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16 別れと出会いと


 皇宮の門を出たところでエミリオが合流した。


「イネスはやはりフェルナンド殿下の屋敷にいるようです。ツバメが部屋を教えてくれています」

「そうか。では今から向かうぞ。エレナ、お前はどうする? 先に俺の屋敷に行っておくか?」

「ううん、一緒に行くわ。きっと何か理由があったと思うの。イネスは私が酷い目に遭わないようにフェルナンドに言ってくれていたのよ」

「……わかった。では行こう。大丈夫、俺が必ず側にいるから」

「ありがとう、ウィル」


 本当は少し怖い、イネスの胸の内を知ることは。

 だけど、出会ってからずっとイネスは優しかった。あの優しさが嘘ではないとエレナは思いたかった。





(――エレナはどうなっただろう。フェルナンドは皇太子になってしまっただろうか)


 エレナを閉じ込めていたのと同じ部屋に縛られたまま放置されているイネス。外には見張りの兵士がいる。


(フェルナンドが戻ってきたら殺されるだろう。裏切り者にはお似合いの末路だ)


 その時、ドンという大きな音とともにドアが破壊された。見張りは足下に転がっている。


「イネス!」


 エミリオの声だ。


「馬鹿やろう、イネス! なんでこんなこと……!」


 泣きながらイネスを縛っていた縄をほどくエミリオ。


「イネス、無事だったか」


 ウィルが近寄ってくる。イネスは思わず顔を背けた。とても顔向け出来なかったのだ。


「イネス、ウィルフレド様が皇太子に決まったぞ」


 エミリオが努めて明るい声で告げる。


「……本当に? 良かった……っ、では、エレナは? エレナは無事なのですか?」

「私は大丈夫よ、イネス」


 ウィルの後ろから顔を出したエレナを見た途端にイネスは涙をこぼした。


「申し訳ありません……ウィル様、エレナ……私が馬鹿だったのです」

「イネス、理由を話してくれるか?」


 ウィルが静かに尋ねるとイネスは姿勢を正し跪いた。


「はい。全ては私の愚かな嫉妬が招いたもの。私は、長年ウィル様にお仕えするうちに、ウィル様を愛してしまったのです。ですが身分違いのこの想いは決して打ち明けるつもりもなかった。いつかウィル様が高貴な令嬢と結婚なさってお子を作って……それを見守っていくだけでいいと思っていました。

 けれど、エレナが現れて。最初は妹のように可愛がっていたエレナにウィル様が惹かれていく様子を見ているうちに、黒い嫉妬が芽生え始めたのです。他の人ならばいい、でもエレナにだけは取られたくない。そんな思いにかられて……出発直前にフェルナンド殿下に渡されていた魔法陣珠を、あの時衝動的に使ってしまいました」


 イネスは床に頭を付けんばかりに低く下げた。


「私は恐ろしい過ちを犯しました。私の命で償えるものなら差し出します。どうか、罰をお与えください」


 ウィルは膝をついてイネスを優しく起こした。


「すまない、イネス。お前がそんな気持ちを抱えていたとは気がつかなかった。そして……お前の言う通り私はエレナを愛している。だからお前の想いに応えることは決してない。イネス、今ここで……側近の任務を解く。お前は自由だ。どこへ行くのも。再び俺のもとへ戻るのも」

「許して下さるのですか……こんな私を……ありがとうございます……っ」


 イネスは涙を堪え再び頭を下げている。エレナは少し迷ったが自分の思いを伝えることに決めた。


「イネス……私、あなたにいろんなことを教えてもらった。あなたのことが大好きよ。もしもあなたさえ良ければ……また一緒にいて欲しい」

「エレナ……ごめんね……怖い目に合わせてごめん……」


 イネスとエレナは抱き合って泣いた。そして、イネスは何かを決意して顔を上げた。


「ウィル様、私はウィル様のもとを離れます。私は裏切り者の自分を許すことが出来ない。もう一度自分を鍛え直して、そしていつか……何十年も先に再会できたなら、その時は笑って声を掛けていただけるように正しい道を生きていきます。ですからここで……お別れいたします」

「そうか……わかった」


 二人の瞳に再び信頼の火が灯ったようにエレナには思えた。それほどに清々しく、視線を交わしていたのだ。


 イネスは振り向いてエミリオの肩をポンと叩く。


「あとは任せたから。ウィル様を頼むね」

「……ああ。任せとけ」


 イネスは微笑んで魔法陣を床に描き出した。


「では、ウィル様。今までありがとうございました。失礼いたします」


 風が巻き起こる。ウィルの返事を待たずにイネスの姿は消えた。


「イネスは……どこへ行ったの?」

「さあな……だが大丈夫だ。イネスは強い。きっとまた会える」

「うん……」





 その後、三人はウィルの屋敷に向かった。


「母のルシアと俺が住む屋敷だ。とにかく今日はゆっくり休め。いろんなことがありすぎて疲れただろう」

「ウィルこそ、いっぱい魔法使って大変だったでしょう?」

「このくらいなんともない。心配するな」

「ふふ、頼もしいな」


 そう言って見上げるとウィルの口が少し得意そうに弧を描いた。


「さあ、ここが俺の家だ」

「わあ……」


 皇宮も豪華だったがウィルの屋敷もとても立派で、侯爵だったディアス家の屋敷がちっぽけに思えるほどだ。カレスティアとコンテスティとの国力の差をエレナは痛感した。


「まずは母を紹介しよう」


 屋敷に入ると使用人たちがズラリと並び、拍手で出迎えていた。


「ウィルフレド様、ご帰還をお待ちしておりました!」

「ご無事で本当に良かったです!」


 皆とても嬉しそうで、ウィルフレドが愛されているのだと感じられた。


「お帰りなさい、ウィルフレド」

「母上」


 現れたのはウィルと同じ黒髪で鳶色の大きな瞳が美しい女性。表情豊かでとても魅力的な人だ。


「母上、ただ今戻りました」

「無事で何よりです、ウィルフレド。皆、あなたの帰りを待っていましたよ。ところでそちらの可愛らしいお嬢さんはどなた?」

「あ、あの、エレナ・ディアスと申します! カレスティア王国の者です」

「まあ。カレスティアから連れて帰って来たの? もしかして……」

「ああ。俺の大切な女性(ひと)だ」


 家族にそう話すのは照れ臭いのか、ウィルの顔は真っ赤になっている。それを見たエレナも恥ずかしさに俯くばかりだ。


「なんてこと! あのウィルフレドがお嫁さんを! まあまあ! 私はルシアです。よろしくね、エレナ」


 ルシアはエレナをギュッと抱きしめた。柔らかくて花の香りがふわっとして、母に抱かれたことのないエレナはなんだか泣きそうになった。


「とにかく二人とも旅の疲れをお風呂で落としてらっしゃいな。パメラ、エレナのお世話をしてあげて」

「はい、奥様」


 二十代後半くらいだろうか、落ち着いて背の高い侍女が進み出た。エレナにニコリと微笑み、こちらへ、とエスコートする。

 ウィルのほうを見ると、彼はうんうんと頷いている。エレナは安心してパメラについて行った。


 長い廊下を歩いて風呂に到着した。まずは更衣室で脱衣なのだが、着ていた旅の服は汚れているし、身体も川で時々濡らした程度。恥ずかしくてなかなか動けずにいたエレナに、パメラはまたニコリと笑って実力行使、あっという間に脱がされてしまった。そして薄手のドレスを羽織らせると、浴場に案内された。

 中は高いドーム式天井。湿度が高くて温かく、中央には大理石の大きな台があった。


(これ、お風呂? どんな風に洗うんだろう)


 戸惑っていると、同じく薄手の服に着替えたパメラに椅子を勧められ、座ったらお湯を身体にかけてくれた。


(わぁーっ、気持ちいい! 熱過ぎずぬる過ぎず、最高の温度だわ)


 何度もお湯をかけて身体が温まると、今度は台の上に寝るように言われた。


「こう?」


 石の台はとても温かく、うつ伏せて横になっていると身体がどんどんポカポカしてくる。気持ち良くて眠ってしまいそう。十分くらいそうしていると、今度はパメラがミトンのような物を手にはめて、石鹸をつけて身体を洗ってくれようとした。


「えっ、じ、自分でやります!」


「ふふふ、エレナ様、垢すりは初めてなのですよね? 気持ちいいからぜひやらせて下さい。旅の汚れがすっかり落ちますよ」


 その言葉通り絶妙の力加減で擦られて、まさに一皮剥けたような気持ち良さだった。最後には恥ずかしさも薄れて全てをパメラに任せてしまったくらい。

 髪も顔も綺麗に洗ってもらい、最後にまたお湯をたくさん流してお終い。


「ありがとうパメラ。とっても気持ち良かったし身体の芯から温まったわ」

「喜んでいただけて良かったです。コンテスティではこの方式のお風呂が一般的なのですよ。庶民は公衆浴場で同じように楽しんでいます」


 湯上がりにはパメラが手から風魔法を出して髪を乾かしてくれた。全てが便利で快適で、なんて素晴らしい国なんだろうとエレナは感嘆していた。


「では、衣裳係のトニアに交代しますね」


 現れたのはパメラよりも少し年上の侍女。エレナの短い髪のサイドを可愛らしく編み込んでくれた。そして、風通しと着心地の良い、大きな花柄のドレスを用意していた。


「これは奥様のご実家があるトリアデル島のドレスです。お風呂上がりに着るのに最適なのです」

「本当ね! なんだか南国に行った気分」


 本でしか見たことのないトリアデル島。年中暑いというその島ではこういうドレスを着ていると書いてあった。


「では、お食事のご用意が出来てございますので、こちらへ」


 トニアに案内され、エレナはまた長い廊下を歩いて食堂へ向かった。

 


 

 

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