11 リアナの告白
その言葉に、イネスはエレナに向けて剣を構える。
「よせ、イネス! エレナは大丈夫だ」
「もちろん信じています。でも、ウィル様に何かあってはならないのです。リアナとエレナ、両方を警戒しなくては」
剣を向けられたことが少しショックではあったが、イネスは正しいとエレナは思っていた。いつ、自分が心を無くして魔女になってしまうかわからないのだから。
(もう二度と私のせいでウィルをあんな目に遭わせたくない)
エレナは自分の肩に置かれたウィルの手をそっと外し、結界の外へ出ようとした。
「待て、エレナ! それでは奴の思うつぼだ。まずは話を聞きださなければ」
リアナはニヤリと黒い微笑みを浮かべる。
「ふふふ、いくら魔法の使い手といえど閉じられた結界の中で魔女と対峙するのは無謀ではないか? 今その中でエレナが覚醒したらどうする? 背の高い男は魔力が強そうだが、残りの二人は大した力は無さそうだ。あっという間にぐちゃぐちゃに潰されてしまうぞ」
それを聞いてエレナの身体が震える。ウィルは再びエレナを腕に抱き、大丈夫だと励ました。
「お前は魔女なんかじゃない。気を強く持て。あいつがあんなことを言うのは焦っているからだ。お前を結界の外に出したいだけ。だからこの中で時間を稼げ」
ウィルがそう言ってくれるなら。エレナは覚悟を決めた。
(大丈夫。私は私の大切な人たちを傷つけたりしない)
「リアナ! あなたはどうして私を殺そうとしたの? あの誕生日の夜、私の首を絞めたでしょう? なぜなの!」
リアナは赤い瞳をすうっと細め、エレナを睨みつけた。
「あの夜、私は全てを思い出した」
「思い出した……?」
「私が緋色の魔女であったことを。私が三百年前この国の奴らに踏み躙られたことを全て、思い出したのだ」
「リアナ……?」
それからリアナは自分の過去を語り始めた。
――三百年前、私はこの国で庶民の娘として生まれた。
長じるにつれて私にはある力が宿っていることがわかってきた。それは空気を浄化し作物を実り豊かに育て、人々を良き生活に導く者。『聖女』と呼ばれる存在だ。
私は王宮に召し出された。何百年に一人という存在の聖女、それは国の宝。そのため王太子の婚約者として祭り上げられ、貧しい娘は幸せの絶頂へ駆け上がったのだ。
王太子は美しい人だった。何も知らない娘が一目で恋をするには十分すぎるくらいに。
王太子のためにと、私は国中を周り隅々まで作物の実りを授けるよう祈りを捧げた。王太子には年に一度しか会えなかったが、それでも私は愛されていると思っていた。だから懸命に聖女としての務めを果たしていたのだ。
だがある時、ようやく年に一度の帰都を果たして王太子に会おうと急いでいた私に……とある伯爵令嬢が声を掛けてきた。
『私のお腹には王太子様のお子がいます。わたくしが正妃となることを国王陛下も認めてくださいました。あなたのことは妾として存在するくらいは認めてあげるけど、それで十分でしょう。薄汚い庶民の分際で正妃になれるなどと思わないことね』
私はすぐに王太子の部屋に向かい、彼に真偽を確かめた。そして、伯爵令嬢の言ったことは事実だと知った。
『すまない。だがお前を女として見ることはできないのだ。私が愛するのは彼女のみ。お前には金ならいくらでもやる。だからこれまで通り国のために尽くしてくれ』
そう言う王太子の側には伯爵令嬢がベッタリと寄り添い、私を見下すように笑いを浮かべていた。
悔しくてたまらなかった。だが一介の小娘に何ができよう。国を離れることも考えたが、その日以降私には見張りが付けられ逃げることすら不可能になった。そしてそれきり王都に戻ることを許されず、国中を歩いて祈りを捧げることだけを強要された。
心身ともに疲弊しボロボロになった私の祈りは力を持たなくなり、以前のように作物が取れなくなったと人々は不満を持ち始めた。その不満は当然国に向かう。そのため国王は……私に全てをなすりつけた。不作を私のせいだと、私は偽の聖女だと国民に知らしめ、国民を欺いた悪女として処刑を言い渡したのだ。
処刑の日……処刑場には大勢の民が集まり私に罵声を浴びせた。国王と王妃、王太子はそれを満足げに眺めていた。
その時の私の感情がわかるか? 身を粉にして働いてきた私を貶め、殺そうとする奴らに復讐しないではいられないと、そう思ってもおかしくなかろう。
そうだ、私はその時に魔女に変化した。絶望した聖女の力は反転し、全ての生き物を殺す力に変わったのだ。
私の髪は一瞬で黒に変わり瞳は緋色に染まった。抑えきれない欲望が身体から湧き上がり、躊躇いなくそれを解放した瞬間、私を処刑しようとしていた兵士はグシャリと潰れて肉塊へと変わった。悲鳴をあげ逃げ惑う庶民たちは竜巻で吹き飛ばして身体をバラバラにした。そして……国王と王妃、そして伯爵令嬢は王宮の壁に生きたまま杭で磔にしてやった。
恐怖に震える王太子は国王として生かしておき、国中の人間を殺戮する様を見せつけてやろうとしたが、途中で何も感じない状態になってしまった。気が触れたのだ。
その後私は国中の人間をあらゆる方法で血祭りにあげ、作物が二度と育たぬよう土地に呪いをかけた。そしてそれから他国を巻き込んでさらなる殺戮をと思っていた矢先、魔法を操るコンテスティの人間に殺されたのだ。
まだ足りぬ。もっと血を見なければ、私の怒りはおさまらぬ。そう思いながら死んだ私だが、こうして二度目の生を受けることができた。
今度こそこの国を二度と甦らぬように滅ぼす。そして、この世界の全ての生きとし生けるものを殺し尽くす。その使命をあの新月の夜に思い出したのだ――
一気に話し終えたリアナ。クルス王太子は彼女の横で呆然としている。そんなクルスをリアナは氷のような目でチラリと見、またエレナを見据えた。
「せっかく思い出したのに、私の身体には何の力もなかった。あったのは魅了の力だけ。私が欲していた力は全てエレナ、お前の中にあった」
「私……?」
「忌々しい。ただの人間であるお前が私の力を持ち、魔女である私が人一人殺せないとはな。だがお前が死ねばきっと、その力は私に戻ってくる。だからお前を殺すことにしたのだ」
「リアナ……でもあなたは、リアナとして生まれたのよね? 今は、魔女に乗っ取られているだけなんでしょう?」
ふん、と鼻で笑ったリアナはクルスの腰から剣を取り、自分の腕に当ててスッと引いた。
「きゃあっ」
思わず目を閉じてしまったエレナ。ウィルが大丈夫というように手に力を込める。目を開けると、リアナの身体には傷一つ付いていなかった。
「これは魔女の力で作った身体。本来ディアス家の娘はお前だけだったのだ」
「えっ」
「お前が母親の腹に宿ったその瞬間に取り憑いて身体の一部を借り、もう一つの身体を作った。だがそこで力尽き、私は眠りについた。まさか魔女の力がエレナに吸収されたとは、目覚めるまで知らなかったがな」
リアナはウィルに向かって呼びかけた。
「そこにいる男よ。私の中身は確かに緋色の魔女だ。そしてそこにいるエレナも緋色の魔女。中身は人間だがその力は本物だ。さあ、どちらを殺すべきだろうな」
「決まっている。お前だ。エレナは人を殺したりしない」
「どうかな? 私を殺したとしても、私がエレナに取り憑いて一体化する可能性だってあるのだぞ? そうすればエレナの姿をした完全なる緋色の魔女が誕生することになる。それを、お前は殺せるのか?」
ウィルのこめかみから汗がひと筋流れる。
「ウィル様! こうなったら二人同時に命を取るしか手はありません!」
「その通りです! ここまで力の強い魔女であるなら、生かしたまま連れ帰るのは困難。災いの目は確実に摘まなくては!」
だがその言葉にもウィルは動こうとしない。
(ウィルは迷っている。この世界の未来のためには私を殺すことが最善なのに、私のせいで迷っている。優しいウィルに、辛い決断をさせてはいけない)
エレナは結界を出て自死しようと決意した。その時、頭の中に誰かが呼びかける声が響く。
『エレナ……エレナ』
「誰?」
『私は聖女を遣わす者』
「え……?」
『あれは冥界へ行かなければならないモノ。二度と生まれてはいけないモノ。三百年前の聖女の強い恨みが作り出した亡霊があなたの身体を使って復活しようとしている。だがあなたは本当は聖女なのです。あなたの奥に眠る力を呼び覚ましなさい」
「……私が? 私はいったい、どうしたらいいのですか」
『リアナの首を落としなさい。そうすればあなたの身体を奪おうと襲いかかってくるはず。その時あなたは聖女の祈りをもって迎え撃ち、あの亡霊とあなたの中の魔女の力、両方を滅するのです』
「聖女の祈りなんて私に出来るのでしょうか」
『大丈夫です。自分を信じて。彼を助けた時を思い出しなさい。この国を、この世界を救うこと、それだけを祈りなさい』
ハッと気がつくと、状況はさっきと何一つ変わっていなかった。頭の中でのあの会話は一瞬のことだったようだ。
(今の私にできること。それは今の啓示を実行すること。大丈夫、信じていい。自分の直感を信じよう)
「ウィル! 聞いて」
「どうした? エレナ」
「結界を解いて。そして、リアナの首を落として欲しいの。私は聖女として私の中の魔女を滅するために祈るから」
「いけません、ウィル様! 罠かもしれません!」
ウィルはチラリとイネスを見た。そしてもう一度エレナに向き合い、その瞳の奥を確かめるようにしっかりと見つめ、頷いた。
「わかった。エレナ、お前を信じる」
「ウィル様!」
「イネス、もし私が失敗したらその時はすぐに首を落として」
イネスは唇を噛むと頷いて、エレナの後ろで剣を構えた。
「では行くぞ、エミリオ。周りの兵士を薙ぎ払え」
「御意」
ウィルが結界を解いた。同時に強力な風の刃をリアナに向けて飛ばす。その鋭い刃がリアナの首をスッパリと切り裂いた瞬間、切り口から真っ黒な霧が吹き出してエレナに向かった。
「エレナ!」
ウィルが叫ぶ。
魔女の亡霊であるその霧が真っ直ぐにエレナに向かい、襲いかかると思われた刹那、ピシリと音がしてエレナの周りを光が覆った。全身が光り輝き、その光に黒い霧は弾かれ行き場を失って漂う。
「ぐ……これは聖女の力……? なぜだ。なぜお前にこんな力があるのだ……!」
光と霧はエレナの周りでしばらく拮抗し互いに押しつ戻りつしていた。
(私の中に聖女の力があるというのなら、お願い、力を貸して。私に取り憑いた魔女の力を消し去り、ここにいる人々を、この国を、この世界を救って――!)
エレナが目を閉じて強く祈ると身体から黒いオーラが漏れ始めた。それを見たイネスは剣を握る手に力を込めるが、ウィルが押し留める。
「エレナが身体の中の魔女の力と闘って追い出そうとしているんだ」
エレナの身体からざわりと出てきた魔女のオーラは、ますます濃く強くなる聖なる白い光に焼かれるかのようにジュワジュワと消えていく。そして周りを漂っていた黒い霧は捩れて渦を巻きながら、大地の下にあるという冥界に向けて吸い込まれていった。
「ぎゃあああぁ――!」
という恐ろしい叫び声を上げながら。




