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15 皇帝アダルベルト


 カレスティア王宮の何倍も広く豪華な宮廷。気を失ったままのフェルナンドとともにウィルとエレナは謁見の間に通された。一段高い場所に設えた豪奢な玉座には皇帝アダルベルトと正妃が座っており、重臣たちもズラリと傍に控えている。


「フェルナンドが来るとのことだったが、のびておるな。治癒魔法師を呼べ」


 フェルナンドの顔は見事に腫れ上がり、相変わらず気を失ったままであった。


「お前がフェルナンドをこのような目にあわせたのですか? ウィルフレド! 兄であるフェルナンドにこのような非道、許せません。陛下、この者に処罰を!」

「黙っておれ、テオドラ」


 正妃テオドラはアダルベルトに睨まれてグッと黙り込んだ。治癒魔法師が現れてフェルナンドに治療を施していくと、見る間にその傷は綺麗になっていく。彼は去り際にエレナの顔の傷も治してくれた。


(すごいわ、あっという間に……。私はまだ、自分の意思で治癒できるわけではない。ウィルを助けたいと思ったあの時に一度、出来ただけだから)


 もしも自在に治癒魔法が使えるとしたら、それを生業にして生きていけるかもしれない。


「目が覚めたか、フェルナンド」

「うっ……は、はい、父上。……あっ! お前、ウィルフレド! よくも俺に手を出しやがったな! 母上! こいつに罰を!」

「黙れフェルナンド」


 苛立ちを纏ったアダルベルトの声にフェルナンドは震え上がり、即座に黙った。


「では、ウィルフレドよ。仔細を聞かせてもらおうか」


 ウィルは頷き、一歩前に出て話し始める。


「緋色の魔女はカレスティア王国の侯爵令嬢、リアナ・ディアスでした。魅了の力を使って王族を始め王都中の民の心を奪い、多くの者を処刑していたのです」

「お前の横にいるのがその魔女か?」

「いえ。この令嬢はエレナ・ディアス、リアナの双子の妹として育ちましたが実際には双子ではありません。リアナは彼女が生まれる時に彼女に取り憑いて身体を作り出し()()()()()この世に現れたのです。そして十六才の誕生日を迎えた日に魔女としての記憶を取り戻し、エレナを殺して完全なる魔女になることを目論んでいました」


 そしてウィルはリアナが語った三百年前の話をアダルベルトに聞かせた。聖女が王太子に裏切られ、それを恨んだことで聖女から魔女へと変貌したのだということを。


「では、そこにいる女に魔女の力が封じられていて、それを奪うために魔女はその女を殺そうとしていたわけだ」

「はい。しかしエレナの祈りによって全ては消え去りました」

「それはつまり……お前は聖女ということか」


 アダルベルトの厳しい視線に射すくめられ、エレナはゾクリとした。嘘を言っても見透かされる。そんな視線だった。


「はい。恐れながらそのような啓示を受けました」

「お前の中に聖女と魔女、両方の力が混在していたのだな? その魔女の力、再び現れることはないと断言できるか」

「はい。必ず」


 エレナはそう答えた。自ら魔女の力を望まなければきっと大丈夫。闇に堕ちることのないように、一生自分を戒めておくつもりだ。


「ふむ……ではお前の身柄、このコンテスティ帝国で預かる。数百年に一度しか現れない聖女は我が帝国に生まれたことがまだない。帝国初の聖女として丁重に扱ってやろう」

「え……」

「今回の手柄でウィルフレドが皇太子に決まりだ。聖女エレナはその妃とする。我が帝国にとって重畳だ。皇太子と同時に妃も決まったのだから」

「陛下、彼女の気持ちも聞かずにいきなり勝手なことは仰らないで下さい!」

「そうか? ウィルフレド。私はそうは思わないが」


 ニヤリと笑うアダルベルト。エレナは戸惑いを隠せない。聖女となってコンテスティに留まることも、ウィルの妃になることも。


(私がウィルの妃……?)


 その未来を少しだけ想像してしまったエレナ。とても現実とは思えない未来。


「……エレナ。父に命令されたからではないというのはわかって欲しい」


 ウィルがエレナの手を取る。安心しろというように、グッと力を込めて。そしてスッと跪いて言った。


「俺はこれから先の人生をエレナとともに生きていきたい。お前が辛い時も悲しい時も必ず支えていくことを誓う。そして生涯変わらぬ愛を捧げよう。どうか、俺の妃になって欲しい」


 熱い目で見つめられエレナの頬は染まった。皇太子妃という立場は(いばら)の道かもしれない。でもウィルとなら、それでも進んでいきたいとそう思った。


「はい、ウィル、……フレド殿下。お願いいたします」


 臣下から拍手が起こる。だがそこにフェルナンドが口を挟んできた。顔は怒りで赤黒くなっている。


「お待ち下さい、父上! その女は私の部下が私の屋敷へ連れて帰ったもの。それをこいつが皇宮の前で無理矢理奪っただけなのです! そんな卑怯な真似が許されるのですか? 皇太子になるのはこの私のはず!」


 フェルナンドの母、王妃テオドラも援護する。


「そうですわ! 第一皇子であり陛下と公爵家の血を引く我が息子フェルナンドが皇太子に相応しいに決まっております。このような下賎な者を皇帝にすべきではありません!」

「黙れ」


 アダルベルトは冷めた目でフェルナンドを見やった。


「奪われるほうが間抜けであろう。ここまで連れてきた者が皇太子だと言ったはずだ」

「し、しかしっ……!」

「陛下、お考え直してくださいませ!」

「……二人とも、黙れと言ったがわからなかったか」


 アダルベルトが二人を睨みつけると黙り込んだ。だが様子がおかしい。顔がどんどん赤くなり、喉を掻きむしり始めた。


「……っ、陛下!」


 ウィルが叫ぶ。アダルベルトはクックっと笑いながらウィルに言う。


「ウィルフレド、助けてやれ」


 ウィルが呪文を唱えると魔法が解け、二人はハーッ、ハーッと息も絶え絶えな様子でその場に座り込んだ。アダルベルトに呼吸を止められていたのだ。


「お戯れが過ぎます」

「ふっ、やはりお前が跡継ぎに相応しい。あのくらい、お前なら跳ね除けられただろう」


 アダルベルトは臣下たちにも向けてよく通る声で言い渡した。


「第二皇子ウィルフレドが緋色の魔女を倒し、聖女を我が帝国にもたらした。今日より、ウィルフレドを次代の皇帝とする。第一皇子フェルナンドと王妃テオドラは身分剥奪のうえ辺境へ送る」

「なっ……! 我が娘テオドラを、なぜ!」


 臣下の中から一人の男が立ち上がり異を唱えた。テオドラの父、ランヘル公爵だ。


「私が知らぬと思っておるのか? ランヘル。王妃の実家という立場を利用して随分と懐を潤していたようだな」


 サッと顔が青ざめるランヘル公爵。


「テオドラもフェルナンドも同様だ。証拠も揃っている。命だけは取らずにおいてやるから今すぐ辺境へ向かえ」


 アダルベルトが片手を上げると兵士が三人を追い立て、部屋の外へ連れて行った。


「さて、ウィルフレド。お前には早速課題を与える」

「課題、ですか?」

「私はカレスティアを帝国の支配下に入れるつもりだ。お前はカレスティアに向かい、混乱した国を立て直してこい。それが終われば皇太子として国内外にお披露目だ。同時に婚約発表も行う」

「……承知いたしました」

「エレナよ」

「は、はい」

「お前はその間我が国で花嫁修行に努めよ。ルシアに指南を仰ぐとよい」


(花嫁修行? ウィルと離れて……?)


 鋭い目で見られて返答に詰まるエレナ。ウィルはそんなエレナを安心させるように手を取った。


「エレナ、ルシアは俺の母だ。辛い思いはさせない。すぐに帰ってくるから待っていてくれ」


 ウィルがそう言ってくれるなら怖くない。エレナは頷き、「承知いたしました」と告げた。


「では決まりだ。明日から早速フェルナンドの屋敷をウィルフレド夫妻用に改修を始める。ディエゴ、指揮を取れ」

「はい、皇帝陛下」


 落ち着いた白髪の男性が恭しく礼をする。アダルベルトは立ち上がり、マントを翻して謁見の間を後にした。

 臣下たちがざわざわと話し始め、それからウィルのところへ集まって口々に祝いの言葉を述べる。


「おめでとうございます、ウィルフレド殿下。殿下に決まって本当に良かった」

「フェルナンド殿下になったらこの帝国はどうなるかと心配しておりました」


 一部の臣下は集まってヒソヒソと話し合っている。おそらくフェルナンドの派閥だろう。だが大方の者はウィルが皇太子になることを喜んでいるように見えた。


「……すまんが、今日は疲れている。またにしてくれるか?」


 着飾った人々の中に汚れた軽装のウィルとエレナ。それが意味するところを察した臣下たちは黙り込み、頭を下げて道を開けた。


「お疲れのところお引き留めして申し訳ございませんでした。また改めてお祝いを申し上げます」


 ウィルは彼らに向かって頷く。そしてエレナの肩にトン、と触れて退室を促した。


「行くぞ、エレナ」

「はい」


 そして二人は皇宮を後にした。


 





 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまでの怒涛の展開にここで終わるのか?と思いましたが、これからが本番っぽい~! 皇帝は何か別のこと考えていそうですね。 骨太の設定とスピーディな展開、溢れる感情の動きと襲い来る困難のタイミ…
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