14 怒りと涙
一方、カレスティア王宮に残されたウィルたち。
「イネスが、まさか裏切り者?」
エミリオは衝撃を受けていた。二歳年上のイネスは常にウィルのことだけを考えて動く、尊敬すべき側近だった。自分もそうありたいと目標にして過ごしてきた仲間だったのに。
ウィルはイネスが消えた後の床に触れ、じっと目を閉じていた。
「フェルナンドの気配がする」
「フェルナンド殿下の?」
「ああ。手柄を横取りしようということだろう。フェルナンドの考えそうなことだ」
「けれど、イネスはあんなにフェルナンド殿下を嫌っていたのに……!」
「とにかくコンテスティに戻るぞ」
怒りに燃えた瞳でウィルは魔法陣を描き出した。そしてエミリオとともに姿を消した。
クルスは呆然とその様子を眺めていたが、そこへ国王が戻って来た。倒れている大勢の兵士や貴族、首の離れたリアナの身体。これらの説明をするためにクルスは彼らのもとへ向かった。
帝国の屋敷に戻って来たウィルとエミリオ。
「イネスは戻って来た形跡はありません」
「やはり直接フェルナンドのところへ向かったか」
「ならば既に皇宮にエレナさんを連れて行っているでしょうか」
「恐らくな。俺たちも向かうぞ」
「はい」
皇宮への転移は禁止されている。ウィルとエミリオは馬に乗って急いだ。
(エレナ、酷い目に合わされていないだろうか? フェルナンドの説明次第では魔女として収監されてしまう恐れもある。急がなければ)
ウィルの馬は彼の魔力で鍛え上げた早馬だ。皇宮への道を飛ぶように走りながら、フェルナンドの行方をツバメに探させた。すると、まだ皇宮に着いていないことがわかった。それでもあと少しで皇宮の門に到着してしまう。
(今行く、エレナ。待っていろ)
フェルナンドは上機嫌で馬車に座っていた。またエレナが逃げ出しては困るので、縛ったまま足下の床に転がしてある。
(皇太子になったら国一番の美女、公爵令嬢セラフィナを正妃にしよう。あの女、以前から婚約を申し出ているのにウィルフレドが好きだからと言って受けようとしなかった。だが、皇太子の申し込みとあらば断るわけにはいかないだろう。ふふん、あの氷の美女を我が物にするのが楽しみだな)
そしてエレナの身体に置いた足に力を入れる。猿ぐつわをされているエレナはただ顔を歪め、ぐっ、と喉を鳴らす。
(この女はセラフィナと結婚するまでの慰み者だ。治癒魔法が使えるならどんな扱いをしても構わないだろう。その後は治癒魔法師として金を稼いでもらう。イネスめ、最高の金の成る木をもたらしてくれたわ)
イネスがウィルフレドを愛しているのは見てとれた。フェルナンドは、イネスのウィルフレドを見る目が『女の表情』をしていることを敏感に感じ取っていたのだ。
ウィルフレドたちがカレスティアに向けて出発する前日、試しに魔法陣珠を渡してみた。
「イネスよ。もしもウィルフレドが皇太子になったら、お前のその想いは届かなくなるのではないか? お前の身分では皇太子と結婚などできぬ。だがただの第二皇子なら。身分の低い第二皇子なら、男爵家出身のお前でも可能性はあるだろう。のう、イネス。魔女を見つけたら俺に渡せ。そうすればお前とあいつを結婚させてやる。持っておくだけでもいいから。なっ?」
イネスは心底嫌そうな顔をしていたが、第一皇子の言うことに逆らえはしない。仕方なくポケットに入れてその場は引き下がった。
まさか、あのイネスが本当に裏切ってくるとはフェルナンド自身も思っていなかったが。
(女は怖いのう。足を掬われたお前が悪いのだ、ウィルフレドよ)
くっくっとフェルナンドが笑った時、早馬の足音が聞こえた。嫌な予感がする。急いで結界魔法を張ったフェルナンドだが――
「……!」
もの凄い音が響き、馬車が揺れた。
「うおっ」
結界をものともせず突き破る衝撃。堪らずフェルナンドは自分の身体にだけ結界を張り直した。
強い風に馬車のドアも屋根も捲れて飛んで行き、夕暮れのオレンジ色の光の中に人影が見えた。
「おのれっ、ウィルフレドか? うっ……! 何をする!」
フェルナンドは突然身体中に痺れを感じた。魔法で出された電撃の鞭が絡みついて全身を締め上げ、雷に撃たれたようにビリビリと身体が震える。
(くそうっ、結界を張っているのに、何も効かん!)
気がつけば目の前にウィルフレドの姿があった。床に転がされたエレナの姿を見るやその顔は怒りに燃え、フェルナンドの顔を思い切り拳で殴った。
「ぐわあっ」
馬車の外に転がり落ちるフェルナンド。身体に絡みついた鞭はその間にも電撃を与え続けている。
ウィルは無言でフェルナンドの胸ぐらを掴むと、さらに殴りつけた。何度も何度も怒りを込めて。
「ぐわっ……、ぎゃあっ……、やめっ……やめろっ……」
目が腫れ、鼻血が吹き出すフェルナンド。ウィルはようやく手を放したが身体に巻き付けた鞭はそのままにした。
「うわあっ、痺れる……! やめろ、これを外せっ……! お前、こんなことをしてただで済むと思うなよっ! 母上に言ってやるからなっ!」
それには答えずウィルはエレナのもとに向かった。エミリオがすでに縛っていた紐と猿ぐつわを外していたが、頬を腫らし血の滲んだ唇を見てウィルの顔は悲痛に歪んだ。
「エレナ、大丈夫か……」
エレナはゆっくりと微笑む。
「大丈夫よ、ウィル……来てくれてありがとう……」
「痛かっただろう……こんな……」
ウィルが腫れた頬にそっと手をやる。壊れ物を扱うように優しく、触れるか触れないかの距離で。
「巻き込んですまない、エレナ……!」
こんな目に遭わせてしまった後悔と無事再会できた喜びと安堵が入り混じり、その目尻には光るものがあった。
「ウィル、泣いてるの?」
「……うるさい。これは汗だ」
「ふふ、綺麗な汗ね……」
エレナの瞳にも涙が溢れていた。ウィルがこうして助けに来てくれた、それだけで満足だ。
「ウィル、フェルナンドは私を皇太子になるための切り札だと言ったわ。私を連れて帰った者が皇太子になる。そういうことだったのね……?」
(カレスティア王宮で『遊びに来ないか』と誘ったのもそういうこと。もしかしたら私を好いてくれているかもしれない、と思ったのは私の勘違い……)
「……そうだ。三人の皇子のうち誰が皇太子になるかは貴族の間でも派閥が分かれ懸案事項だった。だからこそ父はわかりやすい結果で決めようと思ったのだろう」
「だったらウィル、今すぐ私を皇帝陛下のところに連れて行って。あなたはきっと皇太子に相応しい人だと思うから。私はあなたの切り札になりたい。あなたが皇太子になるための切り札に」
「違う、エレナ!」
悲しい笑みを浮かべるエレナをウィルはその腕に抱きしめた。
「俺はお前を切り札だなんてそんな風に思ってはいない!お前は、俺の……俺の、大切な……女性だ」
「ウィル……?」
「聖女だとか魔女だとか皇太子とか、そんなの関係ない。お前が側にいてくれるならそれでいい。俺は、お前が……好きだ」
抱きしめられたまま囁かれ、エレナの心臓は倍のスピードで動き始めたように騒がしい。
(ウィルが私のことを……? 本当に?)
「お前が連れ去られた時は胸が千切れそうだった。もう離れたくない。頼む……俺と一緒にいてくれないか……」
エレナはそっとウィルの背中に手を回す。広くて温かな背中。触れているととても安心して心が満たされてゆく。
「うん……一緒にいるわ……ウィル、私もあなたが好きよ」
その言葉を聞いたウィルはエレナを抱く腕を緩め、とても柔らかな表情をした。そんなウィルを見て微笑むエレナ。お互いの吐息がかかるほどの距離で見つめ合い、瞳の奥の愛情を確かに感じ取った二人だった。
その時、皇宮から兵士たちが騒ぎを聞きつけて走って来た。もう一度エレナを軽く抱きしめた後、ウィルは彼らに対応した。
「ウィルフレド殿下、これはいったい……」
「ああ、すまんがフェルナンドを皇宮へ運んでくれ」
そう言って彼を縛っていた魔法を解いたが、電撃を浴び続けたフェルナンドは気を失っている。
「エレナ。決してお前を魔女として認定させたりしない。だから皇宮へ一緒に行ってくれるか」
ウィルの瞳に迷いはない。エレナは頷いた。ウィルはエレナを抱き上げて馬に乗せ、その後ろに飛び乗った。
「行くぞ、エレナ。しっかり掴まっていろ」
二人は皇宮へと向かった。




