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12 裏切り


「終わっ……た……?」


 ホッとして膝から崩れ落ちそうになったエレナを、ウィルが支える。


「エレナ! よくやった!」

「私……魔女にならずに済んだの?」

「ああ。さっき、エレナから感じたのは光のオーラだけだった。エレナのオーラが魔女を消し去ったんだ」

「今はもう、禍々しい気配はありません。空気も清浄に流れ始めました」


 エミリオがホッとした顔で言う。


「良かった……」


 安心したら急に手が震え始めた。そんなエレナの手をウィルの大きな両手が包み込んで震えを止めてくれた。


「頑張ったな。お前がこの国を……世界を救ったんだ」

「私が……」


 ずっと誰にも顧みられなかった自分がやっと誰かの役に立てた。そのことがたまらなく嬉しかった。


「エレナ・ディアス……」


 クルス王太子がゆっくりと近づいてきた。ウィルはエレナを自分の背後に回して隠し、彼を睨みつける。


「何の用だ。まだエレナを捕らえるつもりか」

「ち、違う! 私は、何かに魅入られていたのか……? あの夜会から今日までの記憶が曖昧で、だが断片的に覚えているのは吐き気を催すような状況ばかりなのだ。いったい、私に……この王宮に何が起こったのか」

「この王都は、『緋色の魔女』であるリアナ・ディアスによって操られていた。リアナの気に入らぬ者は処刑され、誰もそれに疑問を持たなかった。人々は働く意欲を無くしエレナへの憎悪を募らせるばかり。……そういえば、国王夫妻はどうしたのだ?」

「父上? ……」


 ハッとしたように顔を上げたクルスは青ざめた。


「今朝、処刑命令をリアナが出して……投獄された」


 クルスは側にいた兵士に急いで命令した。


「父上と母上をすぐに王宮にお戻ししろ!」


 兵士が走って行く。その後ろ姿を見ながらクルスは頭を掻きむしり呟いた。


「なぜこんなことに……私は、エレナ嬢、君に一目惚れをしていたはずなんだ。君をお妃候補にしたいとあの夜確かに思った。それなのに」

「それなのにリアナと婚約して、エレナを殺せという命令を出していただろう」


 憮然とした顔でウィルが責めた。


「本当にすまない。どうかしていたんだ。私は、いったいどれだけの命を奪ったのか……考えるだけで恐ろしい」

「この後、国を立て直すのは至難の技だな」

「その通りだ……ところで、エレナ嬢とともに我らを救ってくれた君たちはいったい?」


 するとエミリオが勿体ぶった様子で告げた。


「このお方はコンテスティ帝国第二皇子、ウィルフレド様であらせられます」

「えっ」

「ええっ!」


 クルスとエレナは同時に驚いた。


「ウィルは皇子様だったの⁉︎ そんなこと一言も言わなかったじゃない!」

「皇子じゃないとも言ってないが」

「確かにそうだけど……」


(もちろん身分の高い人だとは思っていたわ、侍従がいるくらいだもの。でもまさか皇子様だなんて)


「これは、なんという僥倖……コンテスティ帝国の皇子殿下が直々においで下さり、しかもこの惨状を救っていただいたとは……どれだけ感謝しても足りません。本当にありがとうございます」


 クルスはひざまづき臣下の礼を取った。彼の中ではもう、この国を立て直すためには帝国の力を借りないといけないことがわかっていたのだ。


「今後のことは追って皇帝陛下から使者が来るだろう。それまでに、この王宮の匂いだけでも何とかするべきだな」


 またハッとするクルス。すっかり屍臭に慣れてしまっていたが、魅了が解けた今となってはおぞましいものでしかない。


「わかりました。王宮と王都の立て直しのため、できるだけのことはやっておきます。そしてエレナ嬢、君の名誉の回復もしなければ」


 エレナを見つめるクルスの瞳に何かを感じたウィルが割って入った。


「エレナ。せっかくだからコンテスティに来ないか」

「コンテスティに?」

「ああ。辛い思い出の多かったこのカレスティア王国を離れ、コンテスティに遊びに来ないか。その……俺の屋敷に招待するから」


 エレナの方を見ようとはしないウィルだが、顔は少し赤くなっている。そんなウィルを見ていたらエレナの頬も熱くなってきた。


「そうね……コンテスティは行ったことないし、ウィルさえよければお邪魔しようかな……?」


 相変わらず横を向いたままだけれど目を輝かせるウィル。エミリオはそんなウィルをニコニコと目を細めて見ている。

 その時、急にエレナの身体が光り始めた。


「エレナ!」

「えっ、今度は何っ?」


 焦るエレナの腕をウィルがしっかりと握る。エレナがどこかへ行ってしまわないように。


「悪いものではなさそうだが……」

「で、でも――」


 しばらく光り続けた後、その光は消えていった。そして現れたエレナの姿に皆が驚いた。


「エレナ⁉︎」

「何? どうしたの?」


 黒かったエレナの髪は輝く蜂蜜色の金髪に変化していた。肌はより白く、唇は艶やかな桜色。少年のようだった華奢な身体つきは女性らしい柔らかな丸みのあるものに変わった。まるで昔のリアナのようであったが、人間らしく生き生きとした表情と紫から瑠璃色に変化した瞳が二人の違いを際立たせていた。

 エミリオが琥珀色の瞳でじっと見つめて言う。


「恐らく、リアナが消えた影響でしょう。あれを見て下さい」


 出血もなく床に転がったままのリアナの首を指差すエミリオ。人形のようなその頭の髪は黒に変わり、カッと見開いたままの目は緋色であった。


「なるほど……リアナの身体はエレナから奪って作ったもの。だから、リアナが消えたことによって元に戻ったのか。瞳も、本来は青だったのだな」

「私、本当は金髪だったってこと?」

「そういうことだ。黒髪のエレナも良かったが、これはこれで似合ってるな」

「え」


 ウィルの言葉に、エレナの顔は湯気が出そうなほど熱くなった。ウィルってこんな人だったっけ?


「エレナ、何照れてるの」

「イネス、そんなんじゃ……」


 イネスが近寄ってきてエレナの腰を抱いた。そしてもう片方の手に握った何かを地面に叩きつける。するとそこに魔法陣が現れた。


「イネス? 何だ、それは!」

「失礼します、ウィル様」


 そう言って微笑むと、一陣の風が舞った。


「イネス! ……エレナ!」


 ウィルの叫びも虚しく二人の姿は目の前から消え去った。


 



 あっという間に違う場所に連れてこられたエレナ。どこかの部屋の中にいるようだ。


「イネス? ここはどこなの? 急にどうしたの?」


 焦るエレナに何も答えず、イネスはスッとひざまづいた。


「フェルナンド様。魔女()()()者を連れて参りました」


 フェルナンドと呼ばれた男は黒髪に黒い瞳。身体は大きく動きがやや重そうに見える。ニヤリと笑う顔に嫌な感じを覚えた。


「ほお。イネス、ついにあやつを裏切りおったか。念のため魔法陣珠を渡しておいて正解だったな。ところで魔女だった、とはどういうことだ」


(裏切った? 誰が誰を? イネスが、ウィルを?)


 エレナは混乱した頭で二人の会話を聞いていた。


「それはこれから詳しく説明を。まずはこの者が逃げられないよう結界をお願いいたします」

「わかっておる。この部屋からはネズミ一匹逃げられん。向こうで話を聞こう」


 二人が部屋から出て行こうとする。エレナはその背中に向けて叫んだ。


「待って、イネス! ここはどこなの? ウィルはどこにいるの? あなたはウィルを裏切ったの……?」


 だがイネスは振り向くことはなく、ドアはきっちりと閉められてしまった。


(嘘でしょう、イネス……あんなにウィルのことを心配していたのは本心ではなかったの? あの男はいったい誰? 

私をどうするつもりなの?)


 ここがどこだかはっきりはわからない。だがあの男は魔法を使えるらしいし、コンテスティ帝国内なのだろうとエレナは考えた。

 コンテスティの第二皇子であるウィル。そのウィルを陥れる目的ならばあの男は第一皇子だろうか。もしくは帝国に敵対する勢力かもしれない。どちらにせよウィルの敵には違いない。


(何とかして逃げなければ)


 けれどドアも窓もびくともしなかった。


(今の私には魔女の力もない。あの時のように敵を吹き飛ばすことができたら……)


 一瞬そう考えたが、すぐに頭の中から打ち消した。魔女の力など、人間が簡単に手にしていいものではないのだ。


(今の自分に出来ることで、ここから脱出しよう)




「――すると、あの娘が魔女の双子の妹で? 魔女はもうウィルフレドが殺したというのか」


 フェルナンドは自室でイネスの話を聞きながら祝杯を一人で上げていた。


「はい。魔女を連れ帰るという陛下の命令は果たせませんでしたが、あの娘は治癒魔法の能力を持っております。それなりに価値はあるかと」

「ほほう、治癒魔法の使える若い娘か。貴族専用の闇治療院を開けば儲かりそうだな」

「しかし皇帝陛下に引き渡す必要があるのでは」

「もちろんそうだが、気に入ったと言えば貰えるのではないか? なんせ、こうなったら私が皇太子に決まりだからな。今すぐあの娘を父に会わせに行く。後でウィルフレドが自分の手柄だと主張したとて関係ない。手柄を奪われる方が間抜けなのだからな。父はそういう判断をする人だ」


 イネスは目を伏せて、フェルナンドの顔を決して見ようとはしなかった。


「それにしてもお前が奴を裏切るとはな。今でも信じられんわ。まさか、罠ではないだろうな?」


 フェルナンドはイネスに手を翳し、電撃を与えた。


「くっ……」


 少し顔を歪めはしたが、イネスが倒れることはなかった。


「ふん。どうやら嘘はついていないようだな」


(……当たり前だ。この程度の自白魔法で誰が倒れるものか)

 

 本来なら嘘をついた者がこの魔法を浴びると立っていられなくなり、地面に這いつくばって全てを白状することになる。だが、それは強い相手に魔法を掛けられた場合。


(まあ、今は嘘をついていないけれど……嘘をついていたとしてもこのくらいなら耐えられる)


 やはりフェルナンドは皇帝の器ではない。皇帝とは誰よりも強い存在でなければならないのだ。例えばウィルフレドのように。


(なのに私はウィル様が皇帝になる機会を潰した。二度とウィル様に顔向けできないことをしでかしたのだ。それでも……ああせずにはいられなかった。私は弱い、愚かな女だ)

 

 


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