民の元へと帰還した。ギルドとシリウスが飛んだ崖から山一つ程遠ざかった場所だ。


「ギルド~!!!!何度か死んだと思ったぞ!!!」


終始不機嫌むっつりだったシリウスが、ギルドがなんとか生きて帰ってきたことに安堵して感激のあまり抱きしめる。


「後にしろ。すぐに手洗いうがいして全身を洗わないと金竜の毒で早死にするんだよ。」


ニュクスが弟のシリウスを退けると、ギルドとファイに革袋に入った水を差し出した。ギルドがうがいをして吐いた水は、吸い込んだ溶岩の灰で真っ黒に染まっていた。ギルドの顔についたどす黒い灰を、薬草好きのラァラが濡らした手ぬぐいで念入りに拭って落とす。


「風呂の準備ができたよ」


ファイの手を借りながら、小川のたまりに座る。ファイがすぐに湯を運んできてギルドの頭にかけてこびりついた灰や土埃を流した。ギルドは疲れ切っていたため全部好きなようにさせておいた。知らないうちに出来ていた火傷はファイが何も言わずに治してくれる。汚れた服は全て捨て、事前に準備されていた清潔なものに変える。唯一替えが効かない金竜の短刀をファイが念入りに洗っている。ファイが目を離したその隙に、捨てられる予定の装備を探って、潰れた黒百合をひそかに回収して腰の帯に隠し持った。


短刀を腰の帯に戻すと、ファイの肩を借りて溶岩を眺めるニュクス達の元へと戻る。その場にいす皆は無言で眼下に流れる流れる金竜を見つめていた。ギルドとファイもそれに倣う。それほどまでに名状しがたい光景であった。先程ギルドとシリウスは走り抜けた山中は、全体が金に輝いている。ニュクスの力を借りて渡った崖も、金竜の尾に隠れてどこにあったのかもうわからない。金竜の赤金の身体はラジアの支配していたエルドラの都市へ雪崩れ下って溜まっていく。父がかつてギルドに教えたように、ギルドが生まれ育った王城は金竜に取り囲まれてみるうちに沈んでいった。時折風の中に感じる灼熱にギルドは身震いする。意図も罪悪も無く、ただ摂理に従っているだけの金竜。

溶岩の河はもう誰にも、ギルドでも制御出来ない。エルドラの地を全て焼き尽くして、灰にするだろう。


「本当に壮観だよ。」


そう言ったニュクスの横顔は、冷たく蔑むようにエルドラの市街地を見ていた。だが、村を率いていた時とは少し違った、安堵が混じった柔和な芯を持つ声だった。


「フフッフハハハッ…………!あたし達の神を蔑ろにした罰さ。ざまあみろバーカ!!」


ニュクスの声を皮切りに、黙って金竜を眺めていた民たちの声がぽつりぽつりと聞こえてくる。


「やった!!やったぞ!!」

「ラジアのくそったれどもが!ざまあみやがれ!!」

「殺された家族の恨みを思い知れ!!」


隣に立つファイが、ギルドの黄色の両目を真っ直ぐに捉える。


「これでエルドラの民は過去から開放され前に進む事が出来ます。」


エルドラの民たちがギルドに向かって口々に叫ぶ。過激派、ラジアに復讐をもくろむ者たちが、大義を得たとばかりにギルドをたたえ始める。


「金竜の落とし子よ!!我々を導いてください!」

「「エルドラの太陽に、祝福のあらん事を!!」」

「「「祝福のあらん事を!!!」」」


ニュクス達穏健派の民たちは、ギルドから徐々に距離を取り始めた。過激派の誰一人としてその溝の存在を憂いているものはいない。ギルドは寂しそうに笑って、民を見る。発言させてくれと手を挙げれば、歓声は静まっていく。その体はファイに支えられているとはいえ、ふらついていた。


「疲れたから、寝てもいいかな。」


声を上げていた過激派の民たちは勢いを削がれたようにして、互いの顔を見合わせた。



❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖❖



『疲れたから、寝てもいいかな』


その一言で過激派は威勢を削がれたようになって、穏健派との分裂は回避された。ひとまずニュクスの村の付近の空き地に移動して、宴が始まる。シリウスは、ニュクスの崖での救出劇に昔を思い出したようで姉弟の仲直りの儀式が発生した。その後、双子はかつてのように一緒に行動して宴を楽しんでいる。このことにより、過激派と温和派の境目は徐々に見えなくなっていくだろう。ギルドはさすがに宴に参加する体力はなく、彼自身の指示通りにニュクスの小屋に身を寄せて寝入ってしまった。あれだけ人離れしたことをやってのけたのだ、魔力も枯渇している。だが、エルドラの誰よりもその道に明るい薬草好きのラァラがギルドを診ている。


暫くは彼女に任せておけばよい、そう心の中で呟くファイには一刻も早くやらければならないことがあった。


ファイは開けた高台に転移をして、エルドラの山を見下ろす。先程からエルドラ民の周りを何度も旋回する鷲がいるのだ。鳥の目が効かぬはずの月のない夜で、金竜の熱気が空を焼いているにも拘らず。ファイは銀の弓を左手に顕現させると、天空に向かって矢をつがえる。そうして点に見える大きさの飛び回る鷲に狙いを定めて、放った。鷲は胸に矢を受けてる。二の矢三の矢で容赦なく翼を狙えば、鷲は羽根をばらまきながら墜落する。ファイはすぐさま落下地点に転移した。


鳥が翼をばたつかせて暴れている。それに向かって、ファイは冷酷に告げた。


「鷲の足の指は四本だ。五本じゃない。」


その手にある銀の弓に次の矢をつがえてその頭部を狙いながら、ファイは命令する。


「間諜か?工作員か?顔を見せろ。」


その先で、ファイは鷲の姿のたうち回って人に近い姿に変化するのを見た。鳥か人間か判別のしようがない人影は、右手で胸に刺さった矢を乱暴に引き抜いて打ち捨てる。その手は、人間のものだ。胴部が茶の羽毛で覆われて、右足が鳥脚のまま地面に爪を食い込ませている。左の手の代わりに生えている地面に鷹の翼を押し当てて姿勢を立て直そうとした。気色の悪さにファイは身の毛がよだつ。


変身の魔法が中途半端に解け、所々に鷲の羽根が残る裸の人間が、顔をあげた。その胸元にあるネックレスが輝き、ファイが射落とす際にできた傷は瞬く間に塞がる。その顔はファイには見覚えがあったのだ。


「なぜ、あなたがどうして、だってあなたは……遺跡で、ギルドが埋めて、黒百合を……。」


銀色の髪に通った鼻、眉の形。以前見たときは閉じられていた瞼の下の紫色の目を見て、ファイは愕然としながらも舌を動かす。だがファイが限界まで引き絞っていた弓から力が抜けて矢の切っ先が大きく揺れた。リリアナは肩をすくめて溜息をつく。ファイは改めて矢を限界まで引き絞った。


「いえ、あなたが不死身であろうと顔を知っていようとなんだろうと関係ありません。山輪の外の方、金輪際ギルドに近付かないで頂きたい。」


リリアナは歩くために鳥の足を人間の足に変える。その顔に僅かに残っていた羽根が皮膚に吸い込まれる。左手の大きな翼は開かれたまま、歩みに従って土の上をこすった。


「ファイ、と言ったか。」


リリアナは素早く身を翻すとファイの顎を掴み爪を食い込ませる。誘惑などではない、絶対的な格下扱いにファイが顔を顰める。


「お前は盛大な勘違いをしている。」


リリアナは静かな紫の目でファイを睨め上げる。


「ギルドは元より王の器ではない。」

「我等が王子を過小評価するのか?」


ファイの察しの悪さに、リリアナの品が良い眉は歪められ、口から盛大な舌打ちが響く。抵抗しようとしてファイが魔術を発するが、リリアナには効かない。


「お前らは王子を礼賛するが、ギルドにとってはエルドラの民を導くための記号に過ぎない。ギルドだって全能の神様なんかじゃない!!!」

「『転移せよ』!!」


ファイの言葉と共にリリアナとファイが転移する。魔法の影響を受けたリリアナは目を見開いて驚く。転移した先はエルドラの山の輪の外側。先程ギルドが溶岩で塞いだ山の輪を背に、ファイはリリアナの手から逃れた。


「ギルドは誰よりも懸命で、才覚ある王の器です。ギルドの背中は私が護ってみせます何があっても!!!」

「護れていなかったじゃないか。今日だって私がいなかったらギルドは何度溶岩に飲み込まれていたと!!!」

「族長試しとはそういうものです。それに【運】もいい。まさか、妬いているんですか?」


リリアナの紫の瞳が上下に揺れた。


「普通に考えてくださいよ。山の輪の外の人が我々に一体何をしでかしてくれたのか。それにその銀の髪の色、アストリエの王族に連なる方なのでしょう?そんな貴方を一体誰が王子の傍に置きたいなんて思いますか。」


リリアナは黙する。ファイのいうことには正当性が多く見受けられるためだ。ファイは冷たくリリアナを睨んだ。


「貴方は死なないみたいので厄介ですね。『エルドラの山の神々よ。このものの立ち入りを拒め』」


ファイはリリアナではなく、エルドラの山々全域に向かって魔術を放つ。その魔術の強大さだけでも今までに誕生した強大な魔術師の五本の指の内に数えられるだろう。ファイは振り返ってリリアナを睨む。


「これであなたはエルドラの領内に立ち入ることは出来ません。ギルドとの面識があったことによって今回だけは見逃して差し上げます。」


リリアナは悔しそうに顔を伏せて、喉の奥から声を絞り出した。


「……どうか御身を大切にと伝えてくれ。」


リリアナは再び鷲に姿を変える。そして翼を打ちすると、アストリエに向けて飛び去った。





いやなっが。


ギルドガチでやっべぇ。

ファイもやっべぇ。

リリアナもやべぇ。

書いてて過去一楽しかったかもしれない。

ちなみに前の話で、エルドラに紛れ込ませたアストリエの諜報員がお亡くなりになっているのはファイのおかげです(独断?ギルドに報告しているかは不明、こいつの性格考えると多分してないな。)


個人的な見せ場はリリアナのアクロバット飛行シーン(作者戦闘機のドッグファイトとか大好き勢、ガンダムとか彗星のガルガンティアロボ格闘シーンで大興奮する勢)

ギルドの竜の背中から飛び降りて溶岩の塊に全力魔法攻撃(個人的に、魔法の呪文がカタカナなのが苦手でして、エルドラの魔術は基本は母語で動詞唱えるだけっていうのが好きで書いてます。アストリエはカタカナや詩が多いです。)、

ファイとリリアナの対峙シーン。変身が半分解けたリリアナかっこよい。(イラスト描くくらいには)

ギルドが宴に参加せず寝ているところ(ちゃんと人間なんだなってほっとする、作者がギルドをリリアナ視線で見ていると起こる感動)


お読みいただきありがとうございます。あと二十話弱ありますので応援よろしくお願いいたします↓

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