10 王宮内へ
王都に向かう前に腹ごしらえをしようというイネスの提案で、エレナが火をおこし調理を始めた。イネスと二人で楽しそうに手を動かしている。
「無理していますね」
エミリオが隣にいるウィルに小声で話しかける。
「そうだな。だがエレナは強い……人間として真っ直ぐな心を持っている。俺は、あいつは魔女ではないと信じたい」
「黒いオーラは二回とも見えたのですか?」
「……ああ。二回目はかなり大きなオーラが出た。敵が多かったからかもしれないが……」
「身を守るためだけとはいえ魔女の力が出るとしたら……やはり可能性は捨てきれませんね」
ウィルはそれには答えず、黙って遠くを見つめていた。
(エレナが魔女だとしたら……帝国に連れ帰れば厳しい尋問の末に断頭台に上げられる。魔女は、首を落とさねばならないのだ。だがそんな目に合わせたくはない。もしもの時は俺の手で苦しまぬようにひと息で……)
想像したくもなかったが、最悪を考えて行動するのが常であるウィルはそんな自分に嫌気がさした。
(大丈夫だ。エレナはきっと魔女ではない。そう信じよう)
明るく笑うエレナを見つめながら決意を固めるウィルであった。
一時間後、四人の姿は王都外壁の内側にあった。エミリオが設置していた転移陣を使い、ウィルの力で四人同時に転移してきたのである。
「ここは……私が泊まった宿屋だわ」
エレナが遠くからその建物の様子を見て言う。
「あの時はとても活気があってたくさんの人が泊まっていて。ここで働きたいなんて思うくらい、女将さんもいい人だったの。だけど今は人影も見えないし……どうしたんだろう」
「様子を見てきます」
イネスがサッと走って行く。中に入ってしばらくすると大きな声がして、イネスが戻って来た。
「何があった、イネス」
「はい。客は誰もおらず、女将は食堂にぼんやりと座っていました。ところが私の姿を見るなり『エレナを知らないかい? リアナ様を苦しめる悪女のエレナだよ。外から来たならアンタ、知ってるんだろ? エレナの居場所を教えなよ! ねえ!』と鬼気迫る表情で迫ってきました」
「ええっ? あの優しい女将さんが……?」
「手を出すわけにもいかず、振り切って出て来ましたが。あれは正常な状態ではありません」
(リアナのせいで、私のせいで、王都の人々がおかしなことになっている。やっぱり私はリアナのところへ行かなければ)
「ウィル、早く王宮に行きましょう。こんなこと、放ってはおけないわ」
ウィルは頷き、荷物から何かを取り出した。
「エレナ。このマントを頭から被っておけ」
ふわりと被せられたのは薄手のマント。地面ギリギリまでの長さがある。
「これは、姿を隠してくれるものなんだ。こうしておけば周りからはお前の姿は見えない。不法侵入するのに便利なアイテムなんだが初めて役に立ったな」
「ウィル様には必要ないですもんね」
「そうなの? イネス」
「魔法に長けているから姿など消さなくても誰にも負けることはないのですよ。コンテスティの中でも群を抜いて優秀な魔法の使い手ですから。ウィルフレド様が持っていないのは治癒魔法だけなのです」
エミリオが代わって説明した。心なしか得意げな顔で、調子に乗って言葉を続ける。
「もしもエレナさんがウィルフレド様と結婚したら、治癒魔法も手に入れて最強夫婦ですね」
「なっ、エミリオ、何を言ってる!」
「エミリオさん! そんな、ウィルに申し訳ないこと言わないでください!」
「やだわ、二人とも真っ赤になっちゃって。エミリオの軽いジョークなのに」
イネスが揶揄うように笑う。本気で答えてしまったエレナはばつが悪くて、赤い顔のまま下を向いた。
「さあ、無駄口叩いてないで行くぞ。エミリオ、王宮近くに転移陣はあるか」
「もちろんです。王宮内広場の隅に設置しておきました」
「よし。じゃあ行くぞ」
ウィルがエレナを腕の中に抱き、イネスとエミリオもウィルの側に立つ。呪文と共に陣が現れ、風が吹くとあっという間に王宮の中庭にいた。
(あの日初めて入った王宮……! だけど何か違う。全てがくすんで見える)
「黒いオーラが漂っているな」
「やはり魔女ですか、ウィル様」
「地を這うようにオーラが王宮全体を覆っている。そして門から外へと流れ出て街へ向かっているようだ」
兵士の姿も見当たらない。みんな、どこへ行ってしまったんだろう。
その時風向きが変わり、酷い臭いが流れてきた。
「うっ……!」
「屍臭です。北側の処刑場から漂ってくるのです」
説明するエミリオの暗い顔に、エレナはその惨状を想像してしまった。
(嗅いだことのない臭い……だめ、吐いてしまいそう……!)
ふらつくエレナ。するとウィルがマントをめくり、エレナの頬をサッと撫でた。
「しばらくはこれで持つだろう」
撫でられた瞬間からエレナの周りは薔薇の香りに変わった。屍臭は感じられなくなり気分が良くなった。おまけに目の前に花びらも舞っていて幻想的だ。
「これもウィルの魔法……? ありがとう、ラクになったわ」
「……別に。吐かれたら困るからな」
なぜか顔を赤くしているウィルを不思議そうに見つめるエレナ。コンテスティではこの魔法は恋人に使うものだということをエレナは知らなかった。
「三人とも平気なの?」
「問題ない。心配するな」
四人は王宮内に入って行った。これだけ広い王宮なのに、人っ子ひとり会わない。
「エレナの姿を隠さなくても大丈夫だったかもしれないですね」
「いや用心するに越したことはない。宿屋の女将のように、突然逆上して襲ってこないとも限らないからな」
王宮の広い廊下を四人は音を立てずに進んで行く。
(それにしても本当に不気味。人のいない王宮はまるで死霊の館だわ)
やがてウィルが足を止めた。
「オーラが濃くなってきた」
「近くなってきたのでしょうか。私も、嫌な気配が強くなってきたと感じます」
エミリオも同意する。そしてエレナもリアナの存在を強く感じ始めた。
(間違いないわ。リアナは近くにいる。でもリアナの気配が以前とまるで違う。太陽のように明るい気配だったのに、今は……漆黒の闇のよう)
「ウィル。リアナはこっちだわ」
「エレナも感じるのか?」
「ええ。双子ですもの。……こっちよ、来て」
エレナが目指したのは大広間。あの日、クルスの婚約者を決める夜会の晩に訪れたあの場所。あそこにリアナはいる。
そして四人は大広間に辿り着いた。そこにあったのは異様な光景。
楽団が音楽を奏でている。そして貴族たちがダンスを踊っているのだ。夜会の時と同じようにたくさんの男女が。
けれど、彼らの顔は一様に疲れ、真っ青だ。足取りがおぼつかなくなっている人もいる。優雅な舞踏会とはとても言い難い。
「まさか、強制的に踊らされている……?」
イネスが呟いたちょうどその時、一人の婦人が足を躓いてバランスを崩した。支えるべき男性もふらついて支えきれず、婦人はドサリと床に倒れてしまった。
慌てて起こそうとする男性。だが壇上から声が飛ぶ。
「踊りの場を乱した者を捕らえよ」
クルス王太子が言った。
「美しい踊りが見たいと言ったリアナの望みを叶えられなかった罰だ。処刑場へ連れて行け」
(なんですって……!)
エレナは遠くの壇上に座るリアナの姿を見た。倒れた婦人を見るその冷たい目は、かつてはエレナと同じ紫色であったはずなのに今は赤く光っている。
「緋色の瞳……魔女の証だな」
ウィルが呟く。
兵士がバタバタとやってきて、倒れた婦人と男性を捕らえる。男女は青ざめてはいるが抵抗しようとせず、大人しく処刑場へ向かおうとした。
「だめよ! 待って! リアナ、こんなことはやめて!」
エレナはマントから飛び出して一歩前に出た。その声を聞いたリアナは立ち上がり、獲物を見つけた猛獣のように赤い目を光らせた。
「お前は、エレナ・ディアス! リアナを苦しめた女がここにいるぞ! 者どもよ、すぐに捕らえよ!」
クルスの声が響き渡ると同時に兵士だけでなく踊っていた男女もエレナをめがけて走ってきた。
「あ……!」
だがその瞬間、きらめく光の帯がエレナの周りを取り囲み、その帯に触れた者たちは弾き飛ばされた。
気がつけばウィルがすぐ側にいて、エレナの身体を左手で抱き寄せている。そして右手は前に向けて翳していた。
「結界を張った。誰も我らに近寄れない」
エミリオとイネスも結界の中にいて、剣を抜き壇上に向けて構えている。
「……私の魅了が効かぬとは。お前たちこの国の者ではないな?」
低い声で話し始めたリアナ。昔のリアナとはまるで違う、男のような声だ。
「ああ、俺たちには通用しない。リアナ・ディアス、お前は『緋色の魔女』なのだろう?」
するとリアナはクックっと笑い始めた。
「いかにも。私は『緋色の魔女』と呼ばれた者だ。まだ、その力の全てを取り戻してはいないがな」
「なぜエレナの命を狙った? 何の目的があって」
「教えてやろうか。エレナも『緋色の魔女』だからだ」




